26.予言

「雨、降ってきたね」


 柳生くんがうしろを向く。


「そうだな」

「帰ろっか」

「ああ。お前は座ってろ」


 立ち上がろうとしたら、片手で制された。


「やるよ?」

「いい。悪化したらうるさい奴いるだろ」

「でも」

「それに、すぐ終わるから手伝ってもらうほどじゃない」


 そう言われてしまったら、これ以上押し通すことはできない。

 心の中で小さくため息を吐くと、私は椅子に座り直した。


「わかった」


 うなずけば、柳生くんは立ち上がる。

 一人慣れた様子で戸締りをしていく柳生くんを眺めていた。


「今日、送ってく」

「え」


 こちらに背を向けた柳生くんから投げられた言葉に、私は驚く。


「もしかして、足首のこと気にしてる? 大丈夫だよ」

「でも危ないだろ」

「送ってもらうほどじゃないよ。先生にある程度ちゃんと固定してもらったし、歩ける歩ける」


 へらっと笑って見せるけど、振り向いた柳生くんに無言で睨まれる。

 別に柳生くんと一緒に帰るのが嫌だとか、そういうわけじゃない。

 ただ、明らかに迷惑をかけるであろうことが確定している状態で、一緒に帰るということが嫌なだけだ。

 申し訳ないから。


「本当に大丈夫だよ」

「だったら、わかれるところまで送っていく。どこまで一緒かわからないけどな」

「それなら、わかった」


 渋々ではあるけれどうなずく。

 すると柳生くんはまた私に背を向けて、戸締りを再開した。


「私、傷ついてないよ」


 ぽつっと小声でその背中に言葉を投げる。

 聞こえても、聞こえなくても、どちらでもいい。

 そんな気持ちで投げた言葉は、どうやら届いたらしい。


「怪我、しただろ」


 こちらに背中を向けたまま投げられる声は、愛想のない、ぶっきらぼうな声。

 だけどその声の主がどれほど繊細で、そしてどれほど不器用かを知っている。


「でも、柳生くんに直接怪我をさせられたわけじゃない」

「まだ、な」

「これからも、だよ」


 柳生くんがやっとこちらに顔を向ける。

 その表情は戸惑いと諦めが混ざっているように見えた。


「願いか?」

「ううん、予言だよ」

「お前別にそういう力ないだろ」

「ないよ」

「それにそんなキャラでもない」

「うん。でも、予言。柳生くんは私のことも、私の大切な人たちこのことも、柳生くんの大切な人や、柳生くん自身のことも、絶対傷つけないよ」


 灰色の感情が、じっと私を見上げる。

 それならお前はどうなんだ、と。

 柳生くんのことも、アリサのことも傷つけたくせに、なにをいけしゃあしゃあと言っているのかと。

 そう、視線が訴えかけてくる。

 私はそれを見ないように、意識してそこから視線をそらした。


「脅迫かよ」

「脅してないよ。約束ってことで」

「予言じゃないのか?」

「予言であり、約束、みたいな?」


 柳生くんが小さく笑う。

 つられて私も笑ってしまった。

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