Ⅸ 輝くドレスと革の靴

 ペティが花屋の次に来るように頼まれていたのは服屋でしたが、その移動までの時間はとても賑やかなものとなりました。

 なぜならペティの後ろには、花屋にいたほとんどの人達がぞろぞろと付いてきているからです。

 ペティは理由を尋ねましたが、みんなニコニコ笑っているだけでまともに答えてくれそうもありませんでした。


 そうこうしているうちに一行は服屋に到着しました。


「お嬢様、お待ちしておりました。さあさあ、遠慮なく中へお入りくださいな!」


 口ひげを蓄えた初老の店主が出迎えてくれました。

 ハンガーに掛けられた色とりどりの服の間を通っていくと、カウンターの前にはなんとも立派なドレスが掛けられているではありませんか。


 ふわりとした肩紐がレース模様に編み込まれていて、そこから細く引き締まった腰のライン、そして大きく広がったスカートは光に反射して青い宝石のようにキラキラと輝いて見えます。


「わあ、素敵!」


 思わずドレスへ駆け寄ったペティは、つい手を触れてしまいそうになり、ぐっとこらえて後ずさりします。


「こちらのお品物は、とある筋から入手した貴重な生地を使用し、我が店専属の仕立て職人が総出で作りましたので、気に入っていただけたのでしたら皆も喜びますよ」


 店主は口ひげを触りながら満足そうに微笑みました。


「本当に素敵だわ。これを着てパーティに出かける人はきっと注目の的になるわね! ああ、わたしもいつの日かこんな素敵なドレスを着て……」


 ペティはため息交じりに言いながら、はたとあの日のことを思い出したのです。そう、サリーを相手に夜通し夢を語った馬小屋での出来事を――


「ささ、早く着替えましょう!」


「えっ」


 店主のかけ声を合図に、元メイドの3人が手早く動き始め、あれよあれよという間に着替え終わってしまいました。

 不思議なことに、ドレスはペティの身体にぴったりと合っています。


「いかがですか、お嬢様……」


 店主に鏡を向けられ、ペティは思わず息を飲みました。

 鏡の中には絵本から飛び出したお姫様がいたのです。


「素敵……」


 うっとりとした顔でつぶやきましたが、よく考えればそれは紛れもない自分の姿なんです。

 すると急に恥ずかしくなってきて手で顔を隠しました。

 またここでもいつの間にか所狭しと多くの人が集まっていて、みんな嬉しそうな顔でペティをじっと見つめているんですから。


「あのぅ……わたし今日、お店のお手伝いにきたのだけれど……?」


「まだ分かりませんか? ならば、次へと参りましょうか!」


 服屋の店主がパチンと指を鳴らすと、今度は奥から靴屋の店主が出てきました。


「えっ、靴屋さん? ……今日はお店が忙しくて大変だって聞いていたのでこれから行こうと思っていたのだけれど……?」

「ほっほっほっ、たしかに忙しいですよ? なにしろ今日のわたしにはこちらのお品物をお嬢様の元へお届けするという大切な仕事がありましたからね?」


 床に置かれた靴は、綺麗な花の模様が掘られた革の靴です。


 ペティは確信しました。

 これはお城の舞踏会へ行くことが叶わなかった自分のために、サリーが手を尽くしてくれたに違いないと――

 だって、赤とピンクの大輪の花が飾られた髪、光り輝くような青いドレス、花柄の靴は皆、サリーに語った自分の理想の姿だったのですから。


 皆に促されて靴を履いてみると、やはりペティの足にぴったりでした。


 わあっと歓声が上がります。


「ありがとう皆さん。わたしとっても嬉しいです! この素敵な思い出は絶対に忘れません!」


 涙をうかべながらペティはお礼を言いました。


「では、汚さないうちに全部脱がないといけませんね……」


 肩紐に手を掛けようとしたペティの手を元メイドが慌てて止めました。


「脱いではなりません! なにしろこの美しいお姿を見せるべき相手は、我々ではないのですから!」


「でも無理なのよ! せっかくここまで皆にしていただいたけれど、わたしにはお城まで行くための馬車がないのだから!」


 ペティの目から涙がこぼれ落ちます。二人の義姉を乗せた馬車は既に城へと向かっているはず。だから、舞踏会が開かれる夜までにお城へ向かうことは、もう叶わないのです。


 それなのに、皆は笑顔のままペティを見ています。

 一人で涙を流しているペティはなんとも不思議な気持ちになってきました。


 そのとき、お店のドアが勢いよく開かれます。

 驚いたペティと、口がほころんだままの皆の視線がドアの方に集まりました。


 そこに立っているのは全身が泥だらけになった一人の農夫です。


「す、すまない皆! 途中で泥濘ぬかるみにはまってしまい馬車は立ち往生してしまったんだ! 立派な馬車でお嬢様を送るという作戦は失敗したんだ!」


「えっ……」


 一瞬にして、皆の顔が凍り付きました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る