『青春』が動き出す


☆☆☆


冬休み到来。

生徒らはわずかな休暇期間を何に充てるのだろうか?

カップルならクリスマスデート?

一人ならクリぼっち?

いいや、家族と過ごすのも悪くはない。

ということはクリスマスに発表会に来ている俺はどこに当てはまるのだろうか。


「ちょっと、キモいんだけど体触らないでくれる?」


「起こしてやったのにその態度は何だ? 次だから目をかっぴらいてよく見とけ!」


「つまんなかったら招致しないから」


「そうだなー。じゃあ眠ったらなんでも一つ言うことを聞いてやろう」


「言ったわね! 絶対寝てやるんだから!」

1人生意気な女子を連れてきたわけだが。東歌音は絶対に寝るそうだ。寝れるもんなら寝てみろと、余裕綽々な顔をしてやった。


「エントリナンバー7番。西山明音」


順番が回ってきた。名前を呼ばれ、舞台袖から現れた少女が歩く。本当はピアノまで誘導したかったけど、そこはできなかった。なんでも品のあるコンサートなのでと断られてしまった。スーツでもタキシードでもきてくれば話は別だったかもしれないが。それよりも、だ。


紅のドレスがエレガントさを醸し出している。もう高校生じゃなく立派な大人の女性だ。メイクもして口紅も塗って、なんか美の女神アフロディーテの生まれ変わりなのではないかとも、個人的には錯覚してしまう。髪の毛は地毛のきれいなブラウン色に戻した。それによって証明が当たると金色に光り輝いているようにも見える。


……できるよ、君は1人じゃない。


公演前に俺はそれだけを彼女に向けて言った。「頑張れ」でも「応援してるよ」でもなく、たったそれだけを送った。

コンクールという晴れ舞台。ピアノに人生を賭けてきた人たちが集う場所。己の実力と魅力と音を響かせて、頂点を目指す。ピアニスト同士はライバルとして主張し合い、プレッシャーをかける。後になればなるほど、自分との実力の差に泣き出してしまう子もいた。そういう厳しい世界。がんばっても報われない世界であることを観客席からじわじわと感じた。


「……おもしろいな」


思わず口角が緩む。強敵を倒さんとする野生の姿勢に心を熱くさせられる。手に汗握るとはこのことだ。完全なる弱肉強食。上手い方が上へ進み、劣るものが淘汰されていく。では目が見えない西山明音は負けるのだろうか? ミスを連発し恥を晒してしまうのか?

演奏前に目が見えないことを観客と審査員の全員に伝え、一同は「大丈夫なのか?」と口節に不安視している。


「彼女は負けない」


それは絶対の信頼だ。他者の演奏に感銘を受けても、彼女の「音」は唯一無二。

その個性はたとえ「目が見えない」というハンデがあっても、なお輝かせる。

お辞儀をし、ピアノを前にする。音楽室に置いてあるのよりも数段と高いグランドピアノに指を置く。

会場全体が情熱の愛に包まれた。


「やっぱ好きだな……」


普段でも笑っている姿は可愛いと思う。無邪気で食べることが好きで優しいところ。それもいいが、ピアノを弾いている姿はさらに魅力的に見える。


「……何よこれ、こんなの寝れないじゃない。……涙が溢れて前が見えない」


横を向くと威張っていた歌音までもがその魅力に充てられたようで、号泣していた。

あの高飛車で自分より可愛いものが許せずにいた彼女さえ、涙を流させるくらい心に響かせたということだ。


情熱的に激しく、しかし音は希望に溢れている。ピアニストと曲が混在一体となって奏でる「音」はストレートに届いた。

コンサートが終わってすぐさま控え室に行った。激励の言葉の前に、歌音にきっちりと謝らせた。それを本人は気にするそぶりもなく、「全然いいよ。むしろ聞きにきてくれて嬉しい」と返されるんだから彼女は面食らっていた。


いじめの仕返し方法をずっと考えていた。けれど、暴力で返してもその時スッキリするかもしれないが明音にとって何の成長にもならない。だったらピアノを使って彼女の最大限の武器で見返してやろうと計画した。……効果的面だったようだ。


