8. 壊滅的に性格の悪いヒーラー(♀)は地獄のようなステータスをしていた

 3撃目のマジカル☆レーザービーム(物理)がドラゴンを貫いた。


「こんなんアリかよッ!」


 衝撃波で吹っ飛ばされそうになりながら俺は叫んでいた。


 着弾地点だった地面が、えぐれるように吹き飛んで蒸発していた。残った大地が溶岩のように溶けて真っ赤な円形のクレーターを作る中、小島を囲う川の水が空いた穴へ流れ込み何も見えないほどの濃霧を作っていた。


 これが最強レベルのソロ狩りかッ!!


「状況の整理をする必要性があるな」


 もうなんか次元が違いすぎて発狂しそうな俺の近くで、ゴノレゴが冷静に口を開いた。


「まず、俺たちの本来の敵はエリアボスだ。だがターゲットは俺たちに向かっていない。そして残念なことに、俺たちはいまだドロップ権を得られていない」


 長く、立ち昇るように伸びた青白い巨大ドラゴンが、再度天空でつんざくような咆哮ほうこうを上げた。


 大空を支配するはずであるの自分、それが怒りとなったような咆哮。

 そのバカでかい空の王者が、その巨体よりもはるか高さで浮く、真昼の太陽のようにかがやくブロンド巻き毛のヒーラー♀へ向け突撃するようにその体調を伸ばした。


 だがその動きが止まった。

 一定以上の高さにどうしても突っ切ることができないでいた。

 まるで見えない壁でもあるかのように、それ以上の高さまで登るとそこから突っ切ることができずに止まってしまうのだ。


「エリア制限ですね……」


 俺の隣でモルモットみたいに震えるしょーたろーが小さく声を漏らした。


「エリア制限?」

「ボスが沸くエリアです。別のエリアまでトロールされひっぱられないよう、たぶんあそこまでしか行動が許されてないんです。それが、エリア外からあんな意味不明な攻撃で削られてる……。このままだとただのバカでかい標的にしかならないで倒されます」


「問題はドロップ権だ」


 ゴノレゴが再度口を開いた。


「幸い、あのヒーラーはエリアボス以外に興味がない。狩り終わったらどっかいくだろう。だが次のエリアボスが沸くのは何時間後になるのか俺は知らない。最悪でもドロップ権を共有できる程度にはダメージを与えておかないとどうしようもない」


「あれからドロップ権を奪えるダメージ……?」


 天空の奥、巻き毛のヒーラーが再度インベントリから次の鉄の槍を取り出していた。

 猟奇的な笑顔で鉄の槍を構え始めた。


「無理すぎるだろ……」


 俺から、あきらめたような声が漏れた。


 隣にいたハルが、無言で立ち上がった。


「ハル!」


 一瞬だった。

 無言のままだったハルが、飛んでいるエリアボスの根元あたりまで一瞬で駆けていた。


「お前ひとりでどうすんだよ! 戻ってこい!」

「これは……!!☆」


 ハルが、強く叫んだ。


「私の戦いだから!!☆」


 聞いたことのない声のトーンだった。今までに聞いたことのない真剣な声で、すでに遠くまで走っていたハルが言葉を返してきた。


「ハル……」


 呆然と声を投げていた俺に、振り返ったハルが静かに視線を返していた。


「ごめん……。でも、今だけは好きにやらせて!☆」


 決意したようなハルが、右手に握るファンシーな杖を全力で握りしめた。


 空気を切り裂くような音があたり一面に鳴った。回転する杖が何もかもを切り裂いていた。


 再度、地面が割れた。ハルのいたはずの大地が、大きな亀裂を走らせた。

 反動で砕けていた。

 ハルが驚異的なジャンプで天空を飛ぶドラゴンのからだに向け跳んでいた。


「あっ!」


 一瞬だった。

 しょーたろーの驚きの声が終わる間もなく、尾をつかんだかと思ったハルがそのとぐろを巻くように長い青白いドラゴンの体を走るように一瞬でよじ登り、はるか遠くの頭頂にまでたどり着いていた。


 ピンク色のゴキブリみたい~。






「クソハルさん……」


 天空を飛ぶバ美・肉美にくみから、突如目の前に現れたハルに向けてめんどくさそうな声が上がった。


「何をするつもりですの?」


 ドラゴンの頭上で仁王立ちしたハルが、にらみつけるように杖を突きつけながら声を発した。


「てめぇのその類人猿ゴリラみたいな一撃、受けきってやるよ……!☆」

「へぇ……(笑)」


 煽るようなハルの言葉に、バ美・肉美が軽く笑ったかと思うと振りかぶるような投擲とうてきモーションに入った。


VITたいりょくがオーバーフローしてるおめぇのことですから、ただの啖呵たんかだけではないってことだけはわかってますわ?」


 バ美・肉美の握る右手の槍が、一瞬きしむように音をあげた。


「ですがッ!」


 槍を握るバ美・肉美のローブがはじけとんだ。

 バッキバキでゴッリゴリだった。むき出しの上腕二頭筋(にのうでだよ☆)からつながる少しだけおちゃめに顔を見せたバルキーな広背筋(せなかだよ☆)が、その異様なまでのSTRきんにくを示すかのように光り輝いた。


