十七.獣人族

 そこは王都に比べるといささか小さな街だった。この列車がどのくらいの速度で走行していたかはっきりとはわからないが、それでも数時間近く走っていたのだ。つまりここは王都から遠く離れた場所、そこそこの田舎と言っていい場所だろう。駅の人通りもあまり多くない。


「あの独特の揺れのせいかな、座っているだけでも意外と疲れるものだね」


「……フェル、ここからさらに歩くって言ってたっけ?」


「それは明日だな。途中にろくな宿もないし、ここで一泊した方が良い。まああたしは野宿でも構わないけど」


「いや、ぜひ泊まらせてください……!」


 実際もう日も暮れ始めている。ここはドラゴンだって実在している異世界なわけだし、魔物なんかが出てきてもおかしくない。まあ彼女たちと一緒ならそれほど問題ないようにも思えるが。


 宿というのは基本的に駅や港から近い場所にあるものだ。案の定そう探し回らずともすぐに見つかった。王都の宿に比べると随分と安い。まあこれはきっと王都の宿が高すぎたのだろうが。おかげで今度は全員個室に泊まることができた。こころなしか部屋もこっちの方が広い気がする。


 特に示し合わせたわけではないだろうが、リタたちは三人集まって食事をしているようだ。異世界の亜人だろうと、やはり女の子というのはそういうものらしい。俺もなんとなく虚しさを感じたので、結局交ぜてもらうことにした。


「ところでフェルの故郷というのはどんなところなんだい?」


「カイナ村っていうどこにでもある普通の田舎町だよ。でも厳密に言うと故郷っていうのとは少し違うかもな。そこで生まれたってわけでもないし」


「生まれ故郷は別にあるのか」


「んー、そういうわけでもないんだよな。どうせどこかの獣人の集落で生まれたんだろうけど、小さかったから覚えてないんだよ。母さんもあんまりそのことは話してくれなかった」


「……そうか、フェルには親がいるんだね」


「あ? 普通いるだろ。……って」


 俺は家族のことを覚えていない。この様子だとリタも何かしら事情がありそうだし、ホムンクルスのラヴに至っては母親や父親というのが物理的に存在していない可能性すらある。そういう意味ではフェルはこの中で一番普通なのかもしれない。


「えーと、フェルの両親ってどんな人なんだ?」


「……どんなって聞かれてもねぇ。まあ、母さんは狩りが得意だったよ。父親の顔は知らないね」


「あ、そうなのか……」


「人狼という種族において男が子供に関わることはほとんどない」


「この際だしあんたにもちゃんと説明しとこうか。あたしらの生態ってやつ」


「せ、生態って」


「まずあたしらは女しか子供を作れない。男は子供を作ることができないんだ」


「え、そうなのか?」


「だから種族内で子孫を残すことができない。男は戦士としてその命を戦いに捧げ、女は狼の血を絶やさないために他の獣人たちと子供を作る。そういう回りくどい方法しか取れないから、どうしても数は少なくなる。人狼が希少とされる理由の一つだ」


「生殖能力を制限することで、種の存続のためには他の種に依存せざるを得ないという状況を作る。そうすることで人狼の増長を防ぎ、人間の支配的地位を守ることができる」


「制限って、誰かが意図的にそうしたってことか?」


「そう。獣人はもともと古代戦争において使役されたキメラがルーツ。生物兵器として人間に造られた後、戦争の収束に伴って人間から独立した」


「その中でも狼の血を引く者は強い力を持っていた。だから反逆を恐れた人間によってあえて不完全な状態にされたのさ。おかげで母さん以外の同族にはあたしも会った事が無いよ」


「え、じゃあ今から行くのって人狼の村じゃないのか」


「そんな村この世のどこにもないよ。言ったろ? 普通の田舎町だって。あたしと母さんは獣人狩りから何とか逃げて、たどり着いたその小さな村で正体を隠しながら狩人として生きてきたんだ」


「……そうだったのか。なんか、壮絶な話だな。戦争とか反逆とか」


「あたしらからすれば異世界なんてものが存在していて、そこから異世界人がやってきたって話の方がよっぽど壮絶だけどな」


 それを言われてしまうと苦笑いしかできない。戦争と差別。この世界では日本では決して肌で感じることができなかったものが、我が物顔ですぐそこに存在している。それにただ圧倒されるしかない俺は、やはり世間知らずの異世界人でしかないのだろう。

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