第28話 美しいもの

「イヤー疲れた! 見てくれてありがとうね♡ 毎年本気でやってるから、せっかくだし見てほしいなって思ってたのよ」


 広場に喧騒が戻ってしばらくたったころ、いつもの服に着替えたカズナさんが俺たちのもとにやってきた。


 あの時見せた人ならざる者のような雰囲気はない、いつもの騒がしいカズナさんだ。


『凄まじい迫力であった。良いものを見せてもらったぞ』

「レジーナさんもありがとうね、古龍さんに褒めてもらえてうれしいわ♡」


 胸の前であざとく手を組み、カズナが微笑む。レジーナは何とも言えない顔で彼女を見下ろしていた。


 ……いや、ちょっと待て。何でこの人がレジーナの正体を知ってるんだ?


「アスカから聞いたの♡」


 答えを聞いて頭を抱えた。何で言っちゃったんだよ。


 そのあともシュテンに対して「これからもアスナのことよろしくね!」と声をかけており、本当に何もかも話しちゃったらしいことが伺えた。なんだかなあ。


 とはいえ二人に対して距離がなかったので、すぐに馴染んだ。しばらく立ち話をした後四人で広場の屋台を回り、夕食代わりにサンドイッチを買って食べ歩く。


「そういえば、アスカは?」

「多分宿に戻ってると思うわ。みんなにいいものを見せてあげたい! って言ってたから、何か持ってくるものでもあったんじゃないかしら?」


 カズナの言葉に「ああ、なるほど」と反応したのはシュテンだった。彼女はアスカが考えていることがわかるらしい。「アタシたちは毎年やってることだからね」と含み笑い。内容は言わなかった。


 アスカがくるまで、ステージの端に腰かけて談笑することにした。


「このお祭りっていつごろからやってるんですか?」

「そうね……アタシが生まれるよりずっと前からやってるらしいから、多分数百年前じゃないかしら?」

「たぶんそうだと思うわ。ちょうどアタシが龍を倒した翌々年ぐらいからやりだしてたから」

『む、それは伝承とやらにある“厄災”のことか?』

「たぶんそうじゃないかしら。ちょっと強いのがこのあたりに来たのってそのときだけだったもん」


 笑えなかった。規模がでかすぎる。カズナはかろうじて笑顔を浮かべていたが、若干どころかかなりひきつっていた。


 ただ、守護者として奉られている側からの話はかなり興味深いものだった。簡単にまとめると──


 ある日、朝起きたら山の麓が騒がしく、離れたところから様子を窺うとどうやら町に黒龍が現れたらしいと分かった。最初は放っておこうと思ったが、一瞬目が合うと『次は貴様ら鬼を滅ぼして俺が地上最強だと誇示して見せる』と思念を飛ばしてきたらしい。


 それと同時に町の大部分を焼き払い、勝手気ままに暴れまわるその黒龍に腹が立って殺すことを決意したそうだ。「あんな暴れるしか能のないトカゲ野郎に見くびられるなんて、鬼の長の娘として見逃すわけにいかないわよ」とはシュテンの弁。


 そこまで強くもないからと身支度を整えず山を下り、黒龍に対峙すると、それはもう心底ウザったい煽りをされた、とのことだ。『おチビちゃんどうしたの? 迷子?』とか『もしかして鬼がバカにされたと思って怒っちゃった? それだから単細胞はダメなんだよ』とか。それも大げさな身振り手振りで。


 自分の中で何かが吹っ切れたシュテンはパンチ一発で黒龍を消し飛ばした。それでも発散できなかった有り余る怒りを周囲にぶつけないよう、なるべく早足で森に戻って残りは身内にぶつけた。


 ──こんな感じだ。


「黒龍が煽ってなかったらこの町もなかったのね……その点については感謝だわ。襲ってきたことは絶対に許さないけど!」

「そうね、あの時はあんまり興味なかったけど、今思えばあの時この町が消し飛ぶ前にやっちゃってよかったわ。そうじゃなきゃアタシはお友達もできなかったし、あの美味しいジュースも飲めなかったし」


 カズナは昔に思いを馳せるように、シュテンは今の境遇を慈しむように、空を見上げ呟く。この賑やかで楽しい空間を見れば、俺も守られてよかったと深く感じる。


 そうして昔話をしているうちに、アスカがやってきた。動きやすそうな軽装で、手には小さなコップと瓶のジュースが一つずつ。


「あれ、お母さんもいたの?」

「せっかくだからご一緒しよっかなって♡ ダメかな?」

「ダメじゃないよ! 大丈夫!」


 大げさに悲しむふりをするカズナに慌てて声をかける。すぐに笑顔に戻った彼女を見て安堵の息を吐き、アスカはシュテンに「早く行こう」と声をかけた。


「そうだな、いつもより遅くなっちゃったから、急いだほうがいい」


 シュテンに先導されるまま、町を歩く。さっきまで大勢の人がいた広場も世の更けた今は少しずつ空いてきており、あと数刻でほとんどの人は家に帰るんだろうと予想された。


 みんな笑顔で楽しそうだ。ここは良い場所だなと、無意識のうちに顔がほころぶ。


 目的の場所は、山の中腹辺りにあった。かなり古くに作られた石造りの台のような場所で、俺たち全員が腰を下ろしてなお有り余るほど広い。木々に隠れて麓からは見えなかったが、こちらからは町の様子がよく見えた。


「綺麗だねえ」


 アスカの言葉に無言でうなずく。


 夜の闇に浮かぶ町の光は、幻想的で美しかった。以前山頂付近で見たときも綺麗だと思ったが、今見えるのはその比ではない。


 チョウチンの赤い光が町に敷き詰められ、塊となって、線となって町の形を映し出す。その下には家から漏れる光やランプなど、様々な光が動き、明滅して、人々が生活していることを強く感じさせてくれる。


 温かな色の光は、確かな形をもってそこに根付き、夜を彩っていた。


「おい、クロノ」


 不意に、シュテンが俺の前に手を突き出す。そこにはグラスが握られていて、透明な液体が並々注がれていた。


「今度はアンタがぶっ倒れないぐらいの強さの酒にしたから、安心して」

「あ、ありがとう」


 グラスを受け取ると、今度はレジーナやカズナにも渡す。そして最後はシュテンが瓶をじかに持ち、誰からでもなく「乾杯」と合掌した。


 恐る恐る一口飲む。じわっと染み渡る苦みと、ほのかな甘み。以前のと違って、なかなか美味しかった。二口目辺りからほんのりと体温が上がり、意識がふわふわと浮かんでくる。


 ……なるほど、確かに。こうやって活気づいた町を見ながら飲むのは、中々に乙なものかもしれない。酒を嗜むことがまずない俺でも、それだけはわかった。


『……良いものじゃの』

「ああ」


 それっきり、言葉は交わさない。ただみんな並んで座り、闇夜に力強く根付く光を肴に、酒を飲んでいた。

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