第二章 ③

 そんな紫水が。

 今、まるで悠姫を模造したかのようになっている。

 言葉遣いや記憶、ちょっとした癖なんかも。すべてが悠姫だ。幼馴染の俺が言うんだから間違いはない。

 現在時刻は五時ちょっと前。もうとっくに終礼が終わっていて放課後になっている。いつもならとっくに部活に行く時間なのだが、今日は行く気にならない。せめて、今日のこれが片付くまでは、行けない。

 俺は右手で頬杖をつきながら、うんうんとうなる。

 授業中に、数個の仮説を立てた。

 まず一つ目。悠姫の霊か何かが取り付いた。

 一つ目から非科学的でありえないことなのだが、これともうひとつの案しか思いつかなかったので仕方がない。っていうか、取り付いたとしか考えられないくらいに悠姫そのまんまなんだ。

 しかし、この案だと今日の朝にうちに迎えに来たことなどの説明がつかない。そもそも中身は悠姫だったとしても、外見ふつうの紫水だ。もちろん起床時なども紫水家に体があったと思われる。

 もし本当に中身が悠姫になっているのであれば、いつもどおりの紫水の生活はできないはず。

 けど今日の紫水は、自分の靴箱の位置も、教室の位置なんかも一瞬の迷いさえ見せずに、普段紫水が使用している場所のものを使っていた。

 まあただ、悠姫が紫水に乗り移ったことに気づいていて順応させているだけという可能性も存在はしている。.........けれど、割と仲が良かったといっても、そこまで詳しいことは知らないだろうし、この線は薄いだろう。

 そして、二つ目の仮説。

 紫水がなんらかの理由で自ら悠姫に似せている。

 これなら俺の家まで来たことだけを除けば、さっきの矛盾点にも説明をつけることができる。癖くらいならまねできないことはないだろうし。

 しかし、この仮説では、そもそも紫水が悠姫に似せる理由が全く分かりそうにない。


 つーわけで、二つともご破算。


「意味が分からねえ......」


 誰もいない教室で一人、頭を抱える。窓から吹き込む風は冷たかった。

 しかし次の瞬間、弱くなることはあれど、止まることはなかったその風は、蛇口を閉めたかのように一気になくなった。誰かによって窓が閉められたのだろう。

 俺は反射するように頭を上げる。

 ......まあ、なんとなく予想はしていた。

 中身が紫水であろうと悠姫であろうと、そろそろ来る頃合だろうと思っていた。

 染めてるわけではないらしい白い髪を指で軽く梳きながら、心配したような目で椅子に座る俺を見下ろしている人物が、そこにいた。

 ここでいつもどおり「先輩」と声をかけてくれたらそれでいい。今日は悪い夢だったと思える。ただもうひとつの方だったら......

 俺は刹那の間にそんなことを考えていた。

 そして、紫水は口を開く。


「詩遠、どうしたの? 珍しいね。残されてるなんて」


 今朝も聞いた、名前呼びにタメ語。

 ...............おい紫水。少し、悪ふざけが過ぎるぞ?

 ......もう、意味が分からない。というよりも、どんな真実であろうと分かりたくもない。......疲れた。俺はガタガタと椅子を引いて、ゾンビのように無気力にゆらゆらと立ち上がる。

 そして、荷物を持って


「すまん悠姫。ちょっと体調悪いから先に帰る。紫水にもそう言っておいてくれ」


 と声をかけた。

 この先の返答によっても俺の考えは分岐する。もしここで紫水としてネタばらしをされても、ちょっと度が過ぎた悪ふざけで済むのだ。

 .........なあ、そろそろ、いいだろ?

 ゆっくり歩きながら紫水の返答に期待を持ちながら待った。すると数秒後。


「あ、うん、分かった。お大事にね。......って、そうそう。今日蘭ちゃんも見てないんだけど、知らない?」


 そう悠姫は言ったので


「.........いや、知らん。っていうか、俺紫水と放課後以外あんま関わりないしな......」


 と返した。それきり、俺は一切振り返らずに歩いた。

 ......それでも決して、『鏡見たらいいんじゃない?』なんてことを言うことだけは、できなかった。



             第二章 終

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