015.ちょっとでも役に立ちたくて

 周防大島にみんなで出かける約束をしてから2週間。ようやく四葉高校にも1学期の修了式というものがやってきた。今日でようやく一学期の授業は全部終了して夏休みになるのだ。


「えー、今日で一学期は終了だ。夏季休暇中の課題とかは各教科の担当の先生から言われてると思う。一応今から配る学年通信にもちゃんと書いてあるから、コピーして切り取ったりして確認するように……」


 教壇では、松坂先生が相変わらずのジャージ姿でホームルームを進めている。長期休暇に入ることもあってか、教員用の机には配布物が山のように積み重なっている。あれを今から家まで持ち帰ると思うと、夏休みに入るというのに憂鬱な気持ちだ。

多分気持ちが同じなのだろう遥と峰岸さんの後ろ姿も気持ち小さくなっているような気がする。


「よーし、とりあえずこれ配ってくぞー。終わったらすぐに大掃除するからなー」


 大掃除かぁ……最終日って登校時間少なくて授業無いからいいんだけど大掃除があるから面倒くさいんだよなぁ。自分の部屋規模の掃除なら別にいいけど、教室レベルの掃除は面倒としか言えない。


「よーし、まずは配布物配るぞー」


 ……早く家に帰りたい。


  〇 〇 〇


 終礼は11時前に終わり、名実ともに夏休みに突入した。僕にも話しかけてくれるクラスメートは全員喜び勇んで学生寮に帰っていった。僕も途中までみんなと帰りたいから、遥と峰岸さん、そして西岡君とともにほかの2人を待つことに。


「あ~……この荷物もって家まで帰るのかぁ~」

「だから私は計画的に荷物を持ち帰りなさいって言ったじゃない」

「だってさ~、面倒くさいじゃん。それになんで学期末に教科書全部持って帰らないといけないのさ~」

「教科書ないと夏休みの課題できないでしょ!」


 実は教科書をほとんど学校に置いていて、持って帰っていなかった遥が気怠そうな声を上げ、それに峰岸さんがツッコミを入れるいつもの光景。確かに持ち帰るのは面倒だけど、峰岸さんの言う通り課題をするにあたって教科書は必要だからしょうがない。それに、この高校は課題の量が少し多いし。


「……それに、この学校は、定期考査じゃなくて、提出物で評定決める」

「へぇ、そうなんだ」

「この学校の、生徒は入退院繰り返す人多いから」


 ……確かに。この前も、僕のクラスだと遥が検査入院で1日いなくなって、その間に1人戻ってきた。それを考えると提出物でやった方がいい感じなのだろうか。


「う~……これ持って帰るのはきついし……にっしーは多分あんまり重いものもてなさそうだし」

「なら五十嵐君に頼めばいいんじゃない? この前も例のスキンヘッド先輩に誘われて野球部の練習に交じってたくらいだし」

「あ、あれは松坂先生とあの先輩に”やれるんだったらやらないか!?”ってすごい圧で言われたから……」


 昼休み、購買で缶コーヒーを買って教室に帰ろうとしたときにスキンヘッド先輩と松坂先生に見つかった後、顔面の圧を利用して圧迫してきたので慌てて同意したら本当に練習に参加させられたのだ。久しぶりに思いっきりやったから少し筋肉痛になったんだけどね。


 ちなみにだけど、野球部の監督さんに草野球チームを紹介してもらったという思わぬ成果もあった。連絡先も好感したので、今後好きな時に草野球だけど試合ができるっぽい。


「そ、それで……翔、頼める?」

「うん、大丈夫だよ」

「おいおいお人好しめ、300円くらいとってもいいじゃねぇか」

「あ、恵介お疲れ」


 急に後ろから腕を回されたと思ったら、横から恵介の頭がひょっこりと姿を現した。どうやらB組も終礼が終わったのだろう。


「恵介は教科書類持ち帰ったのかしら?」

「はっはっは、そこのマイバッグにありったけの教科書詰めてる奴みたいにならねーように昨日までに持ち帰ってるわ」

「うぐっ……」


 恵介は自分のリュックに今日配られたもの以外ないという証明なのか、リュックを左右にふらふら揺らしてアピールしている。ちなみに揺れに合わせて僕の肩に回された腕も横に振られるから僕の体も横にふらふらと動いてしまう。


