第12話「接触… BERS再び…」

「お祖父じいちゃん、この前のジェット機の時の怪物なんだけど、あれは一体何だったの?」


 ジェット旅客機事件から数日後の土曜日の午後である。榊原さかきばらくみは祖父の賢生けんせいと共に隣町にある公園内を歩いていた。祖父と孫娘のデートである。この公園の隣にある喫茶店がくみのお気に入りの店なのだ。紅茶とスイーツが人気の店で、若い女性のSNSでもよく写真入りで紹介されている。特にこの店のチーズケーキは評判で行列が出来るほどの人気ぶりであった。スイーツに目の無いくみが大好きな店である。


 時々、くみは学校の同級生と一緒にこの店に来ており、一度だけだが母のアテナとも来たことがあった。今日は祖父の賢生けんせいが、ぜひ行きたいとくみを口説くどいて連れて来てもらったのだ。だが、実際には賢生けんせいはジェット機事件の事を少しでもくみに忘れさせたいと気を使ったのである。可愛くて仕方が無い孫のくみの事が心配で気がかりだったのだ。孫娘のくみには優しい面をしみなく見せる賢生けんせいのジジ馬鹿ぶりであった。


 二人は喫茶店内で美味おいしい紅茶を飲み、評判のチーズケーキを食べた帰りに、店の隣にある公園を歩きながら話していたのである。


「ふむ、あれは古来から日本に住んでおるあやかしの一種じゃよ。昔はもっと低い空を飛んで虫や鳥などをくらって生きておったのじゃが、人間が住む空間を広げたために空高くへと追いやられたのじゃろうな。元々は人を襲うようなあやかしでは無かったはずじゃが、一度飛行機を襲って人間をくらってからは味をめて、時々ジェット機などを襲うようになったんじゃろうな。」


「ふうん…そっか。じゃあ、あのあやかしは人間の被害者でもあったんだね… 殺しちゃって気の毒な事をしたのかも…」


 賢生けんせいの話を聞いたくみは、少し悲しそうな顔で空を見上げてつぶやいた。そんなくみに向かって賢生が優しい声で言う。


「くみは優しいのう。そんなくみの優しい所がわしは大好きじゃ。しかし、くみよ… あの時はニケがあやかしたおさなんだら、わしや竜太郎りょうたろうふくめた乗客乗員合わせて数百名の人間が死んでおったのじゃ。お前は正しい事をしたんじゃよ、ちっとも間違ってなどおらんわい。それだけは確かじゃ。」


「ありがとう、お祖父じいちゃん…」


 くみは並んで歩く賢生けんせいの左腕に自分の右腕をからませて歩いた。しばらく仲良く公園内の林の中を通る歩道を歩いていた二人は、どちらともなく同時に立ち止まった。そして、互いに緊張した面持おももちで見つめ合った。


「おじいちゃん… 何かおかしな気配がする…」


「くみも気付いたか、この怪しい気配に… おいっ! 誰だか知らんが、隠れてないで出てんかっ!」


 賢生けんせいが気合を込めた一喝いっかつを入れた。と、その時二人から数m離れた林の中の木が一本、風もないのに動き出したではないか… 風などの外的な力で動いたのではなく、まるで木そのものが動物の様に自分の意志で動き出したかと思われた。


「へっへっへ、二人ともこの俺様に気が付きやがったのか…? なんてかんのいい奴らだ。俺様の擬態ぎたいに気が付いたヤツなんざ初めてだぜ…まったく。」


 木がしゃべり出した…と、一瞬思われた。木に人間(?)が化けていたのか…? いや、木の皮をかぶったなどという単純な擬態ぎたいではなく、木そのモノに変身しているのだ。文字通り全身を使った木への擬態ぎたいであった。皮膚の表面や骨格まで完璧に木と化しているのだった。


「ほう… 面白い術を使いおるのう。そこまで完璧に木に化けおったら、常人では絶対に気が付かんかったじゃろうな… たいしたもんじゃな、お前さんは。じゃが、相手がわしと孫で運が悪かったのう。」


「だまれ、ジジイ! てめえには用はねえんだ、すっこんでな! 俺が用のあるのは、そっちの青い目をした綺麗きれいなお嬢ちゃんだけさ。ジジイは腰抜かす前にとっととせな。」


