未来へ歩む剣

第55話 決戦の舞台へ

「この先に、野棘様が居られます」

 弦義にとって約一年振りの王城の廊下で、亜希と直士が立ち止まった。彼らが指し示すのは、かつて国王雪守の執務室があった方角だ。

 その懐かしい方向から、血のにおいがした。

「……亜希と直士、この城で生きている者たちを全てここから逃がしてくれ。ここからは、彼らを救う余裕はない」

「はっ」

「承知しました」

 二人は踵を返し、各部屋にいる者たちに声をかけて回る。そして彼らを引き連れて、外へと出て行った。

 何十もの足音が遠ざかるのを待ち、弦義は仲間たちに声をかける。

「那由他たちも逃げろ。ここからは、僕が決着を付けなければいけない」

「だとしても、悪いが離れるつもりはない」

「那由他」

 友であり主である弦義の頼みを突っぱね、那由他は剣を抜く。虚を突かれて押し黙る弦義は、自分の前に出る残り三つの影を見た。

「見くびってもらっちゃ困るな。しっぽを巻いて逃げ出すとでも?」

「おれたちは、あなたと共に戦うと決めている。それが共闘でなくてもね」

「弦義、大丈夫。ぼくらを信じなさい」

「白慈、和世、アレシス……」

 自分を守るように、陣を敷く四人。彼らの姿勢を見て、弦義は泣きそうになった。

 しかし、泣くのは早過ぎる。段々と近付いて来る足音を聞き、自らも剣を構えた。

「みんな、彼をコロシアムまで誘導したい。――行くよ」

「「「「ああ」」」」

 四人が頷いたのとほぼ同時に、殺気が急速に近付いた。

「死ねエエェェェッ」

 青かったはずの衣装を血で染め上げ、なおも滴る赤い液体を放置した男が、弦義に襲い掛かった。上を取り振り下ろされた刃だが、男が落下した場所に弦義はいない。

 何処に逃げたかと探せば、足をすくわれ転倒した。野棘が受け身を取って顔を上げると、白慈が逃げるところだった。

 白慈は足払いを成功させ、グッと拳を握り締める。

「よしっ」

「このガキッ」

「うわっ」

 白慈の腕を掴み、地面にたたきつけようとした野棘。しかし手を振り上げた瞬間、背中に気配を感じて少年を手放した。

「ちっ」

 自分の跳び蹴りを躱され、那由他は思わず舌打ちをした。しかしそれ以上休むことなく、今度は剣を抜いて野棘の剣を受け止めた。

 火花が散り、二つの刃が金属音を響かせる。

 キンキンッキンッと何度も交わり、刃こぼれを起こさないのが不思議なくらいだ。

「―――ハッ」

 野棘の剣を弾き返し、那由他は体勢を整える。止めていた息を吐き、新たな空気を肺に送り込む。そしてもう一度と地を蹴った瞬間、野棘の姿が掻き消えた。

「那由他!」

「――和世」

 瞬き程の間に後ろを取られていた那由他は、野棘の気配を感じて振り向いた。しかし、それでは遅過ぎる。

 和世が野棘の剣を受け止め、思い切り吹き飛ばした。ドンッと野棘の背中が城の壁にぶつかる音が響く。

「那由他、目的を忘れるなよ」

「わかってる」

 野棘の追撃を警戒しつつ、和世は那由他への注意喚起を忘れない。もう慣れっこになってしまった那由他は、素直に頷いて飛びすがった。

「……動きが人間じゃねぇ」

「その飛び退き方も凄いと思うけどね」

 壁を蹴り、突っ込んで来た野棘を躱す。それから宙返りして踵を野棘の背に叩き込む那由他を見て、和世は笑った。

「それは俺がホム……」

「那由他が何者かは問題にならない。きみがしてきた努力の賜物だろう」

「……」

 真っ直ぐに褒められ、那由他は困惑を浮かべた顔を淡く赤らめた。そしてその照れを振り払うかのように、勢いよく剣を振るった。

 ギギギ、と剣の刃同士が擦れて削れる音がする。那由他は野棘に押される感覚を得ながらも、その瞬間を待っていた。

「――こちらに来い、野棘!」

 ――パァンッ

 弦義の声が届くと同時に、アレシスの弓が矢を放つ。豪速で進む矢は、空気を穿ち野棘のすぐ脇を通り抜けた。ドゴッと音をさせ、向かい側の壁に大きなひびを作る。

「お前、は」

 ぐるりと首を巡らせた野棘が、爛々と輝く瞳で弦義を睨み据える。その目を真正面から受け止め、弦義は踵を返した。

「待てッ」

 弦義を追う野棘が、那由他から興味を無くす。だから那由他は、和世と共に野棘の妨害をするために疾走する。

 真っ直ぐに通った廊下をひた走り、弦義はアレシスと共に角を曲がった。アレシスは時折振り返り、野棘の足下に向かって矢を放つ。

 更に野棘の後ろから接近する那由他と和世は、壁や装飾を利用しながら野棘の意表を突く攻撃を繰り返す。壁を蹴り宙を飛んで、那由他は野棘の首を狙って剣を振るう。そして和世は足払いを放って野棘の体勢を崩し、脳天を叩き割るために剣を振るった。

「―――っ、駄目か!」

「簡単に殺せるなどと思わないことだな」

 やったかと思った直後、和世の剣は野棘に弾き飛ばされていた。丸腰になった和世が後退すると、野棘は一気に距離を詰める。

「なっ」

「死ね」

 息つく間もなく懐に入られ、和世は死を覚悟した。心臓を串刺しにされ、死ぬと夢想した瞬間だった。

「勝手に死ぬことは、僕が許さない!」

「グッ」

 野棘の横っ面が歪み、何かに吹き飛ばされて壁にぶつかった。唖然と立っていた和世は、目の前に着地した青年を見詰め、驚きを隠せないままに彼の名を呟いた。

「つる、ぎ……」

「和世、きみはここで死んではいけない。全て終わったら、僕の傍にいてもらうから。那由他と、白慈と、アレシスと……きみに」

「弦義、ごめん」

 素直に謝った和世に、弦義は「仕方ないな」と微笑んで見せた。弦義の手には剣があるが、先程野棘を突き飛ばしたのは彼の蹴りらしい。

 弦義はフッと短く息を吐くと、よろよろと立ち上がる野棘を一瞥した。そして、最終決戦の場を口にする。彼の瞳は、何度も刺客を怯えさせたあの威

「コロシアム、だと?」

 野棘の瞳が鋭さを増す。彼にとって、コロシアムとは罪人の処刑場だ。そんな場所に自分が立つとはどういうことか、それを察して怒りを露わにしたのだ。

 弦義も野棘が怒ることは承知で、この作戦を決行している。

「そうだ」

 たった一言応じ、背を向ける。怒りに震える野棘が背を貫かんと動くことはない、と確信していたから。

 真っ直ぐに王城の出口へと向かう弦義を、和世と那由他が追う。彼らの行く先に、扉を開けて待つ白慈とアレシスの姿があった。

 扉を潜り外に出て、歩く。弦義の横に、白慈が追い付いてきて口を開いた。

「行くの?」

「ああ、行くよ。白慈は留守番してる?」

「まさか。共にいるって、言っただろ?」

「そうだね」

 胸を張って笑う年下の少年に頷き、弦義は今度こそ覚悟を決めた。

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