6.触れていいのか、悪いのか

 無邪気な声。

 そこに悪意がないのは、一年とちょっとの付き合いの私にはわかる。

 でも、悪意がなければなんにでも触れていいのかというと、そんなはずはない。


 柳生くんの表情が、みるみるうちに険しくなっていく。

 瞬時に私は、サラの細い腕を掴んでいた。


「柳生くん、また教室でね。サラ、行こ」

「ちょ、未結!?」


 ずるずるとサラを引っ張る。

 そのまま昇降口を抜けて、いつもお昼を食べる空き教室に来た。

 ぶつぶつ言いながらもついてきたサラは、不満げに唇を尖らせている。


「柳生とお話したかっただけなのにー」


 どうやら柳生くんの表情が険しいものに変わっていったことに気づいていなかったらしい。

 なんというか、サラらしい。


「前にアリサが柳生くんの話をしたとき、言いにくそうにしてたでしょ? だから、あんまりその話には触れないほうがいいと思うんだけど」


 私の言葉に、サラは大きな猫目をぱちくりとさせる。


「え、なんで?」

「なんでって、だって触れられたくないことなのかもしれないでしょ」


 幽霊が視えることで、色々騒ぎになったことがあった、とアリサは言っていた。

 騒ぎになった原因に触れられたくない、というのは普通じゃないのか。

 それに、折り畳み傘を無理やり押し付けたとき、柳生くんは噂のことを気にしているようだった。


「それは、柳生が直接そう言ったの?」

「え」


 予想外の言葉に、今度は私がまばたきをする番だった。

 折り畳み傘のときのやり取りを言いかけて、飲み込む。

 なんとなく、柳生くんと会話をしていたことは、誰にも言わないほうがいい気がしたから。


「いや、言われてはいない、けど……」


 私の返答に、サラは先ほどまでの不満顔が嘘のようにニンマリと笑う。


「だったらわからないじゃん」

「わからないって」

「もしかしたら、触れてほしいかもしれないでしょ? ただ周りが勝手に、触れてほしくないだろうって決めつけてるだけでさ」

「でも、本当に触れてほしくないかもしれないよ?」

「だったら、柳生には口があるんだから、触れないでくれってちゃんと言うはずだよ」


 どうなんだろう。

 柳生くんは、触れてほしいのだろうか。

 きっと触れてほしくないだろう、と思ってしまうのは決めつけなのだろうか。

 いらない気遣い、というものなんだろうか。


 そんなことは、きっとないと思う。

 ない、はず。


 だって、私が噂を知っているのか何度も訊いてきた。

 さっきも、サラがその話題に触れた瞬間、表情が険しくなった。

 それはつまり、触れるなという警告ではないのか。


 と、いうか。


「サラのそれは、ただの好奇心でしょ……」

「あはっ、ばれちゃった」


 ペロッと舌を出すサラに、私は小さくため息を吐く。


「好奇心で、もしかしたら人を傷つけちゃうかもしれないんだから、気をつけてよ?」

「はーい」


 元気よく手を上げるサラ。

 途端になんだかこれ以上なにか言うのも馬鹿らしく思えてきて、私はそっとこめかみに手をやった。

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