5.猪突猛進

 歩道に生い茂る木々を見上げれば、黄緑色越しに温かな太陽の光を感じて目を細める。

 昨日の土砂降りが嘘みたいだけど、葉の端から落ちるしずくや、その先にある水溜まりが、本当に雨は降っていたのだと訴えてくる。


 元気のいい声に交じって、あくびをする生徒もちらほらといる通学路。

 横を勢いよく自転車で横切っていったのはクラスメイトで、素早くおはよう、とあいさつを交わす。

 校門に吸い込まれていく背中を見ながら、一時限目はなんだっけ、とぼーっと考えていたときだった。


「ドーンッ!」

「わっ」


 突然背後からやってきた衝撃を、咄嗟に両足で踏ん張って受け止める。

 なんとか水溜まりに足を突っ込まなかった私を褒めてあげたい。

 耳元でケラケラと軽やかな笑い声。

 振り向かなくてもわかる。

 朝から本当に元気だ。


「おはよう、未結」

「びっくりしたなあ、もう。おはよう、サラ」


 うしろから回された腕をトントンと叩けば、するりとほどかれる。


「バスの窓から未結見えたから手、振ったのに未結まったく気づいてくれないんだもん。突撃しちゃった」


 えへへ、と笑いながら、ぴょこっと目の前に飛び出してくるサラ。

 ふわふわのツインテールがまるで耳のようで、可愛くて怒れない。


「ごめん、考え事してて気づかなかったや」

「考え事?」

「そう、一時限目なんだっけって」

「数学じゃなかった?」

「だっけ?」

「あ、柳生くん発見!」


 サラがビシッと校門付近を指さす。

 そこには確かに、のそのそと猫背で歩く柳生くんがいた。

 と思えば、ひゅっと視界の端でふわふわの髪が駆け抜けていく。


「やぎゅーっ!」

「サラ!?」


 手を伸ばすけれど、その背中には触れられず。

 文字通りギョッと目をまん丸に見開いた柳生くんは、すぐに駆け出す。

 だけどサラは陸上部。

 逃げ切れるはずもなく。


 私が校門に辿り着く頃には柳生くんはサラに腕を掴まれたところだった。


「おはよう、柳生」

「放せっ!」

「あ、ごめん」


 パッとサラが手を放すと、柳生くんがじろりと私を睨む。


「お前が何か言ったのかっ!」

「え?」

「違う違う、サラが話したくて声かけたのっ!」


 好奇心旺盛な子猫のような目が、じっと柳生くんを見る。


 サラが柳生くんに興味を持つようなこと。

 瞬時に昨日の昼休みの会話が脳裏を駆けていく。

 同時に、放課後の柳生くんの瞳も。


 サラに言わせてはいけない。

 その言葉を柳生くんに聞かせてはいけない。


 だけど、私がサラの名前を呼ぶよりも、サラがそれを言ってしまうほうがはやかった。


「ユーレイって、いるの?」

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