第7話つかの間の幸せを、

それからは、毎日欠かさずに二人は会っていた。

限られた時間という運命に抗う様に・・。

そして、僕は彼女の病気のことは、極力考えない様にしていた。

僕が考えてもどうしようも出来ない事であり、今の時間を大事にしようと思った。

毎日、僕の仕事が終わった後に、テレビ塔の下で待ち合わせをして、時間の許す限り二人で過ごした。

美冬は、見た目ではあまりわからないが、病気のせいでとても疲れやすく、夕方七時頃に会って、夜の九時には家に送り届けるという日々だった。

子供の頃の話しや好きなタレントの話しなど、極々普通の話しをいつもしていた。

それが二人にはとても大切な時間だった。

「毎日、外で待っていて寒くない?待ち合わせは地下の方がいいんじゃない?」

ある日、いつも外で待っている美冬を心配して聞いてみた。

「大丈夫よ、私ここが好きなのよ。」

「でも、寒さは体に悪いよ。」

「私ね、冬が好きなの。人は自分が生まれた季節が一番好きになるって言うじゃない。」

「そうかな?」

「そうよ、私は一月生まれだから冬が大好きなの。特に北海道の冬は、真っ白の雪がきれいだし、刺すような寒さが体の芯まで届いて、私の肉体を清めてくれるような気がするのよ。」

