第11話 離れ離れ

「何故、こんな所で襲われているんだ。弦義」

「―――那由他」

 衝撃を覚悟して目を閉じていた弦義が、不思議に思い目を開けると、目の前に見知った背中があった。那由他が二人の代わりに拳をガードしてくれたのだ。

 腕を胸の前で交差し、拳を受け止めた那由他はガードを解くと、一発蹴りを放った。それは那由他の登場に驚いた男の鳩尾に入り、見事吹っ飛ばす。

 どおっと倒れた部下を見て、頭である親父は目を見張った。新手の青年が戦い慣れていることを察し、ギリッと歯を噛み締める。

「貴様」

「お前に名乗る名は、持ち合わせていない」

「小癪な。全員、かかれ!」

 頭の命令を受け、十人の男たちが弦義たちに迫る。それぞれに剣や棍棒などの得物を構え、弦義と白慈はくじよりも強そうな那由他を警戒する。

 警戒されないことを利用し、弦義は敵の隙を突いて剣を抜き叩きつけた。白慈もまた、素早く大人たちの間を動いて足払いをかけた。

 弦義の剣はうまく躱されてしまったが、その分相手に隙が生まれて那由他への注意が削がれた。更に白慈の足払いが功を奏し、那由他に後ろから掴みかかろうとした山賊の一人が足をすくわれて転倒した。

「うわっ」

「頭たちを返せ!」

 そう叫ぶと、白慈は転ばせた男に馬乗りになった。そして、背負っていた剣を抜く。

 白慈の剣は彼の身の丈近くの長さがあり、到底今の白慈が扱い切れるものではない。動きが大きくなってしまうため、反対に付け込まれる危険すらあった。

 ブルブルと身を震わせながらも眼光鋭く山賊を睨みつける白慈に、腹に乗られた山賊の男は息を呑んだ。振り上げた剣の切っ先を男の胸に向け、そのまま振り下ろそうとする。

「白慈!」

 瞳の光を失った白慈を止めようと、弦義は自分に向けられた刃を弾き返した。そして、白慈に向かって手を伸ばす。しかし、無防備になった自分の背にも危険が迫っていることなど気付きもしない。

「ちっ」

 静かに振り下ろされた弦義の命を失わせる一手は、那由他の刃に邪魔されて持ち主の元へと戻った。更にガキンッという金属音に驚いた弦義の肩を引き、那由他自ら前に出て白慈の腕を引っ張り自分の傍へ寄せた。不意打ちで剣を取り落としかけた白慈の手を支えてやり、那由他は弦義を振り返る。

 そして、投げるように白慈を弦義に預ける。白慈を抱き留めた弦義が顔を上げると、既に背を向け剣を構える那由他が声を上げた。

「弦義、白慈を連れて、逃げろ」

「は……何言ってるんだ、なゆ」

「良いから。―――すぐに追い付く」

 そう言うが早いか、那由他は殺到した山賊に囲まれてしまった。しかし次の瞬間、取り囲んでいた男たちが一斉に吹き飛ばされる。

 円の中心で、那由他が剣を振り回したのだ。それによって傷を負ったのか、飛ばされた拍子に打ち所を悪くしたのか、数人がその場で伸びてしまった。

 那由他の剣は、彼がコロシアムで処刑人として命令に従っていた際に与えられたものだ。幾重にも血を吸い、心なしか重い。

 圧倒的な強さを見せ、那由他は弦義を一瞥する。その目が「早く行け」と言っているような気がして、弦義は白慈の腕を引いて走り出した。

「あ、待ちやがれ!」

 元々の目的である廃王子の殺害が叶わなくなる、と山賊たちが弦義を追おうとした。だから那由他は、彼らの前に立ち塞がった。

「お前らの相手は、俺で充分だ」

 不敵な笑みを浮かべると、那由他は山賊たちを弦義たちが消えたのと反対側へと誘導した。そのまま山の中を突っ切りながら、柄にもなく二人の無事を願う。

(ロッサリオ王国に辿り着け、必ず)

 一瞬、那由他は思考に落ちた。それがいけなかったのかもしれない。

「この、野郎ッ。邪魔しやがって!」

「!」

 いつの間にか先回りしていた山賊の一人が、クロスボウに似た武器を那由他に向けた。次の瞬間、ドスッという音と共に激痛が那由他の体を撃つ。

「う、あ……」

 体のバランスを崩した那由他は、狭い山道を踏み外す。そのまま落ちていく青年が見えなくなると、山賊の頭は部下たちに命じた。

「あの元王子を探せ! まだ遠くへは行っていないはずだ」

 頭の言葉に「おう」と応じた部下たちは、それぞれに山に分け入っていく。既に彼らの頭からは、那由他が崖下に落下したことは抜け落ちていた。


「はあっ、はぁ」

「っそ、まだ声聞こえる!」

 那由他に背中を押されてその場を逃げ出した弦義と白慈だったが、いつまでも執念深く追って来る山賊たちに辟易していた。全力で走ったためか、胸の奥がヒューヒューと嫌な音をたてる。

 しばらく足を止めずに突き進むと、開けた場所に出た。

「一度、止まろうぜ」

「駄目、だ。もっと遠くへ……こほっ」

「それこそ駄目だろ。あんた、顔色が白いぞ」

 無理にでも足を前に進めようとする弦義を引き留め、白慈はゆっくりと足を止めた。どうにか山賊たちを撒くことが出来たのか、もうあのどら声は聞こえない。

 それから苦しそうな弦義を石に腰掛けさせ、白慈は彼の背をさすってやった。最初は白かった弦義の顔色は、徐々に赤みを取り戻す。呼吸も安定して来て、白慈はようやく息をついた。

「よかった。一時はどうなるかと思ったぜ」

「ありがとう、白慈。……那由他は無事かな」

「あんた、自分のことより連れのことかよ」

 呆れながらも、白慈は自分たちが辿って来た道を振り返った。ただ植物が生い茂るだけのその先に、那由他がいるはずだ。

「確実にオレたちより強いし、大丈夫だと思う。それに、あいつは先にロッ……サリオ? に行けって言ってただろ。それを達成したら後から来るよ」

「……そうだね。僕らが戻ったら、那由他の努力が無駄になる」

 白慈に手渡された水筒から水を飲み、弦義は立ち上がった。

「行こう、白慈。この山を越えたら、ロッサリオ王国だ」

「了解」

 にやっと笑った白慈を率い、弦義は後ろを振り返らずに山道を歩く。ただ、初めての友だちとの再会を信じて。

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