理性と暴力の爆弾

高見もや

理性と暴力の爆弾



最後の殺人だけは失敗した。


逮捕されるきっかけを作り、余罪も明らかになってしまった。


荒唐無稽な話になってしまうが、殺した人数が100人を超えたあたりからテレビ報道が楽しくなった。殺人のハイスコアを出すために、ただただ殺人事件を繰り返していた。


殺した人数が100人としたならば、その関係者は数倍いることになる。


その関係者たちに苦しみを与えられたのはとても嬉しい。


自分の味わってきた世界を、もっと多くの人間にシェアしていく。


それが自分ののぞみだったからだ。


自分は地獄に落ちるだろう。地獄が存在するのであれば、究極の責苦の中、猛省の日々を送ることになるのだろうか。きっと自分は後悔をしたりはしない。


自分の人生は楽しかった。苦しみが9割9分だった人生だった。


ライフワークとしての殺人は、自分に生きがいを与えてくれた。


苦しみ以外の1分の殺人は、私を幸福にしてくれた。楽しみを与えてくれた。


人間の感性としては間違っているのかもしれない。


だが、そういう人間として生きてしまったことを自分は後悔していないし、


絞首台で首を吊るのが間近になっていたとしても、拘置所での生活に不満はない。


自分は何度、吊るされてもしょうがないような罪を犯したのだ。


殺人と爆破をくりかえした個人のテロリスト。無敵の人だった私に継ぐものがあらわれたとするなら、これ以上のことはない。もっと多くの人間を死に追いやろう。


自分が死ぬまでの間にどれだけの模倣犯が出てくるだろうか。拘置所にはそんな情報は入ってこないが、楽しみだ。


死は救済。




-1-



合わない仕事はするものではない。


いや、合わない人間と付き合わないほうが先か。


そんなことを考えながら、俺は今日も便所の詰まりを抜くためにラバーカップを便所に突っ込んでいる。


代わりはいくらでもいるし、誰にでもできる仕事だ。


ビルメンテナンス業界に転職して5年が経過し、そんな答えにたどり着いた。


中小企業の運営する田舎駅の真横に立つビジネスホテル。それが俺の職場だ。


俺は今日も誰にでもできる仕事をしている。


トイレットペーパーの使いすぎて、ユニットバス横の便所は詰まった。


インバウンドビジネスに成り下がった国内外のホテルは、部屋をキレイに使用するという意識に欠ける外国人観光客しか受け入れる客がいない。


日本人は貧乏すぎてホテルなんかには泊まらないからだ。


クソみたいなブルシットジョブを終わらせると、管理の行き届いてない部屋によくも泊めやがったな、と言ってきそうな中国人客に声をかけ、部屋を出た。


詰め所に戻ると、性格の悪さがにじみ出ているセンター長が足を投げ出して座っていた。


納豆みたいな匂いのする足が入り口に向く。醜悪な見た目に吐き気を催しそうになる。俺はコイツがきらいだ。


「観光客のつまらせた便所の詰まりとり終わりましたよ」


センター長はホワイトボードをアゴで指した。ハイハイ、仕事を終えたと丸をつけた。


「便所詰まりなんてワシにはとてもつまらんよ」


そういってセンター長は笑う。自分からは仕事はしない。すべて他の人間に任せる。成果を自分のものにしながら、ミスはすべて他人に押し付ける。


なんでこんなクソ野郎が今まで殺されずに生きてこれたのか不思議だ。


俺は無言で席についた。こいつの息がかかったら鼻が曲がるので、近くには座らない。


ものの5分もしないうちに、電話がなった。内線着信のようだ。センター長は電話を取ると、ボソボソと話をしながら、ホワイトボードに次の仕事を書いた。


「さっさと行ってこい」


お前がいけよ。



-2-



基本的には、1年のうち半分が休みの仕事だ。


ビル管理業の就業体制は少し特殊だ。


朝9時に出勤し、翌朝9時の24時間を勤務先で過ごす。夜には仮眠がある。実際は8時間も休めないのだが、昼休み夕ごはん休み、仮眠の8時間を休憩時間として計上する。


24時間拘束16時間勤務の仕事だ。そうして翌朝9時に帰宅する。その日は、明けの日になり、一日休みになる。そして翌日も休み。


宿直、明け休み、休みというサイクルで、生活リズムができている。最初は宿直の日はなかなかきついと思っていたが、そうそう大きなトラブルなんて起きないし、明け休み、休みと2連休が必ずあることを考えれば、それほど悪い仕事でもないと思うようにしている。


