第弐拾伍話 瑠璃色の瞳に飲み込まれる哉

 千坂碧ちさかあおい


 俺は学校を出て、ある場所へと向かっている。

 隣に?いや、少し斜め前にはからもも汐璃しおりがいる。


 こうやって2人で歩くのはこの前の部長会議以来だ。


 2人でいるとどうしても俺の記憶のなかのみおと重ねてしまう。

 澪とはほぼ毎日一緒に学校に登校して、下校していた。

 だからその横顔は脳裏に焼き付いて離れない。


 けれど、目の前にその横顔があるのは2年ぶりだろうか。

 澪とは違うと頭では思っていても、心と身体が従わない。

 澪と判断してしまっている。

 それが良いことなのか悪いことなのか。

 もはや俺には判断がつかないし、できない。


「はぁ……」

 一旦立ち止まり青を飲み込むように広がる朱色の空を見上げ、溜息をつく。


 目線を前に戻すと覗いていた瑠璃のように透き通った瞳が。


 その美しく、篤実な視線に思わずたじろいでしまう。


「な、なに?」

「前向かないと危ないよ?」

「う、うん」

「何か考え事?」

「いや、なんでもないよ」

「そっか」

 何とか誤魔化したがその瞳のまえでは心のうちを見透かされている。

 不思議とそう思った。


 そのまま言葉を交わさずしばらく歩き続ける。

 杏さんはどうして一緒に帰ろうなんて言ったんだろうか。

 さっきの会議でのことかな……

 理由も明かされないまま半ば強引に連れ出された。


 目の前の交差点の信号が赤になる。

 50m先には土のサッカーコートが2つある。


 多賀城中央公園


 サッカーを小学校4年生で始めて、学校終わりは毎日のようにここで1人ボールを蹴り続けていた。

 何となく澪にばれたくなくて秘密にして練習してた。

 1か月くらいでばれたけど。


 多分格好悪いところを見せたくなかったんだろうな。

 澪に知られてからは毎日ゴールに向かって蹴ったボールを澪が返してくれた。


 あの日の残像が今も残っている。

 ここに小学校4年生の10歳の2人の姿がありありと浮かび上がる。


 信号が青になる。

 そんな回想を許さないと言わんばかりに前へ進めと圧力をかける。

 澪のいた時間にばかり思いを馳せるなって神様も考えてるんですかね。


 俺だってそうしたい。

 だから自分で自分に時間を与えないようにこの2年間は過ごしてきた。

 時間があると心が勝手にあの時間を再生してしまう。


 それは高校に入学してからさらに拍車をかける。

 そう杏汐璃きみが俺の目の前に現れてから。


「また、ぼーっとしてる」

 信号以外にも回想を許さない存在がいた。

「いや、ちゃんと歩いてるけど」

「ぼーっとしてる。そんな顔してたよ」


 杏さんはくるりとまた前を向き、歩き始める。

 強い風が吹き抜ける。

 風がちょうど中央公園の真横に通っているため、風を遮るものがない。

 杏さんのハーフアップで結わいでいる黒くどこか紫が混じっているような髪が一本一本きれいに柔らかくなびく。


「一緒に帰るの嫌だった……?」

 音の波が風にさらわれて聞き逃してしまうそうな波長。

 それでも俺はなんとかその波を鼓膜まで届けることができた。


 少し答えることに悩み、しばらくしてから声を発する。

「杏さんが誘ってくれたのはきっと何か気になること、胸につっかえることがあったからでしょ。うん……だから俺のことを思ってじゃないの……?」

「分かってたんだね。なんか恥ずかしいよ」

「こんなこと言って見当外れだったらこっちが恥ずかしいよ」

 杏さんはさっきまでとは違って柔らかい表情を見せる。

 さっきまでの固い表情は緊張してた証だったようだ。


「なんかこういうの柄じゃないからあまりやったことなくていつ切り出せばいいかわかんなくなって……」

「どこか話せるところって言ってもこの辺お店ないからな……」

 2人の現在地である多賀城市の浮島うきしま地区はお店というお店はコンビニしかない

 思案していると杏さんが何か思いついたのか声をあげた


「それじゃあ、多賀城跡行きたいな。ここからすぐでしょ? 案内してよ」

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