第9話:地獄の館にて(間話)
地獄――女神の館
「やだやだやだああああああ私も地上にいくううううううううう」
女性の声が響く。骨で出来た玉座のある部屋で、ゴロゴロと床を転がっているのは、薄い布を纏った黒髪の美しい女神だった。しかし、その行動は駄々をこねる子供そのものだ。
「ダメに決まってるでしょうが!!! ただでさえ、ケルベロスがいなくなって大変なんですから!!」
それを見て、母親のような口調で叱りつけているのは、オールを肩に担いだ暗い青髪の美女だった。獣の革を縫い合わせたボロボロのローブを纏っており、頭部には帽子のように何かの獣の頭蓋骨を乗せていた。
「シャロンのケチ! 守銭奴!」
「守銭奴はあんたでしょうが……へカート様」
オールを持った美女――シャロンがため息をついた。主人であり、この地獄とそれに属する神を統べるへカートは、溺愛していたケルベロスが脱走した時からずっとこんな調子だった。
地上と地獄の間にある冥府の河を渡り、地上に出るには、渡し守であるシャロンの許可が必要だった。ゆえに例え地獄の女神であるへカートですらも、シャロンの許可無しに地上に出ることは不可能だった。
例外があるとすれば召喚などといった転移であるが、そもそも神を召喚する術は地上から既に失われて久しい。
よって、へカートはシャロンを説得しないと地上にはいけなかった。
「私も地上行くうううううう。美少女化したケルベロス三姉妹といちゃつきたいいいいい」
「絶対に嫌がられますよ……そもそも毎日毎日懲りずに〝ケロちゃんちゅきちゅきちゅっちゅちゅっちゅ〟とか言ってうざ絡みするから、逃げられるんですよ」
「なんで!? 愛だよ!?」
ガバリと起きあがったへカートから、シャロンが目を逸らした。
「一方的かつゲロ重な愛は時に有害なんですよ……」
「げ、ゲロ重……」
「とにかく、ケルベロスがいないのを良いことにこの館やタルタロスから脱走して地上に行こうとする馬鹿亡者とそれを煽るクソ神共を何とかしてください! 追い払うの大変なんですから!」
「めんどくちゃい」
「ぶっ殺しますよ」
「死んでも死にませ―ん! 地獄の女神は永遠に不滅でーす」
おどけて、神とは思えない表情を浮かべるへカートを見て、シャロンが周囲の空気が凍りつくほどのため息をついた。
「これ以上用がないなら帰ります。それでは」
シャロンが帰ろうとすると、部屋の真ん中に突如魔法陣が浮かび上がった。
「ゲスの臭いがする」
「光の魔法陣?」
魔法陣から現れたのは半透明の翼の生えた少年――ルミアスだった。
「やあ久しぶりだね、へカート。それにシャロン、相変わらずエッチな格好をしているね。今度一緒に船上デートで――」
その言葉の途中で、黒い激流纏ったオールと、暗い炎がルミアスを魔法陣ごと爆散させる。
「ジジイの癖にガキの姿をしている時点で虫唾が走る」
「こればかりは完全に同意しますよへカート様」
攻撃をした二人の美女が憤怒の表情で、砕けた床を睨み付けた。
「いやだなあ、これは幻を投影させているだけだから攻撃しても無駄だってば~」
半透明のルミアスがヘラヘラと笑っているのを見て、更に攻撃を仕掛けようとする二人だったが――
「さて本題だけど、ついに〝混沌の欠片〟の一つが見付かったよ」
ルミアスの言葉に、攻撃を更に仕掛けようとしていたへカートが動きをピタリと止めた。
「……そう言うことは先に言いなさい」
「言う前に攻撃してきたのはそっちだろう?」
「あんたがウザいからよ。それで場所は?」
真面目な表情のへカートを見て、ルミアスが不敵に笑った。
「どこだと思う? 君の愛する忠犬がヒントだ」
「……まさかレヘルト王国?」
それは、ケルベロス達が現在いる国の名前だった。へカートは眷属であるケルベロス達の動向を当然把握しており、大体の事情は察していた。
「その通り。しかもあの迷宮都市ゼラスにある地下迷宮内だ。なんと偶然にも……ケルベロス達もそこに今向かっている」
「勝手に人の眷属に力を与えておいて何を言うかと思えば……向かわせたのは貴方でしょ?」
「まあね。でも我が見出した預言者と、たまたま彼に召喚されたケルベロスのいる街の地下で〝混沌の欠片〟が見付かったのは……偶然だと信じたいけどね」
その意味ありげな言葉に。へカートが目を細めた。
「まさか例の羊飼いが〝混沌〟と何か関係が?」
「それは我にも分からないさ。でも、〝混沌〟については何も分かっていない。分かっていないからこそ、あらゆる可能性は探るべきだ」
「……下手に力を与えたのは悪手じゃないかしら?」
その言葉に、ルミアスはすぐに言葉を返さずに……目を閉じた。
かの羊飼いには彼とへカートの力を一部譲渡している。
それは、あるいはこちらへと向けられる剣になるかもしれないことも、分かっていた。
「かもしれないね。でも、彼が適任であることも確かだ。それは君も分かるだろう? なんせ【羊飼い】でありながら君の寵愛を受けたあのケルベロスを召喚するぐらいだ。我らでも想像し得ぬ力を持っているのかもしれない」
「光と闇。その狭間を歩く者ね……」
「我は彼を信じるよ……君は好きにすればいい。というわけで話は終わり。それじゃあ、息災で」
ルミアスが笑顔のまま、消えていった。
「……英雄か、災いか」
「どうされるのですか、へカート様」
骨の玉座に座り考え込むへカートが、シャロンの問いに答えた。
「あの【羊飼い】には既に〝混沌払い〟の力を与えているから、これ以上を与える気はないわ。でも、ケルベロス達は支援するつもりよ……それで
そう言って、へカートが目を閉じた。
世界の調和の行く末が静かに、一人の羊飼いとそのパートナーとなる三人の少女に託されたのだった。
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