第3話 天使創造

途方もなく広がる砂漠。

見渡す限りは砂。見上げれば真上に太陽が照っている。

環境が変わることのないこの砂漠に、女の子が一人俺の前に跪いていた。

そんな少女に、俺は本を後ろに隠し、尋ねる。


「えっと…どちら様でしょうか」


極力、気持ち悪さを感じないよう振る舞う。

(俺に話しかけているってことでいいんだよな?)

思わず、辺りを見回すも、変わらず砂しかなく、安堵する。

俺の反応を見ていたのかじっと首を垂れるその少女は、俺の様子を伺っているようだった。俺が砂を見渡したあと、少女を見ると、さっきの俺の言葉に返事をするかのように口を開く。


「お忘れでしょうか。ミカエルです」


聞き返しそうになるその恥ずかしい名前に、俺は顔を赤くする。

頭を下げながら答えるそのミカエルと言った少女に、焦りを覚え声を引きつらせる。


「見てたのか!?」


俺の反応に首を傾げる少女は、なんと答えたらいいかと言い淀んでいる。

俺はその少女の反応に恐らく見られていないだろうと自分の都合のいいように解釈し、咳払いをする。


「えー…貴方はどこから来たんでしょうか?」


「私は経った今、創られました。ですからどこから来たという質問には答えられません」


どうやら、俺が今描いた絵になりきっているようだ。

でも俺はそういうの求めてないから。

俺の質問の回答になっていない少女の答えに心の中で突っ込みを入れる。

跪いたまま体勢を崩さない少女に思わず俺は慌てたように言う。


「とりあえず顔を上げてください」


そう促すと、少女は顔を上げ、俺を見つめる。


(確かに、俺の描いた絵に似ている女の子のような気もするが、俺の描いた絵よりだいぶ美人だな。色々な場所が美化されているというか…特に胸が)


俺の目線は胸元が完全に開いた服にいっていた。

その目線に気づいているであろう少女は特に口を開くわけでもなく、俺の次の言葉を待っているようだった。


「とりあえず、座りませんか?座って話をしましょう」


俺は慌てたように近くの砂をどけ、少し自分とは距離がある場所に座るよう指示する。


(まあ砂はどけても砂なのだが…)


目の前の可愛い子が相手だと焦りが出てしまう。

ミカエルは、貴族のような立ち振る舞いで、指示された場所に腰を下ろすと再び俺の指示待ち姿勢になってしまった。何か話題…


「あーえっと…さっき創られたとかなんとか言っていましたけど…どういう意味

でしょうか?」


「はっはい…そのままの意味でございます…」


あまりコミュ障ではないと自負していた俺も、少し不安そうに表情を崩す女の子をどう扱ったらいいかまではわからない。

俺は少女に苦笑いを浮かべながら、古ぼけた本を手に取り、目の前に座った少女に見えないよう本を開いてページを確認する。

そこには先ほど描いたミカエルがそのまま残っていた。

なぜ白紙にならないのかと思いつつも、自分の絵と少女を見比べる。


「俺が描いた絵とはあんまり似つかないな…特徴は似てるけど…」


いつの間にかそう呟くと、自分をミカエルと自称した少女は申し訳なさそうに口を開いた。


「申し訳ございません…。神様の御所望に答えられず…このミカエルいつでも死ぬ覚悟で…」


「いやいやいや違うって!!」


どこからともなく取り出した刃物を首元に突きつける少女を静止し、誤解だと宥めるが、俺の言うことなど聞かずに自殺しようとする少女。

しばらく、制止を続けなんとか元の落ち着きを取り戻す。


「―では、ミカエルさんは俺に創られたとでも言いたいわけですね?」


「その通りでございます。あと、私に敬称や敬語は不要でございます…どうか普通にお話をされるようお願い致します。」


いまいち、信用できるリソースが見当たらないが、ミカエルが急に現れたことも理由がわからない。歩いて来た気配もない。俺は砂を眺める。

先ほど、俺が歩いてきていた足跡が薄く残っているのがわかる。

足跡は砂漠を見渡しても自分のものと思わしきものが残されているだけで、あとは残っていない。

雨が降ったはずなのに足跡が残っていることに疑問を覚えるも、今は目の前の少女に集中しなければならない。

俺はミカエルのほうに視線を送った。


(簡単にこの女の言うことを信じてしまえば楽になれるだろうが…)


