鮮血のハロウィンパーティ

にゃべ♪

第1話 初めての学校、初めての友達

 6月上旬と言えば、大気はまだ清々しい風を吹かせ、とても心地良い環境を僕らに提供してくれる季節。そんな気候のいい午前中の3時間目の授業は移動教室だ。そんな訳で、僕はテキストを小脇に抱えて廊下を歩いていた。

 と、そこでクラスメイトのレイスが小走りで近付いてくる。


「なあ、ニック。理事長がヴァイパイアって話が回ってきたんだけど。晴れた日は学校に現れないし、いつもサングラスしているし、それから……」

「そうだよ」

「マジで?」

「まぁ僕は人間だけど」


 そこで彼は大笑い。相変わらず沸点が低いな。ひとしきり笑った後はまたすぐに別の話題を振ってきて、ヴァンパイアネタはすぐに終了する。この反応から、レイスは僕の言葉を冗談と受け取ったみたいだ。事実なんだけどな。


 僕が通っているのは全寮制の私立ニアハイフ学園。外界から隔絶された陸の孤島みたいな場所にある特別な学校だ。それまでエルトリアと言う街に住んでいた僕は、5月に15歳の誕生日を迎えたと同時に理事長の養父によってこの学園に編入させられた。

 シーズン途中からだったからすぐには馴染めないんじゃないかと思ってたけど、全寮制と言う事もあってすぐに馴染む事が出来た。本当、良かったよ。


 授業の方も僕が理解出来るレベルで何も問題はない。ここに転入する前は家庭教師代わりの執事のキーゼルとマンツーマンで勉強していた。あの頃はアレが普通だと思っていたけど、人間の子供は学校で大勢で勉強するのが普通なんだよな。

 それに、クラスの中で僕は割と勉強が出来る方だったみたいで、それで何人かのクラスメイトが興味を持ってくれたらしい。


 移動教室について授業が始まるのを大人しく待っていると、そんなクラスメイトの1人、ザッパが話しかけてきた。


「ニックはさ、父親が理事長じゃん。やっぱ優遇されてるん?」

「いやみんなと同じだよ。寮の部屋だって普通だったろ?」

「おぉ、厳しい教育方針と言うやつですなぁ」


 彼はそう言うと豪快に笑う。性格も大雑把なら体型もぽっちゃりで、かなり見た目通りのやつだ。一番最初に仲良くなったのもこのザッパだった。背も高くおおらかで人懐っこいために、彼はクラスでも人気者だ。ザッパがよく話しかけてきてくれたから、他のクラスメイトともすぐに打ち解けられたんだと思う。


 彼との会話に花が咲いていると、授業開始のチャイムが鳴る。けれど、先生はまだ教室に入ってこなかった。クラスのみんなも雑談を続けている。すると、近くの席の男子が立ち上がった。ハンクだ。


「みんな、もう授業の時間は始まってる。静かにしよう」

「ハンク、真面目~」

「いいじゃん、先生が来るのが遅いんだからさ~」


 彼は他の生徒からの反対意見に一切反論しなかった。椅子に座ったハンクはただ眼鏡の位置をくいっと人差し指で直して、教科書に目を通す。実際、彼はそこまで真面目キャラではないんだけど、変なところで自分の意見を主張するのだ。どちらかと言うと個性的な人物と言う感じ。


 僕はそんなハンクを割と気に言っていた。今まで自分の周りにはいなかったタイプだからだ。とは言え、人間の友達と言う意味で言えばこのクラス全員がそれになるんだけど。


「いやあスマンスマン。ちょっと遅くなってしまったな」


 数分後にやってきたこの授業担当のザンキ先生は、そう言うと頭をペコペコと下げる。学年主任なのに威厳はこれっぽっちもなかった。でも、先生のそう言うところが多くの生徒から好かれる理由なのだろう。今までに怒った姿を見た事がないし。


 と言う訳で、そこからは授業が普通に始まった。この学園では先生が遅れてくるのは割とよくある事だったりする。特に移動教室は職員室から遠いからなのかな。校風的にはきっとゆるいんだろう。あんまり堅苦しいと息が詰まるし、このくらいがちょうどいいな。


 そんな感じで6月時点では同性の友人ばかりが出来て、異性のクラスメイトとはまだ距離があった。とは言え、最初に同性の友人が出来るのは普通の事だろう。同年齢の異性との距離感なんてすぐに分かるはずもない。大体、同世代の人間と出会ったのもこの学園に来てからなのだから。



