第三章 探求編

二九.新天地

 通路を進んでいくと長い階段があり、その先に光が見える。どうやら外につながっているようだ。階段を上り切るとそこは森の中だった。あたりに人の気配はない。


「目的地はここから北に行ったところってことだったけど」


「ああ、こっちだ」


 そう言ってフェルは迷いのない足取りで歩き出す。


「え、方角わかるのか?」


「ん? そりゃ星の信徒だからな」


「そういえば初めて会った時にも言ってたけど、それなんなんだ?」


「あれ、言ってなかったっけ。んー、なんて説明すればいいんだろうな」


「星の信徒は星転説せいてんせつを信奉する者のこと」


「星転説?」


「星が空を廻ることによって時間が生まれ、この世界は始まったという思想。多くの獣人種はこれを支持している」


「まあ思想というか、小さい頃から教えられてきた古い言い伝えだな。星の観測とか星占いも一通り教えられてきたから、太陽さえ見えればだいたい方角はわかる」


「いや、晴れてはいるけど太陽は見えないぞ?」


「光の感じでなんとなくわかるだろ」


「……ここまでくると一種の特殊技能だね。私は曇りの方が助かるけれど」


 星転説というのはざっくり言えば天動説から派生した一種の宗教のようなものだろうか。これもあまり意識したことはなかったが、この世界にはこの世界独特の思想や宗教がある。少し興味を惹かれるところもあるが、文字が読めないのでは本を読んだりして勉強することは難しい。この知的好奇心を満たすのは大分先の話になりそうだ。


 十分ほど歩くと森を抜けることができた。目の前に広がる広大な平原、その向こうにあるものを見て目を疑った。いくつもの巨大な塔が連なるように立ち並び、一つの街を形成している。その光景はさながら東京都心のビル街だ。


「あれが技術都市プラダクス……これほどとはね。正直驚いたよ」


「なんか王都より断然すごくないか? あれ」


「王都では王城よりも大きな建築物を造るのは禁止されているらしい。きっとそのせいだろうね」


 どうやらこの世界の建築技術は俺がいた世界にも匹敵するものらしい。重機のようなものが存在しているのか、それとも魔法を使って造っているのか、そのあたりも気になるところだ。


「ん? あれ……」


 その時、フェルが声を上げた。視線の先を見ると、街道の向こうから一人の少年が歩いてくる。荷物も何も持っていない着のみ着のままの格好だ。少年が進む先には俺たちがやってきた森しかない。手ぶらの子どもが一人で、一体何をしに行くというのだろうか。


「なあ、ちょっと」


 フェルは少年に声をかけ、そばに歩み寄る。なんだかんだ言って面倒見のいいフェルのことだ。相手が人間であっても放っておけないのだろう。


「一人で森に行くのか? 危ないからやめた方が良い」


 少年は立ち止まり、じっとフェルのことを見ている。いきなり他人に声をかけられればこういう反応をしても不思議ではない。だが少年の顔にはどんな表情も浮かんでいない。その雰囲気は少しラヴに似ている。


「……あなたは人狼ですね」


「!?」


 フェルはとっさに後ろに跳躍し少年との距離を取る。だが少年が攻撃を仕掛けてくるような素振りはない。まるで俺たちを品定めするように静かに見つめている。


「……正体見破られ過ぎじゃないか? フェル」


「う、うるさい! でもなんで……」


「吸血鬼、一名。ホムンクルス、一名。……解析不能・詳細不明、一名」


「私たちのこともばれているようだね」


「……殺す?」


「ま、待てラヴ! 相手はまだ子どもだぞ!」


「関係ない。それに、多分人間じゃない」


「なに……!?」


 ラヴの物騒な発言が聞こえていただろうに、少年は微動だにしない。一体何を考えているのか、その無表情からは読み取れない。その時、ラヴの魔力が高まっていくのを感じた。まさか、本当にやるつもりなのか……!?


「あなた方に敵対するつもりはありません。人狼を研究所まで案内するのが僕に課せられた任務です」


「な……どういうことだ?」


「森のゲートが起動したのを検知しました。その場合、人狼の親子がやってくることになっているとナイトレインから聞いています」


「ナイトレイン!? じゃあ君は……」


「僕はマーク。レスカトール博士の使いであり博士の制作したホムンクルスです」


 レスカトール、それはナイトレインから聞いていた名と一致する。まさか向こうから出迎えてくれるとは思っていなかったが、見知らぬ街で人探しをする苦労を味合わないですむのはありがたい。この少年もホムンクルスだということだが、やはり見た目は普通の人間に見える。


「聞いていた状況とは違いますが人狼がやってきたのは事実です。博士の判断を仰ぐためにも研究所へお連れします。ついてきてください」


 そう言って少年は来た道を引き返していく。ラヴも一応は警戒を解いたようだ。何かの罠だとも考えづらいし、とりあえず少年について行った方が良いだろう。


「しかしホムンクルスにも子どもがいるんだね。少し不思議な感じだよ」


「ホムンクルスは成長も老化もしない。だからあれは厳密には子どもじゃない。体が小さい方が製造コストが少なくてすむから、最初からそういう姿にデザインされているだけ」


「な、なるほど」


 話を聞く限りだと、ホムンクルスというのはいわゆるアンドロイドとかに近いのかもしれない。ただラヴは少し変わったところはあるけどちゃんと感情を持っている。なんにせよ俺の持っている常識ではいまいち定義しきれない存在であることは確かだ。それは俺自身にも言えることかもしれないけど。


 プラダクスの街は近づくほどにその迫力を増していく。これからはここで日々を過ごすことになるのだろうか。未知への不安と期待を胸に、街へ足を踏み入れた。

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