「そんで、翔は遥の家までこれ運んでくんだろ? 最低でも何かしら貰って来いよ」

「い、いやいいよ別に。僕がみんなの役に立てる少ないチャンスだしね」

「あはは、別に無理に役に立とうなんて思わなくてもいいのに」


 でも僕にできることと言ったらこういう力仕事をやるとかくらいしかできないから。みんなみたいにあんま病気についての知識もないし応急手当とかそういうのもとりあえずAED持ってきて心臓マッサージやって人工呼吸っていうのしか知らないくらいだし。


「こういうところでモテるモテないってわかれるのかしらねぇ」

「はぁ!? 幸、それどういうことだよ!」

「そうねぇ……恵介と五十嵐君との差、かしらね」

「なんだとぉ!?」


 その後、峰岸さんと恵介が言い争いをしているところに会長が「またいったい何をやっているんだ」という顔で現れ、全員揃ったところで下校することになった。


  〇 〇 〇


 会長が生徒会の用事を済ませてから僕たちのところに来たからか、他の生徒はほとんど帰ってしまっていて、残っているのと言えば今年は夏大会でベスト16に残った野球部くらい。明日は準々決勝らしく、いつにもまして気合の入った声がグラウンドから聞こえてきていた。


 それを聞きながら学校の敷地に出て学生寮の方面にみんなで歩いていると、話は夏休みに行く予定の周防大島への旅行の話になっていた。


「そうだね~、日程はまだ決めてなかった」

「旅費とかは五十嵐君が調べてくれているから問題ないとして。みんながいつ空いているかだな。夏季講習もあるし、私たちはアドバイザーとしての活動もある」

「あ……そういえば僕も茨城の祖母の家に帰省する予定が……」


 日差しが強い道を歩きながら、全員の予定を照らし合わせてどこが予定合わない、どこが合うというのをジグソーパズルのように埋めていく。それに周防大島の方の予約の関係も含めると、8月に5日ほど候補ができた。


「う~ん……3日はやめておいた方がいいんじゃない? 夏期講習終わった翌日だよ?」

「それなら22もだな。次の日から後期の夏期講習始まるだろ」

「だとしたら……8と12と17だな」

「その中だったら12がいいんじゃない?」


 12日は平日。それなりに知名度あるらしいし、休日にでも行こうものなら夏休みの旅行とかで海水浴に来た人たちでごった返してしまうだろう。どっちみちしろ混むだろうけど少しでも空いてる日に行った方がいいんじゃないだろうか。


「だな。じゃあ12日にしよう」

「それまでにいろいろ買っておかないとね~」

「僕は帰ってから予約しておかないと」


 そんなことを話しているうちに、あっという間に女子の学生マンションの目の前までやってきていた。そのままみんなで話し込んでいたから恵介と西岡君も一緒にいるわけで。


「……ついちゃったな」

「じゃあ、僕はとりあえずこれを部屋まで運ばないと」

「そうだね。じゃあ翔君は私たちと来てくれる?」

「すぐ降りて来いよ? 待ってっから」

「あ、うん」


 恵介たちが待ってくれるというので、なるべく急ごうと思いながら遥たちと一緒にマンションのエレベーターに乗って、4階で降りて無事に荷物を送り届けた。学校にほとんどの教科書を置いていたらしく、相当な重さだった。


「玄関のそこに置いておいてくれればいいよ~。あとはカバンから出して一個ずつ運べばいいだけだし」

「じゃあ僕はこれで」

「あ、ちょっと待った待った」


 玄関先で教科書の入ったバッグを置いて外に出ようとすると、遥は僕に待つように言いながらバタバタとリビングに入っていった。それから2分ほどで、何かをくるんだものを片手にこちらに戻ってきた。


「これ、煮物なんだけど……今朝作って帰ってから食べようと思ったんだけど結構量があってね。持ってって」

「あ、ありがとう……」

「まだまだ量があるからサッチーと奏ちゃんにもお裾分けに行くんだけどね、あはは」


 そういうことなら、と思いありがたくお裾分けのタッパーをいただいていくことにした。袋の大きさ的にまあまあな量があるっぽいから今日の夜ごはんに家族全員で食べよう。


 食べたら感想ちょうだい、という遥の見送りの言葉に頷いて僕はまた来た道を帰っていった。


 ちなみにその煮物はうちの母がレシピを教えてほしいと騒ぐくらいに絶品だったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る