 木に擬態ぎたいした男は口汚く賢生をののしりながら、ゆっくりと二人に近づいてくる。


「お前さんは頭だけじゃなくて、口も悪いやからじゃのう… そんなバカ者には少しお仕置きが必要じゃな。くみ、下がっていなさい。」


 そう言った賢生けんせいは、ふところから赤と青の二枚の色紙を取り出した。そして大まかではあるが、器用に何かの折り紙を折ったかと思うと地面に放り投げた。そして賢生けんせいは右手で手印しゅいんを結んで、次の様に呪文をとなえながら早九字はやくじを切り、


りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


二つの折り紙に向けて気合きあいと共に強い念をはなった。


 すると、どうだろう… 二つの折り紙はまるで意思があるかのように起き上がり、ムクムクと大きくなりながら形を変え、仔牛こうしほどの大きさがある青と赤の二頭の狛犬こまいぬの姿になったではないか。賢生が陰陽術おんみょうじゅつで打った式神しきがみであった。伝説の大陰陽師おんみょうじと言われた安倍晴明あべの せいめいの生まれ変わりとも称されるほどの大陰陽師おんみょうじである安倍賢生あべの けんせいが打った式神しきがみである。これ以上の心強い味方は無いだろう。二頭の狛犬こまいぬ賢生けんせいとくみをまもるように間にはさんでうなりながら身構みがまえた。


「何だあ…? 変な術を使いやがって。このインチキジジイがあ!」


 悪態をつきながら、コンバットナイフを手に持って襲いかかってきた擬態ぎたいの男を青い色の狛犬こまいぬが迎え撃ち、簡単に組み伏せて片方の前足で背中をんで押さえつけた。そして、ビクとも動けない男の首筋に鋭い歯を当てている。


「ぐわあ! やめてくれえ! 痛い、痛いよう! ひいいっ! 助けてくれ、この化け物にやめさせてくれえ!」


 男は身体の半分以上を木に擬態ぎたいしたまま、組み伏せられた姿勢で泣きわめいていた。


「口ほどにも無い奴じゃ… さあ、何のためにわしらを襲おうとしたのか白状してもらおうかのう… かんとなると、その狛犬こまいぬは手加減をやめてお前さんの首をみちぎるぞ。さあ、さっさと言わんかい!」


 賢生けんせいは、この擬態ぎたいの男がくみに吐きかけた暴言に頭に来ていたのだ。今にも狛犬こまいぬに本当に実行させるかの様な剣幕だった。


「分かった… 言う、言うよ! 言うから助けてくれえ… お、俺達は… ぐっ!」



 くぐもった声を発した擬態ぎたいの男の背中から、青い狛犬こまいぬが素早く飛びのいた。突っ伏して痙攣けいれんを起こしている男のひたいには、一本のコンバットナイフが深々と付き立っていた。これでは即死はまぬがれなかっただろう。


「気配から他にもまだおるのは分かっておったが、仲間を殺すとは…」


 賢生けんせいは身構えてまわりを見回した。くみも同じく身構える。二頭の狛犬こまいぬ賢生けんせいとくみを前後にはさんで外側を向き警戒の姿勢を取っている。


 すると、「ビュッ!」と空気を切り裂く音と共に何かが賢生に向かって飛んで来た…と思う間もなく、その飛来ひらいした物は地面に落ちた。見ると先ほどと同様のコンバットナイフの様だったが、その刃は大半が溶けて消失していた。くみが目から発する『ニケの青い炎青いレーザー光線』で賢生に飛来したナイフを一瞬にして撃ち落としたのだ。


「ふう… 危ないとこじゃったわい。くみや、ありがとうよ。さて、死人まで出おったからには長居は無用じゃて… くみ、ここは三十六計逃げるにかずじゃ。ずらかるとしようかの!」


 言うが早いか、賢生けんせい一目散いちもくさんけ出した。くみももちろん賢生けんせいと共に走った。二頭の狛犬こまいぬも二人をまもるように警戒しながら一緒に走る。


 と、二人がけ出したと同時に、林にある複数の木の陰から一人、二人…全部で五人の男が姿を現した。その中のリーダー格らしき男がつぶやく。


「ちっ、逃がしたか…」



       ******************** 

       


 公園の出入り口付近の人通りの多い広場まで走って来た賢生けんせいとくみは、やっと足を止めて一息ついた。


「はあ…はあ… こんな年寄りを走らせよって… ああ、しんどい…」


 息を切らして賢生けんせいが言う。しかし、驚いたことにくみの息は全く乱れてはいなかった。二頭の狛犬こまいぬは走る途中で賢生けんせいが術をき、二つの折り紙の犬に戻してそのまま道に捨ててきたのだ。