「このクッソだるい作業ゲー以外の何物でもないクエスト消化にも飽きてきたところですのでッ! そのやっすい挑発をお値段以上で買って差し上げますわッ!」


 強烈な圧を受ける中、ドラゴンの頭上で待ち構えるようにハルが杖を振った。

 青白い光がハルの全身を包み――







 ひょこっと頭をひねったドラゴンがそのまま空中でハルを丸呑みした。


「バカですわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!(笑)」


 音速を超え光るレーザーとなった鉄の槍が、バ美・肉美から全力でドラゴンの顔面めがけて放たれた。


 瞬間、もしゃもしゃに咀嚼そしゃくしていたドラゴンの口から光が漏れた。


「オラァッ!!!!!☆」


 牙を何かが突き抜けた。


 腕だった。

 ハルの小柄な腕が、固く閉じたドラゴンの牙をぶち折りながら突き出したかと思うと、音速を超えもはやただの線となった光の筋を全力で受け止めた。


 崖を砕くような衝撃波が走った。


 空中を飛ぶ巨大ドラゴンが、はじかれるようにその頭をのけぞらせた。牙という牙、うろこといううろこが、バッキバキにはがれながらその破片を宙へ吹っ飛ばしていった。


「すッッッごいですわッ!!!!」


 バ美・肉美が、むせび泣くような声を上げた。


「こんな地形すらも破壊するような一撃ですらミリ程度のダメージしか通らない! さすが私たちが作りあげた人体錬成の最高傑作ですわッ!!(笑)」


 感動するような声を上げるヒーラーの視線を受けた中、ハルが。歯抜けになったドラゴンの口をこじ開けるように出てきた。


 左手に何かを引きずって。


「あれは……ッ!」

「モブ子!!!」

「死ぬところだった(小声)」


 生きてる~。ゴキブリよりもしぶとい~。


 唾液なのか消化液なのか全くわからん何かででろんでろんになった真っ黒なポニーテールを、ハルがどうでもいいものを投げ捨てるように地面に放り投げた。え? 地面に?


 ハルが手についたくっさい液を振り払った。

 手に持ったマジカルステッキを、再度空飛ぶヒーラーめがけて突きつけた。あとモブ子は普通に地面に落ちた。


 ハルが叫んだ。


「てめぇの腐れ廃人UNKOUnknown Onlineスタンプラリーはここで打ち止めにしてやるぜ~!☆」

「おろかですわ~」


 筋肉をかがやかせるバ美・肉美が、再度インベントリから鉄の槍を取り出していた。


「正面きった勝負に乗ってやっただけなのに勝ったつもりになるなんて、さすがINTかしこさが「1」しかないだけありますわ(笑)」


 バ美・肉美が再度投擲とうてきモーションに入った。


「おめぇの手の届かない部位にぶち込めばいいだけの話ですわ?」


 瞬間、バ美・肉美の持つ鉄の槍が爆発した。


「なッ!?」


 バ美・肉美が小さく叫んだ。

 はじめてだった。ソロでもドラゴンを余裕で狩れるほどのヒーラー♀から、目の前で起こった現象が予想外であるという声がはじめて飛び出していた。


 地上、俺の隣で、かすかに硝煙の匂いがした。


「ふっ――」


 ゴノレゴだった。

 スナイパーライフルを構えたゴノレゴが、バ美・肉美ではなく、その握る武器そのものを破壊するべく銃弾を撃ち込んでいた。


投擲とうてきのみでエリアボスをぶち殺す? そんなもの、冷静に考えればアサシンである我々相手に通用するわけがない話だ。なぜなら――」


 しょーたろーが、ゴノレゴの持つライフルへ圧縮した爆薬を込めながら叫んだ。


「投擲スキルも武器破壊スキルも、アサシン固有の専売特許だからですよッ!」

「槍は俺たちが全部壊す! お前たちは今のうちにエリアボスを殺せッ!」


「ヘッドにバッキバキに来ますわね……」


 砕けた鉄の槍を投げ捨てながら、バ美・肉美が静かに声を上げた。


「素直に私を無視してエリアボスだけ相手にしてりゃいいのに、なんなんですの? この腐れアサシンどもは――」


 圧が、鬼のように上がった。

 バ美・肉美が、インベントリから新たに何かを取り出した。


 まがまがしい、蛇の巻きついたような杖だった。巻きついた蛇が生きているのか、その先端で首をもだえるように上下左右に振っていた。


「あれは……ッ!」


 爆薬を持っていたしょーたろーが叫んだ。


「アスクレピオスの杖ッ!」

「説明は頼んだッ!」


 すべてを放棄した俺の叫びに、いつもどおり安定してしょーたろーが解説を始めた。


「カンストしたヒーラーだけが装備できる最強武器です! 固有魔法で広範囲を全壊させるヒーラー最強攻撃魔法【最後の審判ラスト・ジャッジメント】が使えます!」


 バ美・肉美がその握る杖に力を込めた。


「PKしないよう慈悲をくれてやってんのに調子にのってんじゃねえですわこのクソ毛バエどもッ!」


 強烈な閃光が杖を走った。

 天に突きあげた杖の先端から、圧縮された魔力が目に見える形を示すかのように巨大な光となって天空を覆っていた。


 瞬間、小さな破裂音が連続して放たれた。


「ちっ……」


 ゴノレゴから舌打ちが漏れた。

 打ち込まれた武器破壊のための弾丸が、詠唱キャストを続けるヒーラーの武器に到達する前に一瞬で蒸発して消えた。


「エリアボスもろとも全部まとめて、親の顔よりも見たはずのリスポーン地点まで送ってさしあげますわ!」


「ヒロ!(小声)」


 突然、声がした。


 でろんでろんになった粘液まみれのモブ子が、ひそかに隣に来て声をかけてきていた。


 遠く、これから目の前で繰り広げられるであろう大量殺戮魔法の発動をただ見ることしかできない俺は、ただ茫然と突っ立ったまま、となりで決意したようなモブ子の視線を見ていた。


「拙者に考えがある。拙者を信じてもらえるか?(小声)」

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