【番外編】クリスマスSSー聖夜の手紙ー

 あらすじ:北海道は稚内の病院で暮らす高畠遥。彼女はもう生きれる時間は少ないとわかっていても治る可能性を信じて明るく楽しく過ごしていた。そして、今日は楽しみにしていたクリスマスの日――


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 この世に生を受けて何年たっても、この日はなんでいつもよりワクワクするんだろう。やっぱりサンタさんっていうのは偉大なんだなぁって思う。

 真っ白な病室と真っ白な自分の座るベッド。白色が特徴の使い方のわからない機器と目立つ黄色い点滴の液体。いつも見慣れて代わり映えしないけど、今日だけは違った。


「そっかぁ、今日ってクリスマスだったもんねぇ」


 個々のベッドをいつもはカーテンで分けているけど、今日はカーテンをかけるために設置されてる鉄の棒に赤と緑の装飾が施されていて、部屋の窓の下には小さめのクリスマスツリーが飾られてた。去年もこんな感じだったなぁ、ってつい考えちゃう。


「あ、おはよう遥ちゃん。とうとうクリスマスになったね~」

「おはよう凛ちゃん。そうだねぇ」


 私より先に隣のベッドの凛ちゃんは起きていたみたいだった。3週間前に大きな手術をして、つい3日前まではあまり話せなかったけど今日は調子がいいみたいだ。うまく舌もまわってるから回復してきたみたい。


「今日のご飯でなんかクリスマスっぽいの出るかなぁ~」

「去年はケーキが出たけど、今年も出るのかな。スーパーとかで売ってるチキンとかはさすがに無理だけど似たようなのあるといいよね!」


 この病院では、何かしらの行事があると病院食が何かしら特別なものになる。正月にはお餅に似た何かが出て、ひな祭りにはひなあられみたいな感じで、クリスマスになるとちっちゃいケーキが出てくる。だから入院している子たちは毎年クリスマスの夜ご飯がとっても楽しみなんだ。私もそのうちの一人なんだけど……。


「凛ちゃんはまだ学校来れないんだよね?」

「うん、行きたいんだけどね。まだ車椅子に一人で乗ることもできないから」

「そっかー……よし、じゃあ私は頑張って行ってくるよ!」

「でも、今日って成績表返して映画見るだけでしょ~」

「えへへ、そうだった」


 学校と行っても街にあるような学校じゃなくてちっちゃい院内学級だ。私たちみたいな子は外に出るなんてできないから必然的に義務教育を受けるための”がっこう”は病院の中にあるところに行くしかない。もちろん校歌なんてないし、人数も10人もいないちっちゃなところだけど、みんな優しいし仲がいいから私は大好きだ。勉強はちょっと難しいけど……。


「でも、遥ちゃんはもうちょっとじゃん。アンドロメダシンの施術受けるのもうちょっとなんでしょ?」

「うん。施術受けたら、リハビリ頑張って広島県まで行かなきゃいけないから大変になるよ~」

「あはは、確かに稚内からじゃ大変だね~」


 私が暮らしている病院があるのは北海道の稚内にある病院。だからあの薬を飲んだら広島県の四葉町まで行かないといけないからもう大変。今からどんなところか楽しみだけど、同時に少しだけ寂しい。凛ちゃんに会えなくなっちゃうのもあるけど、自分が生まれ育った地を去るということも寂しい。10月から降り始める雪を窓から眺めることができなくなっちゃうのも寂しい。


「でも、やっぱり楽しみだなぁ~」

「フフッ、遥ちゃんって強いよね」

「だって楽しいんだもん。あまり見たことのないもの見れて、運動制限はあるらしいけどやりたいことやれると思うとさ。あ、今ももちろん楽しいんだよ?」

「わかってるって。少し落ち着いて」


 朝からハイテンションの私を凛ちゃんが抑えるいつものルーティーンを行っていると、廊下にいつもの看護婦さんがやってきて朝ごはんを持ってきてくれた。今日は和食かぁ……鮭の骨抜いてあるかなぁ。


「安心して、また骨抜いてあげるから」

「ホント!? ありがと凛ちゃん!」

「はいはい、騒がない騒がない~」


 その後、薄味だけどおいしいご飯を食べた私は凛ちゃんに手を振って院内学級へ向かう。点滴がちょっと邪魔だけど、杖みたいで便利なところもあるからなんともいうことができない。見知った先生や看護婦さんと軽く挨拶しながら私は教室へと続く無機質な廊下を歩いて行った。


  〇 〇 〇


 院内学級では毎年恒例の映画鑑賞があって、それから運ばれてきたオードブルの料理を食べるという流れになった。オードブルと言ってもどこからら宅配してもらったとかじゃなくて、院内食を作ってくれてる人たちがアレンジして作ってくれたものだ。から揚げとか、ローストビーフとかあるけど、もちろん本物とはだいぶ味が違うんだろう。もちろん”本物”を食べたことないから私にとってはこれが本物なんだけど。


 それからは、これも恒例のビンゴ大会が始まった。私は参加できなかった凛ちゃんの分もビンゴカードを持って参加することにした。もしどっちか早い方が出ていいのが当たったら、凛ちゃんにプレゼントしよう。


「次は~……43番!」

「う~ん、惜しい!」


 私の持っている2枚のビンゴカードは、片方がリーチの状態だった。一番右下の46番が出れば一番乗り。景品は確か魚のぬいぐるみで、他は本とか小説とかが多い。あくまで病院の中で過ごすからマフラーとかそういうのはないし、点滴の針が取れたら困るから抱き枕とかないし。とことん景品の種類は少ないけど漫画のセットとかもある。