家族がいれば、なおのこと、やめるわけにも行かないしな。給与は安いが、生きてはいける。生かさず殺さずの給与で生きていく。それが悪いことだとは俺は思わない。


自分には家族らしい家族は特にはいない。


両親は音信不通だし、弟は首都圏でサラリーマンをしている。


家族とは連絡を取らないようになったし、これから先も非常事態以外で会うことはないだろう。



血のつながりのある人間だとしても、自分の中では死んでいるのと変わらない。


顔を見ようとは思わないし、会えばトラブルになるのはわかっている。


自分が孤独な人間だと人は言うかもしれないが、他人と距離を置かなければ生きていけない人間もいるのだ。


俺は趣味だけに生きる人間だ。人間関係などどうでもいい。




-3-



俺はダイハツのハイゼットカーゴを乗用車にしている。


車道楽でもなければ、車で見栄を貼る必要もないと考えていたので、自然と税金面でも優遇されている軽自動車箱バンに乗るようになった。


趣味のためには車が必要だ。多少でもサイズのある荷物を乗せるのなら、車の荷室は広いほうが良い。


仕事を終え、市内の外れ。山間部にある自宅にたどり着いた。



古めかしい古民家。それが俺の家だ。数年前に購入した時はボロボロだったが、地道に自分で改装を重ねて今はだいぶ住みよくはなった。


この物件を選んだ理由は2つしかない。


市街地から外れていること。


そしてもう一つは地下室があることだ。



地下室への階段を降りる。



床近くの壁にとり付けた非常灯が瞬いている。光量を抑えた非常灯に数十匹のハエが張り付いている。


鼻をつく腐臭が流れ出してくる。タンパク質の腐った匂い。糞尿が垂れ流されているような臭い。


換気はできない。


臭いに完全に慣れたわけではない。だが「最初」に比べれば、だいぶ臭いには慣れたほうだ。


臭いとは感じている。体にまでは臭いが染み付いていないことを祈ろう。


ドアを閉めていてもこの調子だ。


そろそろ連れてきたアイツは死んだだろうか?



