ここは天国か? part2



解ってはいた。



 解ってはいたが、やはり頭も、腕も、足も――『かつて俺だったもの』はどこにもない。代わりにあるのは、黒い鉄の塊だけ。



 ――やっぱり、俺はもう『俺』じゃなくなっちまったんだな。



 思わずそう沈みかけてしまう。だが、



 ――いや、やめよう。



 こうなっちまったからには、この状況を受け入れる道しか俺には残されてないんだ。いま俺がすべきなのは、ララとセリアさんの二人に認めてもらって、ここを俺の居場所にさせてもらうこと。もうあんな漂流生活だけは絶対にイヤだから。



 となれば、覚悟を決めろ。覚悟を決めて、目を上げろ(目なんてもうないけど)。どこかにいるかもしれない結花を見逃さないためにも……。



そう心を据えて、もう一度、自分の姿を見定める。



 すると案外、先程とは違う感情が胸に沸き起こってくる。



 ――……よく見たらカッコいいじゃん。



 そう暢気に思ってしまうのは、男の本能ゆえか。



 だが、少年の心を忘れていない人間なら、誰だって思わず心が動くようなデザインのはずだ。



 基本は重厚な暗銀色。



 顔の全面は大きく開いているが、全体的なシルエットとしては後頭部、側頭部にかけて首を守るようにやや広がりながら伸びており、防御範囲は広そう。



 両手の指を合わせたように中央のラインは尖っているが、鉄鋲などはなく綺麗な一枚板だ。



 だが、最も目を惹くのは両の側頭部から生え出し、やや前方上へと向かっている二本の黒いツノである。



 それはまるで相手を威嚇する雄牛のツノのように雄々しく、勇ましい。



 ――ふーん……中々、漢らしいデザインじゃねえか。



思わず自分自身に見惚れていると、セリアさんが口を開いた。



「……大丈夫? ハルト君」


「え? 何がです?」


「何が、というか……ハルト君は元々は人だったのに、この身体になって……やっぱり辛いでしょう?」


「ああ……はは……まあ、そうですね。でも、大丈夫です。ここに来るまで、結構時間はありましたから。もうこの姿を受け止める心の準備はできていました」


「そう……?」


「はい。だから、大丈夫です。俺はまだ生きてます。それに、ララとセリアさんみたいな美しい女性にも会えました。むしろ、こんなに恵まれた人間なんてそういませんよ」


「ハルト君……。ふふっ、口がお上手なのね」



上を向こうとしているこちらの気持ちを、ちゃんと察してくれている。そんな優しい微笑を浮かべるセリアさんに礼を言って、先程の部屋――雑貨店の店先へと戻ってもらう。



 がしかし、セリアさんは廊下を全く逆のほうへと向かって、家の奥にある別の部屋へと入っていった。



 その部屋は、



「風呂場……? って、もしかして……」


「こんなことくらいしかお返しはできないけれど、これから綺麗にしてあげますからね」


「それはつまり、セリアさんが俺の身体を洗ってくれると……?」


「ええ。隅々まで、よく……」



言いながら、セリアさんはマナの気配を感じさせる石(いわゆる魔石だろう)が填め込まれた蛇口に、傍の壺から水を一すくいしてかける。



 すると、魔石が淡く青く光り出し、蛇口から綺麗に透き通った水が出た。



「す、凄い。これがこの世界の水道――じゃなくて! ちょっと待ってください、セリアさん! 洗ってくれるのは非常にありがたいですが、セリアさんのような方に身体を洗ってもらうなんて、まだ心の準備が……!」


「そんなに緊張しなくたって大丈夫ですよ。優しくしてあげますから」


「や――ちょっと、ああっ……!」



 俺は俺の中に手を突っ込まれ、さらには手だけでなくタワシまで突っ込まれて、石鹸を使ってゴシゴシと洗われてしまった。



 そそり立つツノの先まで、しっかりと……。



「ふふっ、この『先っぽ』が気持ちいいんですか?」


「は、はい、そこを、もっと……ハッ!」



 ああ、兜に生まれ変わってよかった……。



 そう恍惚となっていた時、入り口のほうから鋭い殺気を感じた。



「様子を見に来たら……何してんの、アンタたち?」



いつの間にか、ララが風呂場の入り口に立っている。その手が腰の剣を握っているのは見間違いだろうか?



「い、いや、何もしてないぞ。俺はただセリアさんに洗ってもらってただけで……」


「そうよ。どうしたの、ララちゃん? もしかして、ララちゃんが洗ってあげるつもりだったの?」


「ち、違うわよ。アタシはただセリア姉が心配で……!」



 そう言って、ララはずかずかと歩み寄ってきて、セリアさんの手から俺をふんだくった。



「ハルト」



と、顔をぐっと近づけて俺を睨む。可愛い。



「アンタ、セリア姉に変なことしたら、また森に捨ててやるんだからね。解った?」


「変なことなんてしない。紳士たる俺がそんなことするわけないだろ」



本当かしら? と詐欺師に向けるような目で睨まれながらも、俺はなんとも幸せな気分だった。



美少女エルフのララと、まるでエルフのように美しいセリアさん。こんな二人に拾われて一緒に暮らせるなんて、ここは天国か?



 ――なんて、やっぱり単純すぎないか、俺?

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