第11話「敵… 北条 智と鳳 成治、作戦暗号名は『ニケ』」

 北条智ほうじょうさとるは自分の執務室で、直属の部下である鳳成治おおとりせいじと打ち合わせをしているところだった。


 この鳳成治おおとりせいじはこの北条智ほうじょうさとるが課長を務める内閣情報調査室の特務零課とくむぜろかにおいて、北条が自分の右腕ともいうべく最も頼りにする男だった。


 おおとり特務零課とくむぜろかに勤務する前は陸上自衛隊員で、自衛隊の防諜ぼうちょう部隊である「自衛隊情報保全隊」に所属していた。おおとりはその組織において防諜ぼうちょう担当の『調査第1部』に籍を置く筋金入りの防諜ぼうちょうのプロであり、自衛隊員としての最終階級は三尉であった。そのおおとりを北条が自衛隊をやめさせて、新しく組織される自分の特務零課とくむぜろかに北条自らが引き入れたのである。このような人事はかつて無く、北条たっての強い要望が反映されたのである。


 では、何故このおおとりを北条がここまで気に入っているのかだが、おおとりは北条の学生時代からの旧知の間柄なのだった。北条が大学4年生で卒業をひかえていた年におおとりが新入生として同じ大学に入学してきた。北条が部長として運営していたサークルに新入部員として入ってきたのが、そもそもの二人の出会いだった。


 北条は何故かこのおおとりを最初から注目し気に入ったのだ。それは、おおとりが自分と非常に似ていたためである。容姿ではなく、年齢にそぐわない物事の考え方や洞察力、そして胆力たんりょくや冷静さ、集中力等および彼自身の野心的な考え方においても、おおとりは3歳年下の新入生であるにも関わらず、すでに北条と比肩ひけんするほどの人物であるためだった。北条の同級生等とは比較する事すらはばかられるほど、おおとりすでに人間として完成していたのである。年齢や身分の上下、好き嫌いなどの主観的な感想にとらわれずに、その人物を客観的に評価出来るところは北条の美徳の一つだった。


 北条は人物を尊重する考えなので、この1年生を評価し特に可愛がって面倒を見た。おおとりも北条が自分の尊敬するに足る人物であることを早々に気付き、北条をしたった。元々、個人主義である北条にとってもおおとりにとっても、今まで経験したことの無い相手への評価であると言えた。互いに相手を優秀な人物として評価し、尊重し合う間柄となった。何においても高い能力を持つ二人が、互いに生まれて初めて相手の能力を自分と同等以上に評価し、親友として付き合うことの出来る人間に出会えたのだった。


 おおとりは自分の大学入学以前については、親友の北条にも語りたがらなかった。だが、北条はおおとりの過去になど興味は無かったのだ。北条にとっては、現在のおおとりが自分にとってプラスになる人物でさえあればそれでよかった。北条は、そういう割り切った考え方をする男だった。



 北条は就職先に国家公務員キャリア官僚として採用が決まっていたのだが、卒業するまでの大学での残り期間において、北条は公私に渡っておおとりとの深い付き合いを続けた。


 そして、就職後は互いに自分の所属する組織で、それぞれのキャリアを伸ばしてきた二人だったが、北条が特におおとりを指名して自分の組織に引き入れたのである。久しぶりに出会った二人は、自分の認めていた相手がさらに良い意味で成長している事に気付き、これから同じ職場で働けることを喜び合った。こうして数年、同じ職場で共に働いてきたのだが、北条のおおとりに対する信頼は盤石ばんじゃくであると言ってよかった。二人は親友でもあり、最も信頼し合う上司と部下となったのだ。



 二人が北条の執務室で仕事の話をしている時に、別の部下が報告にやって来た。


「課長、ラボから例の動画が戻ってきました。」


「よし、モニターに映せ。」


 北条は自分のデスクで足を組んで、壁掛けモニターを良く見えるように椅子の位置を変えた。鳳も北条の机の横に立ったまま、腕を組んでモニターを見つめた。


 動画が映し出された。まずは乗客撮影のスマホ映像だ。こちらからは特に目立った変化は見られなかった。もともと該当がいとう人物の背面しか映っていなかったのだ。しかし、人物の長い髪の毛が写り込んでいた点と人物が着ている服が女子学生のセーラー服らしいとされていた推測が画像が鮮明にされた事で、どうやら推測が当たっていたようだと確認する事が出来た程度だ。しかし、それだけでもこの動画は評価出来たと言ってよかった。


