この世界の人間

 朝食を済ませた二人は、ようやく船から出て、外の探索に向かった。

 当面の目標は、船の進行方向を中心にマップを広げ、ルミルの仮説を立証すべく、原住民(?)を捜索する事だ。

 新展開に突入し、ユノアの気持ちは、端的たんてきに言ってプラスマイナスゼロ。

 未知の領域に踏み入り、求めている自分や世界の謎に近づけるかもしれない高揚感と、いちいち遠くまで足を運ばなければいけない億劫おっくうさ、また敵が現れるのではないかという懸念けねんがグチャ混ぜになっているのだ。楽しみにしていたイベントも、当日になると、なんか面倒くさく感じる時のそれである。

 とはいえ、ユノアは比較的行動派であり、今はルミルという頼もしい味方もいる。

 何かあっても何とかなるだろうという気持ちが強かった。

 新発見を切望し、殺風景な野原を進んだ。

 やがて、地面の色合いの比率が草色多めから土色多めに推移すいいし、少し離れた場所に小さな山も見えてきた。

 木々の緑を着ていない硬い感じが鉱山っぽい、そんな見た目から、何かしらのエネミーがいそうだな、とユノアは顔をしかめる。

 そうして2時間ほどが経過し、離れた所に木々が見え始め、荒野地帯と思える場所の出口に辿り着く。目覚ましい進展は無かったが、マップは順調に広がっていった。

 きっと飛行する船の目的地は、もっと先にあったのだろうと、探索を一旦切り上げ、二人は船に戻る事を決めた。

 せっかくなので、通らなかった道を進んで更なるマップの拡大を試みようと、大きく迂回して船に戻る。マップには、しっかりと船の位置が表示されているため、迷う心配はなかった。

「……ん?」

 足を止め、ユノアは虚空に浮かべたマップを注視する。

「どうしました?ユノア様」

「ここなんだけどさ」

 ユノアが指さすのは、新たに広がったマップの端、山のふもとと思われる場所だ。

 そこにポツポツと薄い茶色の上に濃いブラウンの点と生物を表していると思われる赤い点がある。

「一面荒野一色の場所に、何かある感じだよね」

「確かに……近くに森である緑色がありますが、この距離感だと、木が生えているにしては違和感があります。赤い点もありますし」

「だよね。戻る予定だったけど、距離もそんなに離れてないし、赤点は敵かもしれないけど、最後にここも行ってみよう」

「わかりました」

 寄り道を決定し、二人はマップにある点に向けて進行した。

 マップだと分かり辛かったが、目的地までは少し傾斜けいしゃになっていた。山に近付いているから仕方のない事だし、ビルドアップの恩恵でここまでの移動も苦ではなかった。ただ、坂を上がる姿勢とか感覚が、ユノアに労力を使っている錯覚をさせた。やっぱ明日でもよかったかなと、ささやかな後悔を抱くが、すぐにもっと早く来ておくべきだったと深く後悔する事になる。

 せり上がった崖を迂回して上ると、広い平地になっていて、そこには木や草で作られた、家ともテントともいえる微妙な建造物があった。建築知識の持たない子どもが作った秘密基地のようにも見える。

