Ⅵ お城の舞踏会

 あれから6年の歳月が流れました。


 ローゼンバッハ領内の不作は相変わらず続いていて、すでに伯爵家の資金は底を突きかけており、お屋敷で働く使用人も半数は解雇かいこされておりました。

 解雇された元使用人たちは実家で家業を継いだり、各々の得意なことを生かして新しく商売を始めていました。

 その業種は大工、花屋、靴屋、服の仕立て屋、装飾品作りと多種多様にわたります。

  

 ペティは18歳になりました。

 身なりこそ質素ですが、もう社交界に出てもおかしくない一人前のレディです。


 そんな彼女は今、どんな生活をしているのでしょうか。


 馬小屋で朝を迎えると、サム爺と一緒に馬たちのお世話をします。

 それが終わると、門番にあいさつをして歩いて町へと出かけます。

 町ではお店の手伝いをしたり、花に水やりをしたりしながら、楽しくおしゃべりをします。

 ペティはどこへ行っても大人気です。

 彼女の歩く先には笑顔の花が咲き誇ります。

 そして日が傾く頃には、門番と他愛のない会話を交わしながら馬小屋へ戻っていきます。

 

 これが彼女の日課です。



「こんなはずではなかったのに……」

 悔しさいっぱいの顔で継母は指の爪をかんでいます。


「忌々しい子だわ。屋敷を追い出されたというのに、なぜ笑っていられるの?」

「いっそのこと、馬小屋ごと燃やしてしまおうかしら。ねえお姉様、それがよろしいのではなくて?」 

「でも、そこまでやってしまうとあの男も黙ってはいないでしょう……」


 二人の義姉は継母に視線を送ります。

 すると不機嫌そうな顔で口を開きかけた継母は、ハッと何かに気付いたような表情に変わりました。


「ウフフフ、アハハハ、クックックッ……」


 継母が笑い出すと、二人の義姉は顔を見合わせて首を傾げました。


「どうやらわしらにも運が向いてきたようだよ。とうとうお前達の出番がやってきたんだよ!」


 そう言いながら継母は細長い指を扉の方に向けます。

 メイドのサリーが手に何かを持って入ってきました。


「奥様、お嬢様方……書簡しょかんが届きましたのでお持ち致しました……」

 

 中身を読んだ義姉たちは、一気に色めき立ちました。


「お城の舞踏会に招待されたわ。王子様に見初みそめられるチャンスよ!」

「わぁ、何を着ていこうかしら!」


 途端に二人の義姉は気にくわないペティのことなど忘れて、舞踏会の支度に大忙しになりました。


 その様子を横目に見ながら、サリーは机の上に残されたもう1通の未開封の書簡をそっとポケットに忍ばせ、馬小屋へと向かうのでした。



「まあ素敵。お城の舞踏会ですからきっと豪華絢爛ごうかけんらんなのでしょうね。お姉様方もお喜びになるでしょう」

「何を他人事のようにおっしゃいますか。これはペティお嬢様に届いた招待状なのですよ?」

「わたしに届くわけないわ。仮にそうだとしても、きっとお城の人はお忙しいから間違えて送ってしまったに違いないわ」


 ペティは眉根を下げて言いました。


「間違いなどではありません。ペティお嬢様はれっきとした伯爵家のお嬢様なのですから、お城の舞踏会に出席される資格は充分お有りですよ」


 サリーはぐいっと顔を寄せて言いました。


「でも着ていくドレスがないわ」

「ドレスがあれば行っていただけますね?」

「でも靴だって……」

「靴があればいいのですね?」

「お城までは歩いてはいけないわ」

「馬車があれば行けますね?」


 ペティは一歩一歩後ずさりしながら目を丸くしています。


「ちょっと待って! サリー、あなた今日は様子が変よ? それに、そんな夢のような話をしていると……」

「どうなのです?」

「……なんだかとっても楽しくなってくるわ」


 それから二人は夜通しおしゃべりを続けました。

 舞踏会へ着ていくドレスはどんな色が良いとか、靴は踊りやすいように低めのものが良いとか、どんな髪飾りで髪を編み上げたいとか。

 それをサリーはうんうんと嬉しそうに頷きながら聞き入っていました。

 


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