 次に着陸後のジェット機左翼下部から人が消失した動画については、昨日見た物よりかなり鮮明に修正されていた。人物の体型が若い女性であること、人物が銀色の仮面を着用している事、着ている服がかなりボロボロであるが女子学生の着るセーラー服だと思われる服装であること、人物の前から見た画像で、背面から折りたたまれた銀色の翼らしき物が人物の左右両側にのぞいていること等がはっきりとした。この鮮明化された動画で判明する点が昨日よりも多く、かなりの進歩であると言えた。


おおとり、君はどう思うかね?」


北条が横に立つ鳳 成治おおとり せいじたずねた。


「はい… まず、着衣はかなり損傷していますが女子学生の着るセーラー服の様ですから、単純に考えてもこの人物はセーラー服を制服として採用している高校あるいは中学校の女子学生と思われます。そして顔をおおう銀色の仮面に、背中からのぞいている銀色の翼… これらから以前に高層ビルの壁面で、BERSバーズ実験体と戦闘を行なった翼の少女と同一人物の可能性が高いと、私は考えます。」


おおとりの答えに北条は満足した。


「私も全く同様の見解だ。しかし、それ以上踏み込めずにそこまでの推測で止まってしまうのは残念だな…」


これに対しておおとりが意見を述べた。


「いえ、課長… セーラー服と言うのは全て同一ではありません。学校によって微妙に異なります。現場に残された服の一部でもあれば助かるのですが、これはまず無理でしょう。しかし、学生の制服に関して詳しい者が見れば我々よりも分かることがあるかもしれません。もう一つ、この鮮明化された画像での少女らしき人物と旅客機の部品との大きさを比較してほぼ正確な身長が、そして少女の正確な身長と体型から大まかにですが体重も割り出せます。」


「よし、いいぞ。すぐに割り出す様に手配しろ。」


「はい、ただちに取りかからせます。」



 おおとりは北条の命令に返事をする間も惜しむ様に、すぐさま部屋を出て行った。



 北条は大いに満足だった、と同時に次の様におおとりを評価した。やはりおおとりは役に立つ男だ。自分の考えつかない事まで見通すことが出来る。だが、敵に回すと恐ろしい奴になることだろう。


おおとりが帰ってきて、北条に報告する



「課長、手配を終えました。結果は早ければ今日中に、遅くても明日には出ると思われます。」


北条は満足そうに頷き、鳳に話しかける。


「ご苦労。ところでおおとり、今回のこの件についてどう思う。『翼の少女』や『仮面の少女』と例の人物を呼ぶのを改めることにしないか。つまり暗号名コードネームを決めようと思うんだ。何かいい名称はないか?」


 おおとりは北条に聞かれて迷うことなく答える。北条はこの男のこういう淀みのない率直そっちょくな所が気に入っているのだ。


「はあ… では一つ進言させていただきます。暗号名には『ニケ』というのはいかがでしょう。『ニケ』とはギリシア神話に登場する勝利の女神です。女神アテナの随神ずいしんとして知られています。」


北条はおおとりの提案を聞いて、少し首をかしげながら問い返した。


「ふむ… 『ニケ』か… で、何故なぜその名称にしようと言うんだ?」


「はい、女神『ニケ』は有翼ゆうよくの女性の姿をしているのです。それで、今回の一連の翼の少女に合うのではないかと…」


「有翼の女性の姿をした勝利の女神『ニケ』か… いいじゃないか、ぴったりだ。よし、今回より翼の少女に関する一連の案件を暗号名コードネーム『ニケ』と命名する。これからはそう呼ぶよう皆に徹底させろ。」


 北条はおおとりに命じて彼が部屋から出て行った後、『ニケ』の空港で撮影された映像をもう一度再生した。そして、『ニケ』の全身が最も鮮明に映る画像で画面を停止した。


「ようし、ニケ… 待っていろよ、必ず私がお前を追いつめて正体を暴いてやるぞ。」


北条は自分自身に言い聞かせるようにつぶやき、勝利を誓った。




**************************



『次回予告』

祖父の安倍賢生とデートをする榊原くみに襲いかかる怪しい男達…

二人の運命はいかに…?

そして、再び二人の前に現れたBERSの目的とは一体何なのか…


次回ニケ 第12話「接触… BERS再び…」

にご期待下さい。

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