「次は……78番!」

「……あ、ビンゴ!」


 私も78番はあったけど目の前の豊久くんが一番最初にビンゴになったようだ。景品は選択方式だから何を取るかは自分で決める。もちろん男の子だから、ぬいぐるみなどには目もくれず、好きなタイトルの漫画を持って行った。


 一人抜けたことでさらにビンゴ大会は白熱していき、最終的に私は狙っていた魚のぬいぐるみとスノードームを手に入れることができた。

 最後に通知表を渡されて院内学級の2学期は無事終了。午後2時くらいだから、3時からある検査の時間まではその場でスノードームとかを眺めていることにした。


  〇 〇 〇


「お帰り~」

「ただいま~」


 3時から始まった検査をこなして、先生と話しているとあっという間に5時になってしまった。あ、先生とも話したけど通りがかった仲良しの看護婦さんとも20分くらい話しちゃったんだよねぇ。検査自体は4時には終わってたんだけど。


「検査どうだった?」

「え……? うん、いつも通りだったよ。処置室の人がちょっとへぼしちゃったくらいかな」

「あはは……私たちはやってもらう側だけどやる側は難しいもんねぇ。ってことは点滴変えてきたんだ」


 私は適当に「うん」と返しながら、点滴の針が取れないように気を付けながらベッドに入って、床に置いてあった大きめの紙袋をベッドまで頑張って引き上げる。その中に凛ちゃんの分の通知表も入っているから、それを探す作業に入る。


「あった! はい、通知表」

「ありがと~。最後の3週間行ってないからどうかな……」

「ちなみに私はオール4でした~」

「あ、じゃあ私の勝ちだね。私英語は5だから」

「え!? 嘘だ!」


 5なんていう成績を取ったことがない私はびっくりして変な声を上げてしまうけど、凛ちゃんが渡してきた通知表の英語の欄にはしっかりと5の文字が……。今回は私も頑張ったけどやっぱ勝てなかったみたいだ。


「あ、それと……凛ちゃん、この2つからどっちか選んで?」

「これって? そっか、ビンゴ大会今年もあったんだね」

「そう、凛ちゃんの分もやってきたから! 好きな方選んで」

「そうだね~……じゃあスノードーム貰おうかな」


 てっきりぬいぐるみを持っていくと思っていたけど反対だった。理由を聞くと「そのぬいぐるみ大きいからどこ置いていいかわからない」っていう返事が返ってきた。確かに、かなり大きい魚のぬいぐるみを置くスペースは小さいベッドには存在しないから、枕元におけるスノードームの方が価値は高かったかもしれない……。


「これ、どうしよ」

「も~、そういうのも考えてもらってこなきゃ。どうせ『おっきいしかわいいから貰ってきちゃえ!』で持ってきたんでしょ?」

「あはは……大当たりだよ」

「う~ん、その紙袋にしまっておいて、必要な時に出せばいいんじゃない?」


 言われてみればそうだ。紙袋ならベッドの下にでも置いておけばスペース取らないしすっぽり入るサイズのだからぬいぐるみが汚れる心配もない。やっぱり凛ちゃんは頭がいい!


「じゃあ、スノードームはこのあたりに置いておこうかな」

「ねぇ、凛ちゃん……あともう一個、話しておきたいことあって」

「……どうしたの?」

「実はね、アンドロメダシンの施術の日程が決まったんだ」

「え……!?」


 実を言うと、今日はイレギュラーな検診だった。いつもは毎週金曜日に軽く検査をするのに、今日は水曜日でいつものコースに加えてももう1つ検査があった。最初は年末年始の期間になるからかなとか思ったけど、実際は施術ができそうかどうかを見るための検査をしたらしい。そのことで先生から説明を受けたりしてたら遅くなったんだ。


「……それで、何日にやるの?」

「1月に入った最初の金曜日にやるって。それからリハビリとかやるから1月の月末には退院できるって」

「うん、そっか……」


 つまり、1月の最後の日が私と凛ちゃんの別れの日になってしまうことが確定した。先生曰く、思ったよりも早めに届いたし、今はしっかりと安定しているから早くやった方がいいということだった。


「色々注意受けたけどとりあえず今日のケーキは食べれそうだよ~」

「あはは……確か施術の数日前から食事制限が始まるんだっけ。もしかしたら、年始にしたのは遥ちゃんが今日のケーキ食べれなかった泣いちゃうからかもよ?」

「え~? それだったら私先生に恋しちゃうよ~」


 いざやると決まるとやっぱり緊張する。難しいことではないし、失敗したなんて事例もない。それに先生は信用できる腕がある。だけど不安になったし、「どうしよう」という気持ちが抑えきれない。無理やり笑わないと少しおかしくなりそうになってしまう。


「……うん、気持ちはわかるよ。私もちょっと不安だし、別れの日があるって知ると寂しいし悲しいよ」

「凛ちゃん……」

「でも、別れの日が来ても別に会えなくなるわけじゃないよ? 会いに来てくれなくても別に手紙とか書けばいいし! ラッキーだよ、日中何もしないでただ寝てるだけにならないで……外のことも知れるしさ……」

「そうだね……わかった! 私、頑張るよ! あんまり手紙書くのとか苦手だけど頑張って書く!」

「うん。だったら、今から手紙書く練習してみる? 誰かに書いてみようよ」

「そうだね、やろう!」


 練習で仲がいい看護婦さんに書くことにして、早速ノートとペンを出して凛ちゃんに教えてもらいながら書いてみる。書き終わったころにたまたま看護婦さんが夜ご飯を運んできてくれたので渡しておいてもらうように頼んだ。


 その後、どうしてかわからないけど院内では手紙でやりとりすることがブームになったようで、凛ちゃんの担当の先生がカウンセリングを手紙で行うという謎現象も起きたらしい。

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