異世界転移したくない者たちvs異世界転移させたい世界

夕闇 夜桜

異世界転移したくない者たちvs異世界転移させたい世界


 ――ああ、またか。


 そう思いながら、道幅いっぱいに目の前で光る魔法陣に目を向ける。


「そう簡単に引っかかんねーよ……っ、と!」


 軽く助走を付けて、魔法陣を飛び越える。

 飛び越えた先に魔法陣が現れたことがあったこともあり、油断は出来なかったが、今回はそんなこと無かったらしい。

 こちらが飛び越えてしまったからなのか、魔法陣は少しずつ光を消失させていく。


「……はぁ」


 これが、俺の毎日である。


   ☆★☆   


「おはよー」

「おはよう。その様子じゃ、いつもの一仕事終えてきた感じか」

「そう言うそっちも一緒だろうが」


 登校し、教室に行けば、いつもの面々に挨拶しながら、席に着く。



 ――この世界に、いつからか時や場所を選ばず、魔法陣が現れるようになった。


 物語の中だけに存在するはずの『もの』が、目に見えるように現れ、日常生活に侵食し始めたのはいつの頃からか――その問いも、魔法陣が現れるのが当たり前となった今ではもはや過去形であるし、最初は魔法陣の出現を認めなかった人たちの声も次第に小さくなっていった。


 ――異世界転移? 転生?


 一つの憧れとしては良いのだろう。実際、そういう物語の本は、数多く存在しているのだから。

 だが、俺たちの前に現れた魔法陣は、異世界どころか、どこに通じているのかも分からない上に、もし危険地帯に放り出されれば、知識なども無いので一貫の終わりである。

 さらに、(一応)現実では魔法など存在しないとされているのに、『魔法陣』がこれでもかと現れる理由も不明だ。『魔法陣』どころか魔法や魔術と言った類いの物はどうしても『物語の中の物』というイメージが強いし、もし実際に使える存在が居るのだとしても、人々から異端として排除されかねないから、どこかに隠れ住んだりしていることは予想できる。


 結局、魔法や魔術と言ったものが現実に存在しようがしまいが、『魔法陣』というものは『物語の中の物』だったり、『一つの不思議現象』という認識でしかないのである。



「俺、久々に二段構えのやつに遭遇したわ」

「よく無事だったな……」

「当たったの、爪先だけだったからセーフ」

「俺は道幅いっぱいに展開されてた。マジで、二段構えじゃなくて良かったよ……」


 こうやって、一時間目の授業の準備をしつつ、通学時にどんな魔法陣に遭遇したのかを報告し合うのが、俺たちの日常である。

 ちなみに、こいつらも俺と同じ『魔法陣に狙われてる奴』なのだが、どうして魔法陣が現れるのか、理由などはまだ分かっていないものの、そのしつこさから、俺たちを転移させたいことだけは、何となく察していた。