地下室の扉をあけた。


強烈な不快臭とともに、視界に飛び込んできたのは、拷問を初めて一週間ほど経過し、なお生きている「生き汚い」アイツだった。




-4-



床に男が転がっている。


前職でさんざんパワーハラスメントをしかけてきた「長谷川」だ。


以前、この男は俺に対して苛烈なパワハラをしてきた。


言質をとってやろうかとも思ったがやめておいた。どっちみち殺すのだから、好きなだけ言わせてやろうという気概である。



両目のあったくぼみからは血の涙が出ている。


眼球は包丁で横に引き裂いた。もう人生の中で新たな景色を見ることはできないだろう。



同じように口から耳までの両頬も切り裂かれている。


口裂け女ならぬ口裂け男と言えるような状態だ。


俺が口を裂くのには理由がある。どれだけ悲鳴をあげようとしても、口を割けば悲鳴をあげることができない。


どれだけ肺と声帯に力を入れて吐き出そうとしても、両頬に刻んだ裂け目に焼け付くような痛みが走り、声を上げることができなくなるようだ。



耳の鼓膜だけは破らないでおいてやっている。


目が見えなければ、人は聴覚にほとんどの感覚を頼らなければならない。


音しかわからない状態で、いつ危害をくわえられるのかもわからない。そんな恐怖を一秒でも長く感じてほしいからだ。



逃げ出せないように、足の指すべてと、両手の指すべても切断している。


切断面は黄色い粘液で固まっているが、何のために分泌されている体液なのかはわからない。


両腕の筋とアキレス腱に軽く切れ目をいれてある。逃げようとすれば、その傷が避け、逃亡不能になっていくという算段である。



「長谷川さん、まだ生きてるんですか? あいかわらず生き汚いですね」



声を抑えられない。クケケと喉がなる。


身じろぎしながらも、ほとんど動けないくらいに衰弱している男を見下ろす。


そろそろ処理をしないとダメかもしれないな。


この男が死ぬ前に、次の工程に向けて作業を進めないければならない。


「ほらっ、水を飲んでください。まだ死んではダメですよ。もっと生き汚くあがいてくださいよ」






-5-




「ほらっ、水を飲んでください。死んじゃダメですよ」


長谷川の口に漏斗を差し込み、水を流す。


バタバタと水を飲みきれず、初老の男は腕の中で暴れる。


口をナイフで切り裂かれているので、口の端からドボドボと水がこぼれていく。


口を真空状態にできないから、水を飲むことができないのか。


発見であった。口を裂かれた水分を飲む意思がない人間に水を飲ませることはできないのだ。


では、これならどうだろう?


ゴムホースは蛇口に繋がれていて、地下室を掃除する用途で用意してある。


これを喉の奥に突っ込み、無理やり水を流したらどうなるのだろうか?