 明らかな人の痕跡こんせき、だがもっとひどい、最悪な形での痕跡もあった。

 固く広がる土の上に、こぼしたコーヒーのように染み渡る赤黒い液体の跡。

 その中には、生々しい質感の欠片が点在していた。

 悪寒と嫌悪に耐えながら、ユノアは近付く。

 近付くにつれ、鼻腔びこうが臭いを知らせる。この臭いは、昨日ルミルの足の怪我を手当てした時にうっすら嗅いだ臭いに近いと理解してしまった。

「ユノア様、これは……」

「うん。血だね、これ……」

 戦慄せんりつするルミルに対し、ユノアはフラットな調子で返した。しかし、その言葉には、底冷えするような怒気を感じさせる気配があった。

 ふと、建物の中や、その後方から音がした。

 続いて聞こえたのは、獰猛どうもうな唸り声。グルルルル、といくつもの鳴き声が無軌道なリズムでユノアたちに向けられた。

 その正体は、黄色い体毛をした野犬だった。

 大きさは正に大型犬のそれで、日に照らされて体毛がきらめく反面、揃って口にこびり付けた血が、ドスグロさを際立たせている。

 厳つい白目が新たな獲物を見定め、牙を剝き出しにし、ネバついたよだれをボタボタと垂らし始めた。

「こいつらが……」

「多分そうだね。私もこういう感じのに何回か襲われたし」

 全部で4匹、ルミルを除いた、マップに表示された赤い点と同じ数だ。

身構えるルミルを手で制しながら、ユノアは前に出た。

「私がやる……」

 素っ気なく言うユノアだが、少し息が荒い。

 後ろで見送る途中、ルミルはユノアの拳が強く握られている事に気付いた。主として見ている人間の、初めて見る本気の怒りだった。

 悠々と歩き進むユノアに対し、野犬たちは嘲笑あざわらっているかのように口を歪め、一斉に襲い掛かった。

 無防備な獲物が向こうからやって来たとでも思ったのか、単調な飛び掛かりだ。的が多くとも、捉えるのは容易だった。

 幾本の槍が連続で飛び出し、野犬たちの腹を容赦なく貫く。赤黒い血痕が撒かれた土に、追加で鮮血がぶちまけられた。

 致命傷を受け、野犬たちはボトボトとその場に落ちる。

 そのうちの3匹に向け、ユノアは止めを刺した。のど元を穿たれた3匹は揃って絶命する。

 残る1匹は、正に虫の息だ。その頭部を、ユノアは強く踏みつける。

「一応ワンチャン喋れるかもしれないから聞くね。これはお前らの仕業?」

 グリグリと靴底を擦り付けながら、ユノアは野犬に問うた。もしかしたら、人語を口にできる怪物かもしれないと思い、拷問しているのだ。

 殆どさ晴らしに近い行動で、返事など期待していなかったユノアだが、思いのほか得られるモノがあった。

「ニン……ゲン……コ……ロス」

「ああ、そういう系ね」

 人類への恨み辛みを燃やす野生の逆襲。それならば、惨劇の理由として一応は納得出来る。だが、一個人の傲慢ごうまんとしてユノアは野犬を許さなかった。

 野犬を蹴り飛ばし、他と同様に止めの一撃を突き立てる。

 すると、野犬から1枚のカードが落ちた。すでに始末した野犬の近くにも1枚ずつカードがあり、ユノアはそれらを拾いバインダーに収納すると、きびすを返してルミルの元へ戻る。

 やはりというか、容赦のないユノアのやり方に、ルミルは引いていた。

「もしかしたら人間に対してやんごとなき事情があるのかもだけど、害獣害虫になったら、私的には生かしておく気は無いの」

「そう、ですか……え、でも。食料庫の動物は逃がしてましたよね?」

「あのくらいはね。開けっ放しにしてた私たちも悪いっちゃ悪いし、食料もたくさん残ってたからね、まだ殺意まではいかなかったかな」

「そう、ですか」 

 涼しげに言うユノアに、ルミルは依然いぜん気後れしている。そんなルミルに、ユノアは付いて来るよう指を振って促し、共に建物の中を覗いた。

 とりあえず一言で表すなら、凄惨せいさんといった所だ。臭いもこもって酷いものであり、ただただ見ていて悲しいものがこみ上げてくる光景である。

「もう殺したとはいえ、ちゃんと見ると、やっぱり腹が立つなぁ」

「……はい」

 やり方の良し悪しはどうあれ、ルミルはユノアの行動は間違っていないと感じた。

 身を守る為だけではない。人に害を及ぼす可能性を徹底的に潰そうとしたのだと。

 だが、時は既に遅かったのも事実だ。

 暗い表情のまま、二人は建物の全てを見て回る。だが、すでにマップには、ユノアとルミル以外にそれらしい表示は見当たらない。この場に残っていた命は、野犬たちのみだったのだと分った。

「ワンチャン、どっかに逃げてたりは……」

 諦めきれず、ユノアはマップに目をやった。

 すると、離れた場所に赤い点が二つ近づいて来るのを見つける。

「ルミル向こう、赤い点があった、見てみて!」

 マップに表示された方向を大仰に指さしながら、ユノアは慌ただしく指示を下す。

 それを受けたルミルは、ユノアから渡されていた望遠のカードを使い、遠方を凝視した。

「っ、ユノア様、さっきと同じ野犬です!あっ、逃げました」

 ルミルの言葉を読み解き、ユノアはマップを確認する。

 赤い点は山のエリアに該当すると思われる黒い未開域に向かって移動し、やがて黒塗りに入る少し手前でプツリと消失した。

 レーダーの範囲から出たのだろうと推察し、ユノアは忌々いまいまし気な顔で山の方を見た。

 敵はまだいる。

「ルミル、今度こそ一旦、船に戻ろう。色々考えないといけない事が出来た」

「わかりました、ユノア様」

 剣呑けんのんな雰囲気のユノアを見て、ルミルも緊張感を高める。

 そうして、二人は真っ直ぐ船に向かった。

 その帰り道、頭が冷えてきたユノアは、いったい何人いたのだろうか、と喪失感に打ちのめされた。

 もっと早く、昨日のうちにあの場にいれば、救えた命があったのかもしてない。

 やるせなさに空を仰ぎ、ユノアは深く、息を吐いた。

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