「それ、飛び越えるしかねーじゃん。自転車とかだと無理なやつじゃん」

「まあ、自転車とかだったら、加速して通り過ぎるしか方法無さそうだしなぁ……」

「……お前ら、そんなこと言ったら、電車通学の俺はどうなるんだ」


 「下手したら、一両異世界行きになってたんだぞ」とでも言いたげに告げられる。


「いや、うん……」

「そうだな。さすがに、その人数の命は預かれないよな」


 俺が同じ立場になったとして、まさか原因が自分などと言えるはずもないし、そもそも俺には言えない。

 そんなこと話していれば、朝のホームルームの時間である。


「あー、最後に一つ、言っておかないといけないことがある」


 担任が出欠確認やその他の報告をし終わった最後に、そう切り出す。


「どうやら、上田が登校途中に魔法陣に引っ掛かったらしい。ということで、今日から一名また少なくなったが、授業は引き続き行っていくから、そのつもりで居るように」


 何というか、担任がドライにも聞こえるが、転移者一人出したぐらいで、授業を止めることなど出来ないし、今ではこれが当たり前なのだから、仕方がないとも言える。


「せめて、上田が平和的な場所に辿り着いていることを祈ろう」


 危険地帯や宇宙の端などではなく、比較的安全な場所で過ごしていてくれると有り難いと思いつつ。


 そんな祈りの時間の後は一時間目の授業である。

 黒板から目を離せば、相変わらず時と場所を選ばない魔法陣が、体育の授業が行われている運動場に現れていた。

 とりあえず、俺はそれを見て見ぬふりをして、板書をノートに書き写していく。俺は、何も、見ていない。


   ☆★☆   


「今日も何とか、終えられたな」

「おい、家に帰るまで安心するな。おととい三組の佐藤が下校中に巻き込まれたとか言われたばかりだろうが」

「はぁ……せっかく授業終わっても、気が抜けられないんじゃなぁ……」


 けれど、相手はあの時と場所を選ばない魔法陣である。

 いくらこちらが警戒していても、『魔法陣やつ』は来るのである。これでは、放課後にどこにも立ち寄れない。


「もし、魔法陣が勇者召喚とかだったら、どうする?」

「ふざけんな。自分の世界でどうにかしろ、って言いたいな」

「あと、巻き込むのも、どうにかしてほしいよな。赤の他人だと謝ることしか出来ないし、追放になんてなったら面倒だし」


 物語の『異世界転移モノ』であるネタを話題にしつつ、足元を注意しながら昇降口を目指す。

 今日は校内にも出現して、一年生の子が連れていかれたらしい。しかも、巻き込まれた子も居たらしいのだが、平和的な場所に辿り着いて、どちらかが追放だとかされてないことを祈ることしか出来ない。


「……で、あそこで元気よく発光してるあいつ、どうする?」

「聞くな」

「スルー一択いったく


 無事に昇降口を出て、今度は校門を目指していれば、通り道に発光して存在を示す『魔法陣やつ』。

 現実逃避するにも限界があったので、聞いてみるが、どうやら考えていることは同じらしい。


「よし、行こう」


 別に、別方向の校門から出られないわけでもないので、そちらを目指し、魔法陣を無視していく。


「つか、さぁ……何で知識もそんなに無いやつを召喚したりしたいのかねぇ……」

「知らねーよ」


 戦闘能力だとか、世界発展的なものなら、そういう能力や知識がある人を連れていけば良いのに、何故、俺たちみたいなやつまで狙われるのだ。


「おい、あれ……」


 ようやく、もう一つの校門が見えてきたと言うところで、その手前には輝く『魔法陣やつ』……


「どうすんだよ、これ」

「あっちにもまだ残ってたら、俺たち帰れねぇぞ……」


 諦めて乗れ、とでも言いたげに魔法陣が明滅する。


「……」

「……」

「……」


 視線で、どうするのかを簡単に話し合い、そして――その結論に従うことにした。

 つまり――……


「あっちから帰るぞ」


 魔法陣の大きさ的には、まだ最初の校門の方にあったものの方が小さかった。だから、俺たちは回避しやすそうな方を選択したのである。


「俺たちは、断固――」

「召喚――」

「拒否する――!!」


 そして、最初の校門とそこにまだ残っていた魔法陣を越えれば、後はそれぞれ家を目指すだけである。

 何となく――悔しそうに明滅しながら、魔法陣が消えていく。


「……とりあえず一安心、か?」

「……そうだな」

「……まだ油断できないが、今ぐらいは安心させてほしい」


 三人で溜め息を吐き、それぞれ家に向かうために歩き出す。三人とも、家の方向は同じなので、途中まで一緒である。


「それじゃ俺、こっちだから」

「おう」

「また明日、誰も欠けずに学校で会おうな」


 いろんな話をしては、いつもの別れの挨拶をする。

 いつ魔法陣から逃れられず、引きずり込まれるのかなんて分からないので、どれだけ大丈夫だと思っても、この挨拶だけは変わらない。


「ああ――また明日」


 また明日、何事もなく会えるといいなぁ――……

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