物書きを殺すのが執筆だとしても

星川蓮

物書きを殺すのが執筆だとしても

吐き気に似た嗚咽を漏らし、むせび泣く。

死にたい。死にたい。感情が私の頭の中で渦巻く。


大団円のラストを迎えるために書かなければならない一幕。

それは悲劇のヒロインに自決させること。

一線を越える刹那にヒーローが命懸けで助けにくることで、ヒロインは自らを蝕む呪いから解放され、生きる決意をする。

そんな物語を書くために、私は頭の中でひたすら自決に思い至るまでのシミュレーションをした。

絶望を。無力感を。悲しみを。


その結果がこのザマだ。

捏造した感情で私が死にたくなっている。


執筆になら殺されてもいいと思っていた。

けれど実際に自分が追い詰められてみて考えが変わった。

私が死んだら、ヒロインは幸せになれない。

私が死んだら、まだ見ぬ新作の子達が生まれてこられない。

私は生きたい。生きてこの作品を仕上げたい。

だからここで心が折れている場合じゃないのだ。


顔を洗い、温かいハーブティーを淹れる。一息入れて心を落ち着かせる。


さぁ書こう。

かつて本当に死にたかったあの日、私は書くために生きると決めたのだから。


頬をぴしゃりと叩き、PCに向かう。

キーボードを叩いた先に待っているのは幸せな結末。

ヒロインと、きっと私自身の。

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物書きを殺すのが執筆だとしても 星川蓮 @LenShimotsuki

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