エピローグ 夢から覚めた世界

 炎が至る所から沸き立つ中で意識が朦朧としていく。

 燃一前もえいちまえ焼輔しょうすけにとっては幾度となく目にした光景だ。


 母親が大切にしていた食器、離婚した父親が置いていった写真立て、一緒に遊んだグローブ、二人に褒められた似顔絵、壊れて消える物の数だけを数えていく。


(ああ。これで悪夢も終わる…………)


 何度も見てきた異世界での物語。それは走馬灯のように紡がれ、氷の魔法で命を狙われたり、神と名乗る者と対決する二人の少年に憧れもした。



 だがこの現実こそが悪夢であってほしいと願った。

 家族が離婚をしたことよりも、母親が他の男と遊びに行ったよりも、立ち上がることさえ叶わない現状が何よりも辛かった。



(でも、諦めたくない。あの人は諦めなかった。オレを信じて、逃がそうともしてくれた……だから!!)


 呼吸で喉が焼ける。煙がこもって咳を吐く。


 唯一火の手が小さく、脱出経路になりそうなところはベランダしかない。

ほふく前進でベランダに向かう。


 意識が遠のく。諦めたら、またあの世界に戻ってしまうのではないかと思った。


 全身が重くなる。もう前が見えないほど真っ暗になった。

 だが誰かの声が一瞬だけ聞こえたのだ。


『君の強さは十分知っている。君ならヒーローになれるよ』




 目を覚ますと担架に乗せられていることに気が付いた。

 救急隊員が今まさに救急車に乗り込むところで、隣には泣きじゃくっている母がいた。


「よかった、目が覚めて…………ごめん、ごめんね……あなたを置いてけぼりにして……」


「さっきまで呼吸がなかったんだ……奇跡だ」


「これで、要救助者は全員だ! 急いで乗せるんだ!」


 消防隊は火事になっているアパートの消化に勤しんでいる。

 周りが慌ただしい中で、自分の頭の中がすっきりしていることに気が付いた。



(あの声、聞いたことがある。とても優しくて、強そうな声…………)


 思わず口の端を吊り上げて目を瞑った。


(ヒーローになれる、か)


 期待を込めながら、少しだけ夢の中へと落ちていった。







 カルマは屋根の上から足を下ろし、炎が消えていく様を見ていた。


「助けられてよかった……」


 立ち上がって、姿を消しながら彼はぼそっと呟く。


「人の絶望を利用する【神】なんて、僕は許さない」



 月夜の中に消えた彼は、また夢の世界へと消えていった。

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夢世界転移者を許すな 黒木耀介 @koriy_make

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