東京観光から一週間。諏訪は突然、行方不明になった。

「長野県の女子高校生が、行方不明に――」

 テレビのアナウンサーによると、彼女は夜中に自宅近くの雑木林に入り、そのまま消えてしまったらしい。県警が彼女の捜索にあたっていると言うが、……見つかるはずなどない。

「……行ってしまったか」

 マグカップにコーヒーを注ぎながら、松本は無機質なテレビの画面を眺めた。彼女が月に帰ったのは、これで何百回目だろうか。

「次は、いつ帰ってくるのか……」

 諦めたように、彼はつぶやく。幾度となく繰り返される別れ。……これは、二人の罪なのだ。かぐや姫と藤原不比等に課せられた、終わることのない罪。


 かぐや姫は月の王の求婚を断り、永遠の罪を背負わされた。彼女は何度も地上へと降ろされ、何度も月へと戻される。記憶を消されては悲しみ、思い出してはまた悲しむ。美しい彼女の、悲劇的な運命だ。

 藤原不比等は不老不死の薬を舐めたことで、永遠の罪を背負わされた。かぐや姫の難題に失敗してもなお、彼女を諦めきれなかった彼は、帝の目を盗み、禁断の秘薬に手を伸ばしてしまった。その後の運命が、彼女との永遠の別れであるとも知らずに……。

「かぐや姫……。あなたは何度、僕の心を苦しめるんだ……」

 藤原不比等はマグカップを持ったまま、切なそうに顔を歪めた。彼は何度もかぐや姫を見つけては、何度も彼女の傍にいようとした。時には北の果てまで足を延ばし、そして時には地位を捨て、体一つで新天地へと飛び立った。……しかしその努力の日々も、いとも簡単に崩れ去ってしまうのだ。

「『ねぇ、覚えてる』……か」

 ネットで流行った、恋愛ソング。夕日の落ちる教室で、かぐや姫は甘く口ずさんでいた。

「ずるいよ、君は……。忘れられるわけ、ないじゃないか……」

 ……彼の瞳から、細い涙が零れ落ちる。それはまばゆい朝日に溶けて、静かに消えた。

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今は武蔵野。 中田もな @Nakata-Mona

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