俺は本に書かれているミカエルの設定の見返そうと文字を見直す。


「…歳はいくつ?」


「今ここで創造されたことを考えると0歳が正しいですが、確か2万歳と神様が定めていたはずです」


真面目かよ…。あと俺が考えた設定を口に出さないでほしい。

悶えそうになるわ。


「…じゃあ、身長は?」


「153㎝でしょうか」


「…ス、スリー」


そこまで言いかけたがやめた。

女性の数値をあまり聞くものではない。紳士の俺はミカエルの胸を凝視しながらそう考えた。彼女が答えた回答は全てこの本に記されていたミカエルの設定そのままだった。彼女がこの本を見た可能性もあるが、一旦、ミカエルのことを信用することにする。


「とりあえず、信じるか…」


そう言いつつ本を閉じる。


「で、これからどうしたらいいと思う?」


「どう…とは?」


「君も見たらわかるでしょ。ここ砂しかないんだし」


「はぁ…」


俺が周辺を見渡していると、ミカエルは不思議そうに首を傾げる。


「お言葉ですが、神様…」


「ちょっと待って。さっきから神様って言ってるけど、それ俺のこと?」


「はい」


真っすぐな瞳でそう答えるミカエルに、

何か変なプレイを女の子に強要しているみたいで変な気持ちになる。

眉間にしわを寄せる俺はミカエルに、神様と呼ぶのをやめるよう促すが、ミカエルは強く首を横に振る。


「なりません。神様」


「でもさ…俺も話ずらいというか…もっと普通の女の子っぽくっていうか…」


「できません。敬称を変えるくらいなら首を掻っ切ります」


どうしてこの少女はこんなにも自殺したがるんだろうか…

もし、こいつが本の力で生まれた存在であるミカエルそのものであるとするのであれば、俺の命令には従ってほしいものだ。

とりあえず、この話題は置いておき、話題をさっきの本題へと移すことにした。


「で、砂しかない問題だけど…」


「はい。何か問題でもありますか?」


「いや問題しかねぇだろが!」


俺は思わず、少女に突っ込みを入れる。

しかし、そんな俺の突っ込みも虚しく、首を傾げるミカエル。

(可愛いな…)