「お祖父じいちゃん、あいつらはいったい…?」


 くみが賢生けんせいに聞いても、賢生けんせいにもまったく心当たりはなかった。


「わしにもさっぱり分からんわい… しかし、彼奴あやつらはただ者じゃないな。あの死んだ擬態ぎたいの男は普通の人間ではなかった。あそこまでの完璧な擬態ぎたいを身にほどこすとは… それに姿は見なんだが、林の中に他に五人はひそんでおったわい。このわしでさえ、そこまでさとるのが精いっぱいじゃった。本当にくみのおかげで助かったわい。ありがとう…くみ。」


くみは首を左右に振ってから、賢生けんせいに向かって言った。


「お祖父じいちゃん、アイツら…自分達の仲間を殺すなんて、許せない… 人の命を何だと思ってるのよ…」


 くみは正体不明の連中の残虐ざんぎゃくなやり方に怒りを覚えていた。彼女の青く美しい瞳が怒りのためか、いつもよりも鋭い輝きの青い光を発しているようだった。



       ********************

  


 同じ頃、林の中では擬態ぎたいの男の遺体を仲間の男達が片付けている最中だった。先ほどのリーダー格の男は携帯電話で誰かと通話をしているようである。電話をするこの男の顔はへびを連想させ、見る者全てに不快感を与えずにおかなかった。


「こちら、ニケ襲撃班のたちばな三尉です。はい… 申し訳ありません。襲撃は失敗しました… ですが、あの目標ターゲットはニケに間違いありません… はい… 確実であります… 私が老人に対して投じたナイフを一瞬で撃ち落としてしまいました。しかし、その際に目標ターゲットがどういう手段を用いたかは… 私は老人を見ておりましたので不明です… はい。


 はあ、こちらは戦闘において隊員の一名を失いました… そうです、あの目標ターゲットと同伴していた老人もただ者ではありませんでした… はい、私もこの目で確認しましたが、老人は不思議な魔法のような術を使いました… ええ、死んだ部下はこの老人の術に翻弄ほんろうされて手も足も出ず確保されたのです… はい、機密漏洩きみつろうえい防止のために私がその部下を処分しました… 


 申し訳ありません… ですが… 次は必ず… はい… 二度とこのようなミスは… ただ、北条課長、一つだけ朗報が… はい、ニケ達との戦闘の一部始終を別の隊員が撮影しておりました… それに、死んだ部下が頭に取り付けていたヘッドセットで戦闘の記録を残しております… はい… 回収しましたので…持ち帰り次第、課長に提出致します… 


 はい…今からすぐに直帰ちょっきして私が直接課長の部屋に詳しい報告に参ります… それでは、後ほど… はい、失礼いたします…」


 通話を終えた蛇の様な表情をしたリーダー格の男は、吐息といきをつきながら戦闘時にはかきもしなかった汗を手でぬぐった。この男は通話相手の上司である北条 智ほうじょう さとるという男が苦手なのであった。これから報告に会いに行かねばならないのが億劫おっくうで仕方が無かった。



       ********************  



 ここは内閣府庁舎6階にある、内閣情報調査室の隣室に特別に設けられた特務零課とくむぜろかの課長室である。内線の受話器を置いた北条 智ほうじょう さとるは自分のデスクの椅子から立ち上がって、窓際へ移動した。


 窓から見上げる空には雲一つ無かったが、夕焼けが空の色を染め始めていた。そのオレンジ色がかった空を見つめながら北条 智ほうじょう さとるはつぶやいた。


「ますます、お前に興味がいて来た…翼の少女ニケよ。お前はただの女子中学生などではない… この北条 智ほうじょう さとるが必ずお前を追いつめて正体をあばいてやるぞ。お前の情報を私一人のモノにすることが出来れば、今のポストなどゴミくずにしか過ぎないような権力の高みへと私はのぼることが出来るだろう。」


 北条はニヤリと口元に笑みを浮かべながら、右手に持つプリントアウトされた『ニケ』の写真を見つめて強い決意を込めて言った。


「待っていろよ、翼の少女ニケ…榊原さかきばらくみよ。」




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『次回予告』

BERSに襲われたくみと賢生けんせい

ニケの正体が発覚してしまったのだ。

これからの対策を話し合う榊原さかきばら家に名案は…?


次回ニケ 第13話「ニケの正体発覚… そして榊原家家族会議」

にご期待下さい。

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