『結果発表です。映えある最優秀賞は、エントリナンバー7番、西山明音‼︎』


堂々の頂点。スポオットライトを浴びる顔は明らかに嬉し涙で嬉しいという感情が満ち溢れていた。

やってやれないことなんてないのだ。俺は今勝ち誇っている顔をしていることだろう。「どうだ、これが西山明音だぞ!」と自分が弾いたかのように誰かに自慢したい。

今までやってきたこと。視覚障害者がピアノを弾くことに周りはいい顔をしなかった。それで辞めていたが、再び始めた。そう、2人で始めた。かくいう俺は音楽初心者だったけど、彼女の「音」と「姿」をもっと多くの人に感動させようと練習に付き添った。

時には目が見えなくて心配をかけていることが嫌になったりもしたけど、そこも俺が支えなきゃと思った。俺はやりたいからやっているんだと。キラキラと輝く一等星を曇らせたくなくて自分の気持ちを伝えた。今振り返ればド直球過ぎた感じはあった。でもそのおかげで彼女に寄り添えられたし、彼女の力になれたとも実感した。


ピアノを弾く少女は目が見えない。

それでもやってのけたこの光景こそ、俺たちが追い求めていた光景。

改めて、心の底から湧き上がる一つの思い。

俺はピアノを弾いている西山明音が大好きだということ。

これは嘘偽りない本当の気持ち。


ああ、そう『恋』だ。

俺は今、青春をしている。誰かを応援して、誰かを好きになってドキドキハラハラの日常を体験しているんだ。

でもそこに必要不可欠なのは、何かに打ちこんでいるということ。

彼女の場合はピアノ。それがあるからこそ、どんな人よりも輝いているように見える。人を惹きつける。


「すごく綺麗だったよ」

「えへへ。君のおかげだよ。わたし1人だったらできなかった。ピアノに向かった時

何のためらいもなかったから緊張はしてたけど、いい緊張だったよ」


顔には汗が滲み、髪の毛も艶光りしている。


「なあ……明音」


一つ深呼吸して、心の準備をする。心臓の音はバクバクで破裂しそうだったけど、彼女に伝えたい気持ちがあった。


「好きだ。明音」

「……! そ、それ今ここで、って、もうとっくにわかってるよ」

「うん。それでもちゃんと面と向かって『好き』って伝えたくて」


優しく包む込むように明音を抱きしまる。「汗かいちゃってるから」と背中に手を回すのを拒む彼女だったが、全然気にならない。それは努力した証。練習した成果を全て出し切ったいわば結晶。というか、そんな遠回しのことを言わなくても俺は受け入れている。彼女の全てを。


「……わたし目が見えないよ」

「わかってる」


安心させるために頭を撫でる。


「他の人から気持ち悪いって言われるかもしれない。そうなったら――」

「大丈夫。俺が他の人の何十、何百、もう数え切れないくらい君を愛しているから」


世間の評判なんて知ったことか。たとえ冷やかされても、蔑まれても俺は絶対に西山明音という女性を愛し続ける。それはまた、ピアニストの「西山明音」を保ち続けるためということもある。

一度ハグを解いて、手を握る。至近距離でお互いの表情がよくわかる。

彼女の瞳から雫がぽたぽたと流れている。俺はそれを手を握って信頼を伝えると、いつもの純粋で可愛らしい笑顔を浮かべてくれた。


「わたし……こんなに幸せになっていいのかな?」


「いいんだよ。頑張っている人は報われないと。応援している側も喜べないじゃん」


「やっぱおかしな人だね……純くんは。でも嬉しい。いつもそうだよ。君といると心が温かくなるの。そして声援がちゃんと力になってくれる。……わたしはそういう人を待っていたのかもしれない。純くん」


涙を拭き取って俺の瞳をまっすぐに見つめる。

「わたしは大好きです」

「!」

本当に俺の瞳を捉えた方が気がした。


これからの日々は、空虚でも、無味無臭な世界でもない。笑顔が似合う彼女と一緒にどんな輝いた「青春」を送ろうか、期待で胸がいっぱいだ。




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アオハル二重奏 ー盲目彼女と始まる青春ピアノー 藤宮 結人 @13773501

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