第12話 ナギの演習

「戻りましたか、ナギ」


「はい。私はミツルギノゾミという名の大人の女性になっていました。その女性はほとんど自分の意思で異世界を行き来できていました」


「そこはどのような世界でしたか?」


「遠い未来、いえ遠い過去かも知れません。私の知るどんな文明とも異なっていました。鉄の車が道を走り、鉄の船が空を飛んでいたり、ですが霊理力を感じることはありませんでした」


「霊理力の無い世界……。 貴女はそこで力を使えたのですか?」


「いいえ、私の自我は完全にノゾミに上書きされていて、私が目覚める時までずっとノゾミの記憶の共有だけでした」

 

 巫女装束の女官がいぶかしげな表情を浮かべている。


「ナギ、どんなに小さくても自我を維持にするように。そして次は憑人つきびとと自分の意識の併存を目標になさい。ここにいる八人は〈弥終いやはてともがら〉としてΦファージの脅威から滅びゆく世界を救うという役割を与えられています。謡女うためになった巫女には代々受け継がれてきた霊理力が継承されます。私たちにはあまり時間がありません。そのことをよく心に置いて訓練に励むようになさい」


「はい、ミコト先生」


「ではナギ、二週間後にもう一度演習を行います」


 こうしてその日の演習が終わり、最終候補者たちは宿舎に戻った。


 ナギは今日と明日はゆっくりと静養することが求められている。

 演習の日はみんな精神的に疲弊ひへいする。ほんの数分の間に何年、何十年という時間を過ごすこともあり目覚めた時の衝撃は大きい。

 ナギのように自我を失うと、自分が何者かを思い出すだけで長い時間がかることもある。中には“記憶暴発”をおこしたり、本来の自我を取り戻せなくなる人もいる。


「セツナお姉ちゃんのほうははどんな演習だったの?」


「私は智の宮殿で呪術遣いと意識共有してきたわ」


「智の宮殿?」


「先史時代の太古の遺跡だと思う。迷宮のように入り組んでいて、私が降り立った場所が精神世界の最深部だったから、いきなり目標達成できたの」


「すごい!」


 顕現けんげんした瞬間に達成だなんて。ナギはうれしく思った。


「お姉ちゃんは異世界でもお姉ちゃんのままなの?」


「うん、そうよ。呪術遣いのイストリカルさんはとても強くて、私は全然出る幕もなくて。それよりミツルギノゾミさんはどんなヒトだったの?」


「……? ミツルギノゾミ?」


「ナギ、大丈夫? まだ錯綜してる?」


 **** * *  *  *   *


〝希さん! 希さん!〟


 間近で誰かの声が聞こえる。

 ノゾミ?いや、私はノゾミじゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る