19 にらみ合う二人の男

 時は少しさかのぼり、伯爵の屋敷へ衛兵隊がやってきたときのことです。最後尾を歩いていた一人の若い衛兵が列を離れ、馬小屋に向かって歩き始めました。目深にかぶった帽子から金色の髪がはみ出し、太陽の光に反射してキラキラと輝いています。


「本当に伯爵の娘がこんな馬小屋に住んでいるというのか? あの日の彼女はとてもそんな風には見えなかったが……」


 金髪の衛兵が中に入ると、馬小屋独特の鼻につく匂いがして、思わず鼻をつまみそうになりました。

 馬小屋の奥には干し草の山があり、さらにその奥には干し草を敷き詰めて作られたベッドと、質素な机と椅子がありました

 柵の中からは4頭の馬がじっとこちらを見ています。


「誰だ!?」


 突然、背後から男のしわがれ声が聞こえました。

 金髪の衛兵が振り返ると、入口に老人がピッチホークを持って立っていました。

 馬の世話係のサム爺です。


「仕事の邪魔をしてすまない。僕はここに住んでいるペティという名の女性を探しているんだ。今どこにいるか知らないか?」

「……知らねえな。ここには馬とこの老いぼれしかいないね」 

「あそこにある生活用品は何だ?」

「あ、あれは……わしが馬と一緒に寝たいときのために……」

「ジイさんが鏡とくしを使うというのか?」

「くっ――」

 

 サム爺は眉間にしわを寄せ、ピッチホークの先端を衛兵に向けて身構えました。それを見た衛兵も剣を抜いて構えます。


「知らねえもんは知らねえが、……仮に知っているとしたらどうするんで? 捕まえるのかい?」

「ああ。……今度こそは、絶対に逃がさない!」

「なら、なおさら知らねえな……」


 異様な雰囲気を察知した馬たちは、ヒヒーンと一斉に鳴き出します。


「一応訊いておくが、この私がヴァレン王国の王子と知っての敵対か!」

「はっ?」


 サム爺は思わずピッチホークを落としてしまいそうになるほどに驚きました。金髪の青年は王子様だったのです。


 けれど――


「わしはあの子を守ると、皆に約束してしまったんでな! お前さんがどこの誰であろうと、わしがやることは変わらねえな!」

「僕だって、ペティを守ると決めたんだ!」

「守るのはわしだ!」

「僕だ!」

「…………」

「…………」

「一応訊いておくが、おまえさんはあの子を不敬罪で捕まえようとしているんだよな?」


 今度は王子様が剣を落としてしまいそうになるほどに驚きました。


「不敬罪なんてとんでもない! いや、確かに初めは城中が大騒ぎになったけれど、ペティは僕の命の恩人だ! 国王はペティに会ってお礼をしたいと言っているし、僕は……僕は……」


 王子はごにょごにょと言葉を濁してしまいました。

 アザが消えて綺麗になった頬を、すっかり赤く染め上げて。


「そうか。そういうことだったのか!」


 サム爺はすっかり気が抜けとしまい、へなへなと干し草の上に座り込んでしまいました。


「わしらはとんでもない勘違いしていたんですよ。それで、あの子には誰も立ち入らない森の奥に身を隠すように言って……。わしらの勘違いであの子にはまたつらい思いをさせてしまった――」

  

 そのとき突然、馬小屋に風がビューっと吹き抜けました。

 王子様もサム爺も、舞い上がった干し草や土ぼこりで、しばらく目が開けられませんでした。


 風が止むと、王子様の目の前に白馬の顔がありました。


「お前……ペティのいる場所を知っているのか? 僕を連れて行ってくれるというのか?」


 白馬はブヒィーと鼻から息を吐きました。


「おい、この馬を借りるぞ!」

「そ、その馬だけは駄目だ! あんたがとんなに乗馬に慣れていたとしても、初めての人間に乗りこなせるような馬ではないんだ!」


 サム爺は止めようとしましたが、王子様は白馬の背中に鞍を乗せ、跨がりました。

 その間、白馬は暴れることはありませんでした。


「ははっ、乗馬なんて幼いときに落馬して以来だ! 馬の背中って、こんなに高いもんだっけ?」

「はあーっ? 死ぬぞあんた!」

「ヒヒーン!」


 王子様を乗せた白馬は、力強く走り始めました。 

 ちょうどその時、3つの不気味な黒い影が屋敷の窓から飛び出してきて、森の方へ向かって行ったのです。

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