第六章

第六章 ①

 ピンポーン

 俺はリビング内に響くそんなチャイムの音を聞くや否や、インターホンのディスプレイを介して悠姫の対応をする。


「金村でーす」


 すると、インターホンのカメラを通じて、にこやかに笑う悠姫の姿が見えた。しかしもちろん、そのはにかむ顔は紫水のもの。そんな姿を見ると、色々な気持ちが俺の頭の中を駆け巡る。

 だが、もうそれは昨日のうちに終わらせたものだと、自分に言い聞かせると、適当に一分弱の雑談を交わすと、俺はディスプレイがブラックアウトしたことを確認した後、玄関のカギを開けるために足早に廊下を進みだした。

 まあ、『進みだした』とか大層なモノローグを垂れ流してはみるものの、所詮は一軒家。十秒もしないうちに、突き当りの玄関へと到着する。

 玄関のたたきに置いてあるサンダルを踏み場にして、ドアの鍵に手を伸ばす。

 かちゃりと気持ちのいい音を立てて鍵は開く。俺はその勢いのまま、引き戸に手をかけて、右へスライドするようにドアを開けた。

 そしてそこにはやはり、さっきのような笑みを崩さずにいる悠姫が立っていた。


「......ひ、久しぶりだな」


 俺はぎこちなさを拭えないまま、そんなぶっきらぼうな挨拶を悠姫へと送る。

 しかしそんな気の利かない挨拶にも、悠姫は特に動じることはなかった。

 悠姫は、さっきまで浮かべていた笑みを少しだけ崩し、たちまち眉を八の字のように傾けて、心配するような表情と声音で、言葉を返してくる。


「うん、久しぶり! .........あ、それで風邪はもう大丈夫なの?」

「あ、ああ。そうだな。大したことはなかった」


 学校に行けるような状態ではなかったことは本当なのにも関わらず、そんなことを聞かれては自然と目を逸らしてしまうのはなんでだろうか。ただの性格だと言えばそれまでなのだが............なんとも情けない性格であることには違いない。

 ......まあ、そんなことは後々考えるとして、今は目先の問題を解決しなければならない。そう思い、悠姫に早くウチへと上がるようにと促す。


「まあ、とりあえず上がってくれ」

「そうだね。それじゃあお邪魔しまーす」


 再び笑みを取り戻していた悠姫は、元気よく家に向かって挨拶をした。そして、たたきで靴を脱ぎ、かかとを揃えて丁寧に並べる。それなりに昔からの幼馴染のはずなのに、ここまで律義にされると一周回って距離を置かれているのではないかと少しだけ不安を覚えてしまう。

 俺は、二カ所あるカギを慣れた手つきで閉めて、待っていてくれた悠姫をエスコートするように、俺の部屋へと先導する。


「そう言えば詩遠の家に来るのも久しぶりだね」


 悠姫は、何もない廊下を見回しながら、どこか感慨深そうにつぶやく。

 まあ確かに、それはそうかもしれない。まともに悠姫を家に招いたのは小学生の時以来ではなかろうか。

 と、そうこうしている間に、十秒程度の時間を要して、俺と悠姫は、俺の部屋へと到着した。


「......ちょっと先に入っててくれ。茶でも淹れてくる」


 しかし、よくよく考えたら客人に対して何も出さないのもどうかと思ったので、悠姫には先に部屋でくつろいでもらうようにと言う。


「お構いなく~」


 悠姫はさほど気にせずに社交辞令のようなそんな言葉を言い放つと、慣れた手つきで部屋のチューブラ錠のレバーを下げて、扉を押し込むように部屋の中に入っていった。

 扉が完全に閉まるのを見守ると、俺は自室を素通りして数秒のところにあるキッチンへとゆっくり歩き出した。

 

 やかんが笛を鳴らすのを合図に、俺はコンロの火を止め、マグカップを二つほど用意した。そして、皿などが入っている戸棚をのぞき込み、いつもの場所においてあるインスタントコーヒーの缶を手に取った。

 最初は洒落た紅茶でも淹れようかとも考えていたのだが、紅茶を入れるのには少し時間を要するし、そもそも俺は茶をあまり好まないので、紅茶自体を自分で淹れたことがなく、もちろんのこと淹れ方も知らない。確かにこのご時世、インターネットで調べたら簡単に淹れることもできるんだろうけど、人様のおもてなしとして出すのにそれはどうかと思ったので、すぐに諦めた。

 次誰かを家に招く時までには少し練習しておこうかな。

 まぁ、そんな大層なものではないような気がするけど。それにどちらかといえば、茶を好きになる方を頑張らないといけないだろう。

 さて、そんなこんなを考えていると、粉をかき混ぜるだけのインスタントコーヒーが完成した。

 俺はブラックでも大丈夫だけど、悠姫はどうだったっけな。一応牛乳と砂糖は持って行っておくか。それに、今のあいつの味覚が悠姫のものなのかも定かではないし。あとどうせないとは思うけど、コーヒーフレッシュも一応探してみるか。 

 そう思い、俺は冷蔵庫をのぞき込む。

 牛乳のほうはドアポケットを一瞥したらすぐに見つかったが、砂糖はどこだ?

 砂糖の冷蔵保存はあまりよくないと聞いたことがあるので、多分冷蔵庫にはないだろう。といういことで、俺はさっきものぞいていた戸棚を覗く。

 .........が、見つからない。まあ仕方がない。あまり待たせるのもなんだし、とりあえず茶菓子でも持って一旦部屋に戻るか。

 俺は一口サイズのクッキーやチョコレートが入っている、パーティーなんかでよく見かける徳用のお菓子の袋を持って、慣れた足取りで自分の部屋に戻った。

 ちなみに、予想通りコーヒーフレッシュとかいう洒落たものは、うちには置いていませんでした。

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