第46話 判定結果

 翌日、弦義たち五人の姿はグーベルク王国の王都ヴェルシアの入口にあった。彼らを見送るために伊斗也とルーバルク、勝悟が顔を揃えた。桜花は警護の関係で城門までで別れを告げている。

 何故か弦義と桜花が別れの挨拶をしている時、周囲の目が温かく感じた。弦義がその理由を問うも、誰も彼もが笑うだけだった。

「陛下、本当にありがとうございました」

「こちらこそ。軍を動かす時は一報を頼む。必ず、お前の元へ送り届けよう」

 伊斗也の答えに頷き、弦義は彼と握手を交わした。

「これから、ロッサリオ王国に向かうのですよね?」

「ええ、勝悟さん。ロッサリオ王国の国王陛下との約束もありますから」

 弦義は和世と顔を合わせながら、勝悟の問いに応じた。

 ロッサリオ王国へ戻り、和世は海里かいり陛下に任務の報告をしなければならない。そして彼の口から、弦義の願いを叶えて欲しいと言うのだ。

 グーベルク王国とロッサリオ王国。二つの大国からの援助を得られれば、アデリシアを牛耳る野棘への大きな牽制になる。

「伊斗也陛下、馬まで頂いてしまいありがとうございます」

 馬の背に白慈を押し上げていたアレシスが、伊斗也に礼を言う。

 ロッサリオ王国、更にはアデリシア王国まで徒歩では時間がかかることを心配し、伊斗也が三頭の馬を譲ってくれたのだ。どの馬も、長距離を走ることの出来る、鍛え抜かれた名馬である。馬もまた、自信を示すかのように強くいななく。

「構わない。俺からの……いや、ここにいないいさみからの餞別だ」

「……勇第一将軍からの」

 アデリシア王国から亡命し、グーベルク王国に籍を置く元将軍はこの場にいない。それでも馬という形で弦義を激励してくれた、そのことが何よりも嬉しい。

 嬉しそうに相好を崩す弦義に、伊斗也は片目を瞑ってみせた。

「あの決闘の前夜、勇が俺の部屋に来たんだ。滅多に自ら来ることはないから驚いたが、あいつは何て言ったと思う?」

「何と言われたんですか?」

「『弦義殿下は、必ずアデリシア王国を変革える存在となられる。ですから王、彼らを信じて託しては頂けませんか?』とな」

「勇将軍……」

 じん、と弦義の胸に言葉が沁みてくる。不器用で武骨な男が垣間見せた、新たな一面だった。

 だから乗って行け。伊斗也の厚意を受け取り、弦義は頭を下げた。

「では、必ず一報します」

「ああ、勝てよ」

「―――はい」

 ひらりと馬にまたがり伊斗也に頷き返した弦義は、仲間たちの様子を見回した。

 和世は殿を務めるために弦義の後ろに移動し、アレシスは白慈を抱えるように手綱を握る。那由他は弦義が乗ったのを確かめ、彼の後ろに勢いをつけて飛び乗った。

「行こう。ロッサリオ王国へ!」

 馬の腹を蹴り、合図を送る。弦義の意思を理解し、馬が動き出す。

 颯のように走り去る弦義たちを見送り、伊斗也は「勝てよ」と呟いた。


 グーベルク王国を出て七日が経った昼過ぎ、弦義たちの姿はロッサリオ王国の王城にあった。

 伊斗也が与えた馬はどれも引けを取らない駿馬であり、きちんと休息を取れば本来の力を存分に発揮してくれた。

 馬たちは王城の兵に預け、弦義たち五人は謁見の間に通される。そこには既に海里が待ち構えており、名を呼ばれた和世が王の前で任務の結果報告を行っていた。

「……ですから、私は弦義殿下を信頼に足る人物と評価致します。どうか、陛下のご判断を賜りたく存じます」

「わかった。ありがとう、和世」

 和世を下がらせ、海里は「さて」と片膝をつく弦義を見やった。

「ここに初めて来た時より、幾分か頼もしくなったようだね。経験を積んだ、と言い換えようか」

「お褒めに預かり光栄です、陛下」

 作法通りに頭を垂れる弦義にうんうんと頷き、海里はふくよかな腹を揺らして笑った。柔和な顔がますます柔らかくなる。

「何よりも、より固い意志を感じる。――わかった、和世の意見を尊重してきみに一軍を貸し与えよう。必要になったら言いなさい」

「あ、ありがとうございます!」

 深々と頭を下げた弦義を満足げに見詰めた後、海里の目は弦義の隣で同様に頭を下げる那由他に向けられた。

「そういえば、那由他くん。この後少し時間を貰えないかい?」

「俺、ですか? ……構いませんが」

 驚き戸惑う那由他は、弦義の顔を見る。彼が頷いたため了承したが、何故自分が留め置かれるのかは全くわからない。

 そんな那由他に「怖がる必要などないよ」と鷹揚に笑った海里は、控える大臣の中から千寿を呼び出した。彼も心得ているのか、那由他について来るように言う。

 千寿に導かれて那由他が謁見の間を出て行った後、海里の目は和世に向けられた。

「和世、お前は役割を果たした。軍に戻るかい?」

「あ……」

 そうだ、と弦義は思い出す。和世は、弦義が信頼に足る人物かどうかを見定めるためについて来てくれたに過ぎない。役割を終えた今、離れる可能性もあったのだ。

 弦義は意を決し、海里にもう少しだけ和世の力を借りたいと頼もうとした。

「あの、へい……」

「申し訳ございません、陛下」

 弦義が声を上げるよりも早く、和世は海里に向かって頭を下げた。その行為に驚く弦義たちを放置し、和世は言葉を続ける。

「私は、もう少し殿下のもとで彼の為に戦いたいのです。そして国を取り戻し、新たな国造りを手助けしたいのです。……どうか、ロッサリオ王国を一時的に離れることを承諾して頂けませんか?」

「和世……」

「そうか、和世。それ程までに、殿下に惚れたか」

 喜びで言葉を失う弦義と、残念そうな中にも納得顔の海里。海里は何となく、この展開を予想していたのだ。そして弦義は、和世がもう少し自分と共にいてくれればと願っていた。

「和世、いつかはロッサリオ王国に戻ってくれよ? お前は、こちらでも必要な存在だ」

「はっ」

 頭を垂れる和世に頷き、海里は目を瞬かせている弦義に目を向けた。

「弦義殿下」

「はい」

「和世を傍に置いてやってくれ。それが彼の願いであり、おそらく君の願いでもあるだろうから」

「―――はっ。有難く、お預かり致します」

 海里には全てを見透かされている気がする。弦義はそんなことを思いながら、深々と頭を下げた。

「よかった。和世も一緒だね」

 ぴょんっと跳ねるように頭を上げた白慈が笑う。アレシスも「そうだね」と嬉しそうに微笑んだ。那由他はといえば無言だが、心なしかほっとした顔をしている。だから弦義は、和世と顔を見合わせて苦笑した。

「もう少し、僕に力を貸してくれ。和世」

「ふふっ。こちらこそお願いします、弦義」

 弦義と和世は固く手を握り合うと、互いの健闘を祈った。

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