第弐拾陸話 あなたとあなたの重なり哉

 千坂碧ちさかあおい


「多賀城跡まで案内してよ」

 風が吹き抜ける中央公園沿いの道路でからももさんは突然言い放った。

「確かにここからならすぐ行けるけど……」

 ここから多賀城跡はとても近い。

 あそこは個人的に思い出深い地でもある。


 少し渋い顔している俺を見て、杏さんはさらに理由を付け加えてくる。

「私ってまだ多賀城に来てから1年しか経ってないの。多賀城の現代的な面には自然と触れられているし、そこの魅力はこの1年でとても感じたの。とても良い街なんだってね」


 杏さんは高校入学を機に奈良県から宮城県多賀城市に引っ越してきた。

「杏」という苗字は奈良県に多いみたいだ。こちらでは馴染みのない苗字のため一目で「からもも」と読めた人は少ないんじゃないだろうか。

 杏さんは多賀城市での1年間の生活をとても好意的に捉えてくれているみたいだ。


「でも、歴史的な史跡とかにはまだ行ったことない。それに多賀城市からあやめ祭りの運営協力の依頼や多賀城市の知名度アップの一部を託されている多宰府たざいふ高校生徒会執行部副会長が多賀城市の歴史的側面を知らないなんてダメだと思うんだけど。そうでしょ? 会長さん」


 杏さんが口にした言葉は本音なのか、はたまた俺の話を聞くための建前なのか。

 すぐには判断できない。

 どちらの意図もはらんでいる。

 そう思った。


 俺には断る理由があるのだろうか。

 理由らしき理由は「話をしたくない」

 これになる。

 第一に杏さんが一緒に帰ろうと突然誘ってきたのは今日の会議での最後の言動が原因。

 1週間前の多賀城市長との初対面の会議ではあそこまで啖呵を切ってみせた男が今回の会議がどうだろう。急に自信がなくなったようにしぼんでしまい、最後はごまかすざまだ。


 俺がどうして今回踏みとどまったのか。

 それを教える気は誰にもない。

 今のところはそう思う。

 内側に閉じ込めておく。

 だが、それが俺だけの想いなら簡単にいく。


 この想いにはみおの想いが重ねられている。

 それを閉じ込めておく権利さえもそれを吐き出す権利も俺にあるのかわからない。


 澪の願いを、夢を叶える。


 それは俺にとって何のか。

 俺の夢なのか。

 それとも澪の夢だから俺はそう勘違いしてしまっているのか。


 わからない。

 それに尽きる。


 俺は澪になんて言われるんだろう。

 きっと。

 あの時と同じ言葉が返ってくるんだろうな。


 今の整理できていない感情を内側に閉じ込めておきたい気持ちと吐き出してしまいたい気持ちが混濁している。


“杏さんなら”


 俺が一番嫌だったことを俺は今無意識におこなっていたのだ。

 澪と杏さんを重ねてしまっていた。

 杏さんならわかってくれるんじゃないか。

 そういう想いが心の奥底で無意識的に芽生えたことに気づけなかった。


 気づけば俺は歩みを進めていた。

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