 7月に入り、そんな僕にも転機が訪れた。隣の席になった女子のレイアに話しかけられるようになったのだ。最初は消しゴムを拾ったのがきっかけになったのかな。


「ニックって何が好きなの?」

「卵焼き」

「へぇ~。もっと高級料理の名前が出てくるのかと思った」

「だって卵焼きって美味しいじゃん」


 そんな他愛もない会話で盛り上がる。彼女とはどうでもいい話でも楽しかった。明るい性格で、よく通るきれいな声なのも良かったのかも知れない。顔もかわいいし。ただ、2人で会話をしているとすぐに別の女子が割り込んでくるのだ。


「何下らない話題で盛り上がっているんですの」

「シーリス、会話に混ざりたいなら素直にそう言ってよ」

「べ、別にそう言うんじゃありませんでしてよ! 私はただお2人の会話のレベルが低いのが気になっただけですの」


 このお嬢様言葉で話す女子の名前はシーリス。他の女子とかから聞いた話によると、彼女は別にお嬢様と言う訳ではなく、ただそう言うキャラを作っているだけらしい。容姿も学力も体力も立ち振舞いも何もかも普通の平均点女子だ。だからこそ、何か特徴が欲しくて背伸びをしているだけなのではとの事。

 その個性がお嬢様キャラと言うのが正解か間違いかは、僕にはよく分からないけど。


 彼女に絡まれたレイアは軽くため息を吐き出すと、あらためて腕組みをする背伸び女子に向かって視線を投げかける。


「そ~やっていつも邪魔してくるじゃない。素直になりなよ」

「な、何が言いたいんですの?」

「あなたもニックと話したいんでしょ? いいよ、一緒に話しましょ」

「そ、そんな訳ありませんですわ! ごきげんようっ」


 レイアの一言が効いたのか、シーリスは顔を耳まで真っ赤にさせながら捨てぜりふを残して僕らの前から離れていった。彼女が離れたのでまた話を続けていると、そこにレイスやザッパもやってくる。彼らとの会話は本当に楽しい。そうやって日々は穏やかに過ぎていくのだった。


 クラスには他にもたくさんの生徒がいる。すぐに全員と仲良くは出来ないけど、どうやら嫌われてもいないみたいだ。

 転入する前は、学校生活と言うのは一度選択肢を間違うといじめに遭う所だとメイド長のシシリィに脅されていたけれど、今のところはその心配はせずに済んでいるみたいだ。良かった。



 学園は7月15日から8月31日までが夏休み。ほとんどの生徒が帰省する中、帰らずに夏休みを過ごす生徒も何人かいる。僕もその1人だ。帰ってもあんまり面白くないからね。学園にいる方がよっぽど刺激的なんだ。

 ある日、図書室に本を読もうと入ったら広い図書室の隅っこで読書をする生徒が目に入る。同じクラスの子だったので、挨拶をしようと声をかけた。


「やあ。君も残ってたのかい?」

「……」

「リリ……だよね? 間違ってたらゴメン」

「……いえ……あの……そうです」


 彼女は消えそうなほど小さい声でそう答えると、コクリと頭を下げる。どうやら人違いではなかったようだ。リリは背も低く声も小さくて、かなり存在感の薄い女子だ。帰省しなかったと言う事は、何らかの家庭の事情があるのだろう。図書室にいるのも、本が好きと言うよりはただの暇潰しのような気がする。本好きの子が放つオーラを彼女からはあまり感じなかったからだ。

 夏休み中の図書室には他の生徒がほぼいない事もあって、僕達は何となく意識するようになっていた。


「何読んでるの?」

「ゆ、勇者王アラクの……冒険……」

「へぇ。それ読んだ事ないや。面白い?」

「そ、そりゃあもう! 主人公の勇者アラクがすごいんですよ! どんな逆境にも決してあきらめないんです! それで……」


 普段は大人しい彼女が、好きな事に対しては早口で饒舌になる。そう言う二面性が興味深かった。図書室に行くと必ず出会えたのもあって、夏休みの間に僕はリリとかなり仲良くなる事が出来た。

 ただ、図書室以外では何故か見かける事がなく、ミステリアスガールの印象を強く抱く事にもなったのだけれど――。

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