Ⅴ 馬小屋の診療所

 ペティが白馬の怪我を治したといううわさは、使用人達の間で密かに広がっていきました。


 その数日後、今度は庭師が木から落ちて手足に大けがをしました。

 しかし使用人達が見守る中、ペティが傷口をペロリと舐めてみると、傷口がたちまちふさがって元通りになっていくではありませんか。

 これにはペティ自身も驚きました。

 たった一度きりだと思っていた『特別な力』はまだ残っていたのです。


 翌日から馬小屋は即席の診療所となりました。

 ペティに傷口をペロリと舐めてもらうと、どんな傷でもみるみるうちに回復します。

 料理人がうっかり包丁を滑らせて負った傷も、たちどころに治りました。

 メイドがうっかり部屋の扉に指を挟んだときも、あっという間に元通り。


 ただ、怪我をした使用人は、みんな申し訳なさそうに馬小屋へとやって来ます。

 だって、レディというにはまだ小さいけれどペティはもう12歳。

 多感なお年頃なんです。

 そんな彼女に治療のためとはいえ傷口を舐めてもらうのですから、気が引けるのも無理はありません。


 でもペティの笑顔をみるとホッと一安心。

 ペロリと舐められて、キラキラした笑顔で見送られると、心まですっかり洗われたような気分になって、それぞれの仕事場に戻って行きました。


 馬小屋の診療所の噂は領民にも広がり、ペティの元には農作業で怪我をした人などがやってくるようになりました。

 どんな相手にも分け隔てなく接するペティは、次第に領民からも慕われるようになります。

 その様子を見た使用人達はペティこそ伯爵家を継ぐにふさわしいと思いました。

 しかし、そんなことを口に出すと、伯爵夫人とその連れ子に何をされるか分かりません。

 皆、口をつぐんで我慢していました。


 ところが馬小屋の診療所の話がとうとう継母と義姉たちの耳に入ってしまいます。三人はすぐに伯爵の元へと集まりました。


「追い出したとはいえ、元伯爵家の娘が下民共げみんどもの体をペロペロと舐めまわるなんていやしい行いを断じて許してはなりませんよ、おとうさま!」

「それに馬小屋といえど、あそこは屋敷の一部。そこに下民共が勝手に入るなど許してはなりませんよ、おとうさま!」


 二人の義姉に迫られた伯爵は、すっかりやつれた顔で、こくりとうなづきます。

 その後ろで継母はにやりと笑みをこぼしました。


 次の日からローゼンバッハ家では、許可のない者を敷地内に立ち入らせないように、剣を持った門番を立たせるようになりました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る