「八月生まれのぼくにはわからないよ。とにかく、この寒さは耐えられないよ。」

「ふふふ。東京育ちの人は駄目ね。さ、頑張って歩きましょう。」

美冬は僕の腕をかかえて歩きはじめた。

「えぇ、外を歩くの?」

「そうよ、今日は一緒に外を歩いて、あなたを鍛えるのよ。」

いつもは直ぐに、地下街へ降りていたが、今日は二人で腕を組んで大通公園を西に歩いた。

十二月の空気は刺すような冷たさだった。

公園にある温度計は、氷点下八度を指していた。

「ふう、寒いね、やっぱり。美冬がこの寒さが好きだと言うことが、僕には信じられないよ。」

「それは、私だって寒いわ。でも、その代わり、こうして大切な人と寄り添っていると、そこからぬくもりが伝わって、とても暖かくなってくるのよ。」

美冬は照れながら言った。

僕は、彼女がたまらなくいとおしく、そして、二人が出会えた運命に感謝の気持ちでいっぱいになった。


それから数日が過ぎると、あれほどたくさんいた雪虫も姿を消し、そして美冬が言ったとおり、初雪が北国の空から降りてきた。

一夜で街全体が真っ白な世界へと変わった。


秋絵を紹介されたのは、二人が付き合いはじめてから直ぐだった。

美冬を家まで送った時に、姉に会って欲しいと言われて、初めて家に上がり三人で会った。

早くから二人きりとなった姉妹は、親が残してくれた小さな一軒家にひっそりと暮らしている。そんな風に見えた。

秋絵は終始穏やかな表情で僕達を見つめていた。

秋絵が職場を訪れて来たのは、その数日後だった。

「仕事中ごめんなさい。少し話しをしてもいいかしら?」

「うん、大丈夫。ちょうど休憩しようと思っていたんだ。」

僕は秋絵を受付の横にある応接スペースに案内した。

「この前は、美冬がいたので聞けなかった事があって。」

「病気のこと、だよね?」

「ええ、美冬から聞いているわよね。」

「ああ、あと半年と。」

僕は、カップコーヒーを二つテーブルに置きながら言った。

「なぜ、あなたはそれを承知で美冬と付き合うことにしたの?」

「普通なら、わざわざ余命半年の人とお付き合いをしようとは思わないんじゃない?」

「初めて美冬と会った時、僕は彼女の悲しみがわかったんだ。すごい事だろ、初対面の人の悲しみが分かるなんて。」

「そして、次の日も二人は偶然会ったんだよ。」

「これは運命なんだよ。二人は出会うべくして出会ったんだ。」

「それは、分かるけど、」

「病気のことは良くわからないけど、僕達はこれからもずっと一緒にいるつもりだ。」

「こんな運命の出会いをしたのだから、病気だって治るかもしれないよ。」

「あなたの気持ちは充分わかったわ。でも美冬の病気は、覚悟が必要なのよ。」

「それは、わかっているよ。でも治るという希望を持つことも必要だよ。」

「それは、そうだけど・・・。」

秋絵は少し困った様な表情を浮かべていた。

「とにかく、今日はあなたが本当に美冬の事を大事に思っていてくれる事がわかって良かったわ。美冬も幸せそうだし。」

「彼女のことは任せて下さい。」

「ありがとう。でも近いうちに必ず別れが来るのよ。その事だけは忘れないでね。あまり前のめりにならずに、お願いします。」

「うん・・。」


その後も、札幌の街は、雪が降り続き、そしてクリスマスに向けて賑わいを増していった。

大通公園も色とりどりのイルミネーションでとても綺麗に、そして幻想的になっていた。

僕達は、クリスマスイヴの日も大通公園を二人で歩いた。

周りには大勢のカップルや家族連れで大変な賑わいだった。

東京では経験出来ない、雪国のホワイトイブである。

「大丈夫?少し休もうか?」

僕は、疲れた様子の美冬に話しかけた。

「うん 、そうね。少し休めば大丈夫。」

「どこか店に入ろうか?」

「ううん、この景色を見ていたいから、あそこで少し休むわ。」

美冬は、人混みから少し離れた大きな木を指差しながら言った。

「わかった。何かあたたかい飲み物を買って来るよ。」

「うん。」

僕は、近くの自動販売機でホットココアを買って、美冬に渡した。

「ありがとう。」

美冬は、大きな木に背中をもたれながら、ココアの缶を大事そうに両手で握りしめていた。

「わたし、ずっとクリスマスが嫌いだった。」

美冬がポツリとささやく様に言った。

「えっ、どうして?」

「いい思い出がないの。」

「小学生の時に、東京からこちらに引っ越して来て、それから入退院の繰返しで、東京に幼なじみの親友が一人いるだけで、親しい友達も出来ないし。」

「いつもクリスマスは病院で過ごす事も多くて。」

「そうなんだ・・。」

「東京の幼なじみとは、全然会っていなくて。」

「そのうち、きっと会えるよ。」

「そうね、あなたにも会ってもらいたいわ。きっと仲良くなれると思うわ。」

「彼女とは同い年なんだけど、とても優しくて、しっかりしていて、いつもは私を励ましてくれるの。」

「そうなんだ、美冬の親友なら、直ぐに友達になれる気がするよ。」

「そう、彼女もあなたも、二人とも私にとって、とても大切な人よ。三人で会えたら、とても楽しいと思うわ。」

「そうだね。」

「でも、それまで私の体がもつかどうか・・。」

美冬は、さみしそうな顔で言った。

「同級生の男子に誘われたりしなかったの?美冬、可愛いから。」

僕は、沈みかけた雰囲気を変えるために聞いた。

「誘ってくる男子はいたけど、断っていたわ。」

「えっ、どうして?」

「どうしてなのかわからないけど・・。」