自分の創ったキャラが本当にこいつだとすれば、なかなかの感動を覚えているところだが、今はそれどころではない。


「…まあいいや。とりあえず、君はこの本の力のことわかる?」


「はい。多少であるならば…」


「じゃあ君が何か描き込んでみて」


俺は本を開き、白紙のページを指し出す。

ペンを渡すとミカエルは、その本に何かを書こうとする。

しかし、書き出そうとした瞬間、ミカエルにどこからともなく稲妻が走る。

大きな音と共に現れた稲妻に、大きく身を覆い隠す俺は、稲妻が収まったのちにミカエルのほうを見る。


「大丈夫か!?」


思わず、心配をするが、ミカエルに変わった様子はない。

しかし、俺にペンを返そうと差し出してくる。


「私には、書けないようです」


冷静に俺に言ってくるミカエルの手は僅かに震えていた。

俺はペンを受け取ると、申し訳なくなり、ミカエルに弁解を唱える。


「すまん…こんなことが起こるなんて…」


「いえ…私は大丈夫ですから」


小さくほほ笑むミカエルに、俺はこの本の恐ろしさを思い知る。

しばらくペンと本とミカエルそれぞれに目線を配っていたが、ミカエルはただ俺の言葉をじっと待っている。

気まずい雰囲気が流れ、俺は話題を変えることにする。



「…さっき“おにぎりがほしい”ってこの本に書いたんだけど、出てこなかったんだ。

ミカエルはこの原因に心当たりはあるか?」


「その“おにぎり”というものが何なのか、私には見当がつきませんが…」


お約束と言っていいほどの反応をとるミカエル。

本を手に取り、ミカエルのページを見直すと、設定には、下界のことに疎いと書かれた項目を見つける。この項目が原因なのだろう。

俺は恥ずかしくなりながらも、ミカエルにおにぎりのことを説明する。


「なるほど…食べ物でしたか。それならば、恐らく内容を具体的に書かなかったことが原因かと存じます。」


本当にそれが原因なのだろうか…

まあ本から生まれたと自称するミカエルが言うのであればそうなのだろう。

”水がほしい”と書いて雨が降る原因はわからないが、とりあえずミカエルの意見に従い、おにぎりの詳細を本に記してみることにした。


「こんな感じでどう…?」


俺は、完成したおにぎりの絵と、詳細なおにぎりな設定を本に記したものを、ミカエルに見せる。

すると、ミカエルは、急に泣き出し、俺に跪き、祈りを捧げるように手を掲げる。


「なんと素晴らしいのでしょうか…神様が叡智を生み出す瞬間に立ち会えるとは…」


なんとも大袈裟な素振りを見せるミカエルに、俺はドン引きする。


(え…何?急に…この子怖い…)


さっき本を見せた時はこんな反応しなかったのに…

俺は、描いたおにぎりを見直すとぼそっと呟く。


「いやお前が描けって言ったんじゃないか…」


「いえ、私は原因を述べただけで…」


そうミカエルが言いかけると、俺の手に1つのおにぎりが出現する。

急におにぎりが降り始めないように、俺の手に1つだけ出してほしいと書き加えたのが適用されたようだ。

ほっと胸をなでおろし、手に持ったおにぎりを口にする。


「うん。塩のおにぎりだな」


口にしたおにぎりは、コンビニで売っていそうなただ普通のおにぎりだったが、安心したのかどっと疲れが襲ってきた。

倒れそうになる俺をミカエルが見かねて支える。

女の子に支えられるのは初めての経験だったので慌てて体を起こす。


「まあ、これで当座の食料はどうにかなるけど、この太陽…どうにかならないのかね」


「太陽…と申しますと…?」


「俺がここに来た時からずっと太陽が真上にあるんだよ」


おにぎりを食べ終えた俺は、ミカエルにわかりやすいよう上を指差す。


「これも原因はわかる?」


「は…恐らく時間の概念がこの世界にないせいかと…」


「は?時間?」


俺は左腕についた腕時計を眺める。

時計の針は、ここに来た時と変わらず動いている。本を手から脇に抱え、

ポケットのスマートフォンを取り出し、腕時計と照らし合わせるように時計を見るが、腕時計とスマートフォンの時計に狂いはない。


俺は左腕についた腕時計をミカエルに見やすいよう腕を回す。


「この時計の針は動いてるけど…」


「私には、それがどういうものかわかりませんが…」


ミカエルは俺の腕時計をまじまじと見る。


「これは、神様が他の世界から持ってきたものでしょうか?」


「他の世界っていうかまあ君から見ればそうなのか…」


ミカエルが答える前に、なんとなく頭で理解した。

つまり、ここはまだ初期設定も済んでいないゲームの世界のようなものということだろう。

ただそうなると、少しだけ不可解なこともある。


「君は、中途半端にここの世界の知識はあるようだけど、時計とかおにぎりとか…

そういう俺のいた世界のものには疎いのか?」


下界のことには疎い。この設定がどれほどのものなのか気になり始める。


「それは…」


ミカエルは俺の質問に答えあぐねるように顔を伏せた。


「私は、神様の手により描かれ、本によって創られました。なので、その本がどういうものか…というのは、ほどほどにはわかります。しかし…神様については…」


「そうか…」


俺のこともよくわからないってことだろう。

俺は本に自分で書いた、ミカエルを見る。

左半分に描かれたミカエルの全体像と、右半分に書かれた設定を眺める。

細かく設定は書いてあるものの、知識面についてどういう知識を持っているかというものは、あまり書かれていなかった。

それこそ、下界について疎い。その項目くらいしか知識の設定はない。

無意識でキャラを設定していたこともあり、こんなこと書いたっけという設定もよくよく見直せば出てくる。

大体を読み終えたあと、俺はミカエルのことを見つめ、恥ずかしさに駆られる。


(黒歴史の具現化とか笑えねぇ…)


俺はミカエルが目の前にいることも忘れ、頭を抱え悶えるのであった。














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