Ⅷ 生花の髪飾り

 ペティが最初に来るように頼まれていたのは花屋です。そこは町外れにある小さな花屋ですが、元気で話好きな女店主を目当てにお客さんが次々に訪ねてくるお店でもありました。

 ところが今朝は少し様子が変です。いつもは開けっ放しのドアが閉まったままですし、店先にも人の気配がありません。

 ペティが中の様子をうかがいながらドアに手をかけたその時です。ドアが独りでに開いたかと思うと、ペティは誰かに手首をつかまれて店の中にぐいっと引き込まれてしまいました。


「さあさあ、こちらにお座りよ!」


 その声は女店主でした。

 彼女はペティの両肩に手を乗せ、後ろからぐいぐい押して店の真ん中に置かれた背もたれ椅子まで連れて行きます。

 ペティは戸惑いながらもそこへ腰をかけるしかありません。


 目をパチクリして驚いていると、奥から三人の女の人が革のカバンや木箱の道具入れを持って出てきました。

 見覚えのある彼女らの顔を見て、ペティはすぐに気付きました。三人とも数年前にお屋敷を解雇されたメイドたちです。


「お嬢様……ほんのわずかの間お見かけしないうちに、いっそうお美しくなられて……これはわたくしどもの腕が鳴りますわ!」

「まずはわたくしが毛先を揃えるために髪をカット致しますわ!」

「それからわたくしは腕によりをかけて髪を結わえさせて頂きますわ!」


 三人の手によって、あれよあれよという間に髪は整えられ、結われていきました。

 

「じゃ、最後の仕上げは私の出番だねぇ」


 女店主が色とりどりの花を手に取り、ペティの髪に挿していきます。

 世にも珍しい生花の髪飾りのできあがりです。


「いかがですか、お嬢様……」

「えっ」


 鏡を向けられ、ペティは思わず息を飲みました。

 鏡の中には絵本から飛び出したような綺麗なお姫様がいたのです。

 ブロンドの髪はなめらかな曲線を描くようにアップに結われ、赤とピンクの大輪の花が飾られていて。


「素敵……お姫様みたい」


 うっとりとした顔でつぶやきましたが、よく考えればペティにとってそれは紛れもない自分の姿なんです。

 急に恥ずかしくなって手で顔を隠しました。

 それに今日は人手が足りないと聞いていたのに、いつの間にか店の中には多くの人が集まっていて、みんなペティをじっと見つめているんですから。恥ずかしさは何倍にも膨れ上がりました。


「あのぅ……わたし今日、お店のお手伝いにきたのだけれど……?」


 真っ赤な顔をして、店主に尋ねます。


「ええ、ええ、お嬢様にはこれからお手伝いをしていただきますとも。その髪に挿したうちの店の花をたくさんの人に見せつけてきてくださいな」


 そう言うと、店主はいつものように元気良く笑いました。

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