「けど?」

「きっと、こうして、あなたと出会うためだったのね。」

美冬は、真剣な眼差しで、僕の顔をじっと見つめながら答えた。

僕は、周りを気にせず、美冬をしっかりと抱きしめた。


そして、二人はくちびるを重ね合わせた。


美冬のくちびるは、柔らかく、とても暖かった。

まわりは氷点下の世界だが、二人の間だけは暖かく、今まで感じたことがないぬくもりを覚えた。


年が明け、新たな一年が始まった。

正月休み中、僕は実家へは帰らず、札幌にとどまった。

親からは、何度も帰って来るように言われたが、少しでも美冬との時間が欲しかったので、仕事が忙しいと言って断った。

その頃、美冬の体調があまり良くなくて、外出するのが困難な状況だった。

なので、僕は毎日、美冬の家に通った。

外は、一メートルを越える積雪だったが、家の中は大きなストーブのおかげで、とても暖かく、そして静かだった。

秋絵も時折、話しに加わり他愛のない話しをしていた。

正月には秋絵が、おせち料理を作ってくれた。

そして、叔父さんも訪れて、皆で新年を祝った。

「今年は、圭吾君が居てくれて本当に良かった。」

叔父は、嬉しそうに言った。

「そうね、圭吾さんがいると美冬、とってもしあわせって顔になるから。」

「私、こうしてみんなと一緒にお正月を過ごせて、とてもしあわせよ。」

美冬が微笑みながら言った。

「僕も、ここの居心地が良くて、まるで子供の頃からこの家にいる様な気がします。」

「何か、二人はずっと前からの恋人同士の様だね。」

叔父は笑いながら言った。

「そうなんです、僕も不思議なんですが、初めて美冬と会った時、とても他人とは思えない、何か特別な気持ちになったんです。」

僕は、少々興奮気味に話した。

「そうなんだ、とにかく美冬がいい人と出会えて良かったよ。」

「はい。」

美冬が小さくうなずいた。


正月が終わると、僕達にもいつもの日々が戻っていた。

その日は、美冬の体調が久しぶりに良かったので、仕事が終わった後に、いつもの場所で待ち合わせをして、地下街の喫茶店で話しをしていた。

「もうすぐ、美冬の誕生日だろ。プレゼントは何がいい?」

「欲しい物を買ってあげるよ。」

「そうね・・。」

美冬はしばらく考え込んでいた。

「かまくらがいいわ!」

「かまくら?」

「そう。」

「かまくらのおもちゃとかってこと?」

「違うわ、本物のかまくらを作って欲しいの。」

「僕が?」

「そうよ。家の庭にかまくらを作って。それが、私の欲しいプレゼントよ。」

「え〜、テレビで見たことはあるけど、どうやって作るのかわからないよ。」

「大丈夫よ。私が教えてあげる。」

「でも、どうして?ネックレスとか、バックとかの方がいいんじゃない?」

「私が小学生で、お母さんがまだ元気だった頃、みんなでかまくらを作って、その中で暖かいおしるこを食べたの。」

「へえ〜。」

「それが、すごく美味しくて、とても楽しい思い出なのよ。」

「だから、今度は圭吾さんと一緒に楽しい思い出をつくりたいのよ。」

「わかったよ。頑張ってかまくらを作るよ。」

「ふふふ、がんばってね。私はおしるこを作るわ。」

美冬の誕生日は、ちょうど日曜日だったので、僕は朝からかまくら作りに励んだ。

美冬は、リビングの窓から僕の様子を見ていた。

「もっと水をまいて、しっかり固めてね。」

「は、はい。」

時折、作り方の指導もしてくれた。

雪道を歩くのもおぼつかない僕は、人生初のかまくら作りに、足を取られて転んだり、四苦八苦だった。

美冬と秋絵の二人が、その様子を見て笑っていた。

どうにか、夕方になってかまくらが完成した。

辺りはすっかり暗くなっていたので、二人はろうそくを灯して、かまくらの中に並んで座った。

「意外と暖かいね。」

「そうよ、雪の中は、けっこう暖かいのよ。」

「でも、ちょっと狭かったかな。もう少し大きくすれば良かったね。」

「いいえ、これで十分よ。私にはとっても素敵なプレゼントよ。ありがとう。」

「来年作る時は、もっと立派にするよ。」

「来年、か・・」

美冬の表情が曇ったのがわかった。

「大丈夫だよ、きっとよくなるよ。」

「そうね、私、頑張らないとダメね。」

「そうだよ。僕達は、あんなにすごい運命的な出会いをしたんだ。絶対、運命は僕達を見捨てないよ。」

「そうなら、いいけど・・。」

「美冬の体が良くなったら、二人で旅行に行こう。」

「うん、いいわね。私、お花畑に行きたい。たくさんの花が咲いた広いお花畑を歩きたい。」

「いいね。どこがいいかな。思いきってヨーロッパの花畑なんて、どう?」

「さすがに海外は無理よ。北海道にもきれいなお花畑はあるわ。そこで充分よ。」

「そうかい。それじゃあ、いい場所を探しておくよ。春が楽しみだね。」

「うん。」

二人は、暗い運命を振り払う様に、明るい未來を語り合った。

それから、美冬は、おしるこを持って来てくれた。

「はい、どうぞ召し上がれ。」

「うわぁ、美味しそう。いただきます!」

二人は、狭いかまくらの中で肩を寄せ合い、おしるこを食べた。

「とっても美味しいよ。」

「ありがとう。」

ろうそくの揺らめく明かりに、おしるこの湯気が重なり、何か別世界にいる様な気がした。

おしるこは、あまくて、とても美味しかった。








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