18 消えた継母と二人の義姉

 お城の舞踏会の日から三日が経っても、ペティは帰ってきませんでした。

 ペロ女の噂が遠く離れたローゼンバッハ領の町にも伝わってくると、町の人達の不安はますます大きくなっていきました。

 衛兵隊が町にやってきて、町の広場に住民が集められ、御布令を読み上げられたときには、町の人達は一様に固く口を閉ざしました。

 でも人の口に戸は立てられません。とうとうローゼンバッハ伯爵の娘が行方不明になっていることが衛兵の耳に入ってしまいます。  


 衛兵隊が伯爵の屋敷を訪ねてきました。貴族階級である伯爵といえども、衛兵隊には逆らえません。伯爵と継母、そして二人の義姉が集められ、尋問を受けることになりました。


「もう一人、ペティという娘がいるはずですが、今どこへ?」

 白髭の隊長がじろりと伯爵を見やります。


「伯爵は病を患っているので、わたくしがお答えしましょう。そのような娘はこの家にはおりません……」

 継母が答えました。

 伯爵は椅子に腰掛け、うつろな目でただ前を見ているだけという様子です。


「本当に? もし嘘をついているとしたら、ただでは済まされませんぞ?」


 ジロリと継母を睨み付け、白髭の隊長は剣の柄に手をかけました。


「た、確かにこの家にはそのような名の娘がいました。しかしあまりにも不出来な娘でしたので、この家から追放しましたの! だ、だから今はどこにいるのか分からないですわ!」


 継母は、隊長の顔と剣に被さる手に視線をすべらしながら、しどろもどろに答えました。


「ほほう……、娘の行方が分からないというのに、ずいぶんのんきなものですな、ローゼンバッハ伯爵! くれぐれもこのまま隠し通せるとは思わないことです。このまま黙っていると反逆罪で爵位を奪われ、死罪になるやもしれませんぞ!」


 今度は伯爵に向かって声を荒げました。

 しかし伯爵の表情は変わることはありません。うつろな目でただ前を見ているだけです。


「じょ、冗談じゃないわ! 血の繋がりのないあの忌わしい妹のせいで全てが失われてしまうだなんて!」

「私たちはあの子とは何の関係もありませんわ! ねえ、お母さま!」

「その通りです! あの娘はローゼンバッハ家とは無関係なのです! 国中の草木をかき分けてでも早く探し出して捕まえてください! そして首を切り落とすなり焼き払うなり、なんなりとなさってくださいな! そうだわ、あの娘を捕らえて差し出した者には10年間の納税を免除すると領民に伝えましょう! さあ、今すぐに!」


 継母は伯爵の耳元に口を寄せて、ニヤリと笑います。その後ろで二人の義姉も口元をゆがめて笑います。

 三人は気付いていなかったのです。伯爵の頬をなでるようにふわっとした風が吹き、指の先がピクピクと動き始めていたことを。


「ペ……ペティは……」


 伯爵の口から絞り出すような声が出ます。


「ベティは……私の愛する娘だ。それなのに私は……ペティを家から追い出して……しまった!」


「な、なにを……?」


「もしペティが罪を犯してしまったのなら、その責任は親である私にある! どうか私を裁いてくれ! そしてどうか娘だけは見逃してくれないか?」


「な、なんと愚かな男よ! もう付き合いきれぬわ!」


 突然、継母の様子が変わりました。

 髪が急に伸び、伯爵に向かって先端が槍のように突き刺っていくではありませんか。

 しかし、その寸前に白髭の隊長は剣を抜き、伯爵の前に立ちはだかっていました。

 

「ローゼンバッハ伯爵、その想いはお嬢さんに直接言わねば届きませんぞ?」


 白髭の隊長は継母に剣を向けつつ、後ろの伯爵に向かって言いました。

 他の衛兵たちも剣を抜いて構え始めたとき、急に目が開けられないほどの突風が部屋の中に吹き込み、テーブルは倒れ、椅子は宙を舞いました。


 風が止むと継母と二人の義姉はどこにも姿がありませんでした。

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