016.一人旅

「じゃあね、おばあちゃんたちによろしくって伝えて」

「うん、わかった」

「翔、お土産は持ったの?」

「……もうパンパンだよ」


 8月の前半。ちょうど前期の夏期講習が終わった翌日の朝、僕は少し大きいリュックとスーツケースを携えて玄関に立っていた。現在時刻は午前8時、いつもなら学校についているころだ。

 今回、どうしてこうなったのか……答えは数日前の夕食の時間までさかのぼることになる。


  〇 〇 〇


「そういえば、今年ってどうするの?」

「どうするって……ああ、いつもこの時期におばあちゃん家に行くのが恒例だったわね」


 僕たちの祖母の家は茨城県の牛久市にある。毎年長期休暇に入ると、家族で車に乗って帰省をしたものだ。そして、さっき祖母が慣れないスマホを使って僕に「今年はどうするんだい?」というメールを送ってきてくれたのだ。


「ここから茨城は遠いよね」

「というか……私、今年は無理よ。大学のゼミがあるの」

「お母さんも行けないわねぇ……」


 マジか……僕以外の家族全滅じゃん。父さんは仕事があるからいけないし。僕は今度の夏期講習の前期が終わればみんなで周防大島行くまでは暇なんだけど……それならどうしようかなぁ。


「そうだ、翔。この際だからあんた一人で行ってきなさいよ」

「うん……え、はぁ!?」

「そうねぇ、翔はそれなりに公共交通機関のことわかってるし、暇なら一人で行ってくるといいわ」

「可愛い弟には旅させろってことよ」


 いや、僕が公共交通機関知ってるって思われてるのはうちの家族がどこに行くにも車を使う族だからなだけで……。わからなくなったら最悪スマホで調べればいいけど、広島から茨城まで、本州を四捨五入で縦断するのを高校2年生一人にさせますか、普通。


「でも誰か行かないとおばあちゃん悲しむわねぇ」

「だから、翔。私たちの代表として行ってきなさい」


 ……あ、これ僕に拒否権ないやつですか。はい、そうですか。


  〇 〇 〇


 そんなわけで、僕は半ば家を追い出される形で広島から茨城までの旅路に送り出されたわけだ。それなりにでかくて重いリュックには数日分の着替えとか勉強道具、読書本なんかが詰まっていて、スーツケースにはバッグに入りきらなかった大量の広島土産が封印されている。ちょうどいとこ達も集結していると聞いた母さんと姉さんが片っ端から詰め込んだからこっちも重い。


「はぁ……切符の手配まで僕がやることになるとは思わなかった……いっそのことわからないのをいいことに沖縄までの切符とか買えばよかったなぁ」


 生まれて17年、あまり感じたことのない反抗心というものを感じながら意外と長い駅までの道のりを歩いていく。暑い……午前8時ごろだけど気温はすでに24度以上になって、総重量10㎏くらいの荷物を持っているからどんどん体力が奪われる。


 駅に着くころにはもう息も絶え絶えという感じで、たまらず持たされた経費で何か飲み物を買おうとスーパーに入ると……。


「あれ、すっごい荷物だねぇそれ」

「え? 遥……?」


 丁度何かを買いに来ていた遥と遭遇することになった。まさかこんなところにいるなんて思わなかったから少し驚いていると、僕が背負ってるバックやスーツケースを見て遥が「これからどこか行くの?}と聞いてきた。


「ああ、うん。茨城のおばあちゃんの家にね」

「へぇ~、茨城にあるんだ。それって一人で行くの?」

「そう。母さんも姉さんも用事があるって言うからさ。結局僕だけで行くことになっちゃったんだよ」


 飛行機の時間まではまだまだあるから、ジュースコーナーでとりあえず一本適当に手に取ってそのまま一緒にスーパーを回る。どうやら遥は、お昼に峰岸さんと会長と一緒にお好み焼きパーティーをするらしい。定期考査の前期お疲れ様という意味合いのようだ。


「ほんとうはみんなでしたかったんどねぇ。恵介は連絡取れないと思ったら案の定スマホを落として涙目になってたし、にっしーは部屋に籠る気満々だって言ってたし。翔も誘おうかと思ったけど……女子三人の中に男一人だと気まずいかなぁって」

「あははは……」


 確かに僕もみんなとお好み焼きパーティーはやってみたいけどさすがに女子三人の集会に突っ込む勇気はみじんもない。っていうか恵介スマホなくしたんだ。だから昨日の夜から音信不通だったんだ。


「……ふう、これくらいでいいかなぁ。ジュース類は重いからあとで近くのコンビニでちっちゃいの買ってけばいいし」

「僕もそろそろ行くよ。12時の飛行機に遅れないように行かないと」

「あーっ、ちょっと待った待った!」


 二人でレジまで来たから会計をしようと列に並んだら、ストップをかけた遥が僕が手に持っていたジュースを奪ってセルフレジに持っていき、なんと自分の買い物と一括で清算してしまった。


「え、ちょ……」

「はいこれ。これから四捨五入で日本縦断頑張る君に遥ちゃんからプレゼント! あとこのから揚げも持ってって」

「あ、ありがとう……」

「その代わり、何か茨城土産期待してるよ~」


 あはは……これはしてやられた。そう苦笑いしながら僕は遥に別れを告げて上四葉駅の構内に入り、ひとまず広島駅まで行くことにした。


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