腹が水で膨れるのだろうか。その状態ならまでギリギリ死にはしないかもしれない。


殺さずにおいてやるという善行を重ねていくのだから、自分は死んでからも天国に行けるという自信がある。


俺は、長谷川の口から漏斗を引き抜くと、そのままゴムホースを口につきいれた。


オゲー、オゲー。


子供の苦悶するような嗚咽混じりの声を出しながら、長谷川はゴムホースを飲み込んでいく。


俺が無理やり飲み込ませている。


何度も吐き出しそうになっている。長谷川の眼窩からは血の混じった涙が溢れ出てくる。とめどなく、いつまでもいつまでも。


俺は長谷川の喉がふるえ、ゴリゴリとした感触とともにゴムホースが入っていく手応えを感じていた。


とても気持ちが良いものだ。


そうして、30センチほど喉奥に尽きこむと、作業を終えた。


ゲーゲーと長谷川は吐き出そうとしているが、指のない手ではゴムホースを引きずり出すことはできない。


俺は蛇口をひねった。


できるだけ苦しむように、少量ずつ流し込んでいく。


ゴムホースはピクピクと射精寸前の性器みたいにふるえながら、内側の水を流し込んでいく。


長谷川はゴボゴボと喉を鳴らしながら、顔の色を失っていく。


俺はてっきり胃腸に水を流し込んでいるつもりでいた。咽喉には肺と胃腸とそれぞれ弁があるというが、これは肺に水が入っているのだろうか。


ゴボゴボと喉を鳴らせる長谷川の顔色はドンドン白から青くチアノーゼ色に染まっていく。


このままでは殺してしまう。


俺は慌ててゴムホースを引きずり出した。表面には血と喉の組織片がこびりついている。


ゴムホースを引き抜き終わると、身じろぎ一つしなくなった長谷川の口からユックリと血の混じった真っ赤な水が流れ出してきた。


口と鼻から体液と水が流れ出してくるが、肺で自発呼吸している様子はない。



「長谷川さ〜ん。死なないでくださ〜い」


俺は裸の長谷川の身体を上向きにする。見にくく肥大した腹を上向きにして、同じく脂肪のデップリとのった胸を上向きにした。


呼吸している様子はない。俺は肋骨の中心を意識しながら、自己流の救命処置を施した。


一定のリズムで心臓を押し込んでいく。


そしてはたと気づく。溺れている人間に心臓マッサージをしても意味がないのではないかと。


我に返り、長谷川を見下ろすと、口から血を吐き出しながら、苦悶の表情を浮かべている。


胸に耳をあてる。完全に粉砕骨折された肋骨の奥でかすかに脈動を続けていた心臓の鼓動が徐々に弱くなり、止まった。



「とどめをさしてしまったのか」



医療の専門家ではないのだから、こういうこともあるだろう。










-6-



「死んだ後も爆弾になって他人に迷惑を書けるとは思わないだろうな」


畑を見下ろしながら、男は言った。


広い面積の畑があるのは、死んだ親戚からの遺産と呼びべきもののおかげだ。


殺した人間は5人を超えた時点で数えるのを辞めた。


多分10人〜15人では収まらないと思う。最近はちょっとした怒りで簡単に人を殺すようになってしまった。


最初は困惑したが、社会から迷惑をかけられ通しの人生なんだから、迷惑をお返しする立場になってもいいだろうと思うようになった。



親には父にはネグレクトとdv、母からは過干渉。


一年中、頭斧おかしくなるような環境にいた俺は29歳の頃に親を殺した。


ちょうど定年時期だったので、遠方に引っ越したと伝え、今いる畑近くにすんでいることになっている。


後何年持つかはわからないが、親と親戚の遺産で数年は暮らせる。


問題は事件をいつ起こすか、いつ事件が露呈するのか、ただそれだけの話だ。



ある程度人間の遺体も爆発物に姿を買えた。


爆発物としてアチコチに巻いていくべきと感じた。


もう今日から作ってしまおう。


殺しはいつでもできるが、爆発物はそういうわけには聞かない。


天気のよく晴れた乾燥しきった夏の時期にしか火薬は作れない。


作るならいまだな。





-7-



秋頃になり、猛烈な異臭を漂わせる爆弾畑が完成した。


ほんの少しの火気で炎上するため、すくい上げる硝石を優しく扱わなければならない。


長谷川だったものは、すっかり白骨したいとなり、爆発物畑の肥やしとなったようだった。


オレは爆弾になった人間だったものたちから必要な成分を拾い上げた。


悪臭が鼻を突く。腐敗臭と硫黄の混じった吐き気のする臭いだ。



これまで彼らの世話になった部屋にそれぞれ爆弾として送るつもりだ。


丁度いいだろう。お礼返しにはそのくらいが必要だ。


私はUパックに必要な爆発物と、タイマー。うまくいかなかった場合の起爆装置をいれた。


準備は万端だった。あとは爆破のみ。





−8−



長谷川哲也がいなくなってからも仕事に変わりはなかった。


もともと評判の悪い人間だったので、突然の失踪に疑問を持つものもいなかった。


一応、事務が捜索願を出したらしいが、あの場所では見つかるまい。



さてこれからと、オレは悩んでいた。そろそろ硝石もできあがるし、実験もしたい。


何より、もう一人くらい、殺しをしたいという願望があった。


理解できないとは思うが、殺人は食欲のない食事みたいなものだ。


必要がないが食わねば満たされない。


自分は前職でオレに宗教を進めてきた「一木」を読んで殺すことにした。


別に家族の手も離れ、いつ死んでもいいだろうという腹もある。


自分の殺人の目標に対して、「しんでもいいか否か」が関わっている。



一木を呼び出し、血抜きをして、バラバラにした。野犬などややってくるため、外での作業は困難だ。


すべて室内でやらねばならない。おかげで部屋の中はすごい臭いになる。


一木を解体し終わった後、醸造、発酵、処分と3つの工程に分かれて処理した。前の2つはいぜんいった通り、庭にまいたとおりとしても


処分は手が折れる。オレは海の三角コーンに死体を処分した。人のいる時間が良い。微妙に空いてて、人のいる時間なら捨てても怪しまれない。


自分はそんな魔法の時間を夢見て、処分を初めた。


多分、畑に戻っている頃には、一木の死体捜索が始まっている。


硝石や畑で取れる爆薬の部品はある程度入手することはできた。


あとは自身が爆破したいものに爆破物を送るだけだ。



「2021年10月6日、本日。静岡県何と書区で遺体発見。被疑者逃走。被疑者は・・・」



すっかりばれているようだった。じかんはなかった。




−9−



衝動的な殺人だった。


若者の首を包丁で人差し。近くにいた少年の手首にも包丁を走らせた。


タクシーから降りた際、「きめえ」と言われた気がしたからだ。


衝動的な殺人だった。殺すつもりはなかったが、結果的には、助からないだろう。



いったい自分がいくつの犯罪を重ねたのかもわからなくなってきた。


タクシーの中で作った手製爆弾も正しく動けば相当数の人が死ぬ。


モールにたどりついてから、タクシー無線で自分のことを連絡しているタクシー運転手を殺害した。





−10−



「いつもお世話になってます」


おそらくは血だらけの衣類で監視室に入ったオレは、監視室にいる警備員、監視員に行った。


もしよかったら、コレ使ってください。


そういって、


「爆弾」の扉を空けた。爆弾はちゃんと動いた。


俺の身体は肉塊レベルまで吹き飛び、その部屋にいた人間も全員が二目と見れぬ顔となった。


爽快な気分だった



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理性と暴力の爆弾 高見もや @takashiba335

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