最終話:八人目の恋人

 それからネラは、毎日ビアンカのこと考えました。それは紛れもなく恋だと、恐らく一目見た瞬間に既に恋に落ちていたと、ネラはとっくに気付いていましたが、なかなか素直になることは出来ませんでした。

 そんなある日のこと、ネラは街で見知らぬ男性に声をかけられました。いわゆるナンパです。ネラは断りましたが、男はしつこく彼女に言いよります。困っていたその時でした。誰かがネラの腕を掴み、引き寄せました。


「わたしの友人に何か御用かしら」


 その美しい声を聞いた瞬間、ネラの心臓は激しく高鳴りました。


「怪我はありませんか?ネラさん」


「……」


「ネラさん?」


 ビアンカの顔が正面に現れ、ネラはようやくハッとし、ナンパ男が居なくなったことに気付きました。


「……ありがとうございました。ビアンカさん」


「いえ。ご無事で何よりです。それでは」


 それだけ言って、ビアンカは立ち去ろうとします。ネラは咄嗟に彼女の腕を掴み、引き止めました。


「あれだけ口説いておきながら、どうしてあれ以来一度も会いに来てくださらないの」


 口から出た言葉に、ネラは自分でも驚き、恥ずかしくなり顔を隠しました。


「ち、違うの。そうじゃなくて……」


 顔を真っ赤にしてあわあわとするネラを見て、ビアンカは「可愛い」とくすくす笑います。


「待っていたのはわたしの方です。言ったでしょう? その気になったらいつでもいらしてって。全然来ないからフラれたのだと思っていたのですよ?」


「……確かに言われましたけども」


「すみません。わたしよく、乙女心が分からないと言われるんです」


「……でしょうね」


「でも、今あなたが望んでいることは分かりますわ。当てて差し上げましょうか」


「結構です」


 拗ねて去ろうとしたネラを、今度はビアンカが引き止めます。


「ネラさん、わたし、あなたが欲しいの」


「なっ……あ、あれから一度も来なかったくせによく言いますわ! 結局あなたもわたくしの身体だけが目当てなのでしょう!」


「ですから、あなたが来るのを待っていたのですよ。待っていると言ったではないですか」


「おっしゃいましたけど!」


「別に身体はどちらでも構いませんよ。あなたが嫌なことはしません」


「……そういうところムカつきますわ。わたくしばかりが好きみたいではないですか」


「ふふ。そんなことはありません。わたしは出会った時からあなたに一目惚れしています。それは伝えたはずですよ」


「だったら! もっと貪欲になりなさいな!」


 ネラが泣きながらそう叫ぶと、ビアンカはニヤリと笑ってネラの耳元に頭を寄せて囁きました。


「あなたがそうおっしゃるなら、わたしも、もう遠慮しなくていいのですよね?」


「へ……」


「ネラさん、あなたが欲しい。抱かせてください」


「抱か——!?」


「貪欲になれとおっしゃったので、欲望を吐露させていただきました」


「やっぱり身体目当てではないですか!!」


「嫌なら断ればいいだけの話です」


「っ……貴女……性格悪いですわね」


「よく言われます。どうします? 家に来ますか? 帰りますか?」


 ネラはため息を吐き、ビアンカについて行きました。

 ビアンカは彼女を連れ帰ると「しばらく立ち入り禁止ですよ」と恋人達に声をかけてからネラを部屋に連れ込みます。そしてベッドに押し倒しますが、ネラは逆に彼女を押し返しました。


「あら。下から攻められたい派ですか?」


「ち、違いますわよ! わたくしが貴女を抱くのです!」


「なるほど。ではどうぞ」


「……その余裕そうな顔、すぐに崩して差し上げますわ」


 そう意気込んだネラでしたが——


「っ……」


「ふふ。どうされました? 手が止まっていますわよ」


「う、うるさ——んっ……」


 あっさりと手玉に取られ——


「ふふ。ネラさん、可愛い」


「っ……! だ、だめっ、待って——あぁっ!」


 なすすべもなく、ビアンカに翻弄されてしまいました。


「うぅ……こんなの初めてですわ……」


「もう一回抱いて差し上げましょうか」


「結構です!」


「ふふ。可愛かったわよ。ネラさん」


 ビアンカはそう甘く囁きながらネラを抱き寄せ、額にキスをします。


「……他の子とも、してるのですよね。こういうこと」


「……クズだと言われるでしょうが、わたしは誰か一人だけを愛することが出来ないのです。欲張りですから。全員、愛しているの。絞れないの。理解され辛いことは分かっています」


「……」


 ネラはジャラの言葉を思い出します。


『嫉妬はするよ。けど、みんな仲良しだよ。ビアンカお姉様があたし達のこと平等に愛してくれているのは伝わるし、みんな良い人だし。毎日賑やかで楽しいよ』


 その言葉が無理して放った言葉ではないということは、その明るい表情からも明らかでした。


「……ちゃんと、他の子と同じように愛してくださるのよね?」


「ええ。贔屓はしません」


「……約束ですわよ」


「では……」


「……わたくしをの恋人にしてください」


「……ネラさん、違いますよ」


「何が?」


ではなくです。わたしは全員を愛しています。順位はありません。全員が一番です」


「……その言葉に嘘があったら呪いますから」


「あら。ふふ。あなたのような美しい方に呪われるなら本望ですわ」


 くすくすと笑うビアンカを見て、ネラは呆れてため息を吐きました。

 こうしてネラはビアンカの八人目の恋人となり、恋人と、そして恋人の恋人七人と、時には喧嘩しながらも、仲良く幸せに暮らしました。

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