14 悪い言霊

「相手をしてくれる殿方がいるとでも思っているのでしょうか?」

「うふふ、泥で汚れたドレスを着た娘を誘うような殿方がいたら、顔を見てみたいものだわ。きっと同じように汚らしい男なんでしょうけれど」

「残念ながらこの会場にはそんな男はいなくてよ」

「街の酒場にでも行ってみるといいわ」


 ペティに向けて容赦のない言葉が投げつけられます。

 でも、ペティは口を真一文字に結んで歩き続けます。

 そうしないと涙と共に悪い言霊ことだまが口からこぼれ出てしまいそうでした。

 それに、サリーと町の人達が一所懸命に頑張ってくれたことを思うと、絶対にこの場から逃げ出すことはしたくなかったからです。


 ダンスをしている男女の中に入ったペティはピタリと歩みを止め、片手を上げて構えます。

 月明かりの下で、馬たちと共に踊ったあの時のポーズです。


 音楽隊が奏でる豊かな音色と軽やかなリズム。

 シャンデリアの照明に照らされたペティの指先が小刻みに動き、それが足の先へと伝わり、ペティの一人ダンスが始まりました。


「あれを見て。一人で不思議な踊りをしている娘がいるわ」

「うむ。だが、とても楽しそうだ」

「見覚えのない顔ね」

「一体どこの家の令嬢だ?」


 ダンスをしていた人達もペティのことを気にし始めます。

 馬たちと戯れるような動きをするペティの独特な踊りは、見る人の目を釘付けにしていきます。

 やがて音楽隊までもがペティの踊りに感化されたように、楽しい曲調のメロディを演奏をするようになっていきました。


「女が一人で踊るなんて……」

「無作法な振る舞いだこと」

「でも、これは……」


 ついさっきまで意地悪な言葉を吐いていた女たちも、自然と身体を揺らし始めます。


 自分がすっかり注目の的となっていることには全く気付かずに、ペティはただただ音楽に合わせて踊っています。

 誰からもダンスに誘われなくても、一人で楽しく踊って町へ帰れば、『とても楽しかったわ。ありがとう』と皆に言えるからです。

 ただそれだけのために、ペティは踊っていたのです。


 ところがその時、会場の奥から、とても不機嫌な顔をした二人の女がペティに近づいて来ていたのです。


 ペティがポンッとジャンプして、くるっと回って床に足を付けようとした時、細い腕が伸びてきて強く押されました。

 ペティは短い悲鳴と共に倒れ込んでしまいます。 

 

「あんたがなぜここにいるのよ!」


 ペティを突き飛ばしたのは下の義姉のクローネでした。からすのように真っ黒な瞳がシャンデリアを背に向けられています。


「馬小屋の臭い匂いがすると思ったら、あんただったのね!」


 クローネの隣で、上の義姉のヒエラが鼻をつまんでいます。

  

「お、お姉さま方……ご機嫌麗しゅうございます……」 


「機嫌がいいわけないでしょうが! お城の舞踏会だからって期待していたのに、王子様がいないなんて騙された気分だわ!」

「どうせあんたも、一発逆転の運命を期待して来たんでしょうけれど、残念だったわね!」

「みなさーん! 馬小屋に住んでいる貧しい身分の娘が紛れ込んでしまったようですわ! 衛兵を呼んで捕まえてくださーい!」


 ペティはもとから踊りが済んだら町へ帰るつもりでしたが、二人の義姉の言葉にすっかり気が動転してしまいました。

 もう、右も左も分からなくなってしまい、両手で顔を隠したまま走り出しました。


 会場の奥からドタッという音がしたきり、その姿が見えなくなったものですから、一度止まっていた音楽隊の演奏も始まり、何事もなかったかのように舞踏会が再開されました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る