第5話:パートナーだから(プチざまあ回)

「……ゴリアス」


 ロスカに続き、セトも受付前で殺気を放つゴリアスに気付いた。


「セトっ! てめえ! どの面下げて出てきやがった!! 人の依頼取りやがって!」


 ゴリアスが大股でセトに近付いてくる。


 しかしセトは目を逸らさず、一歩も引かない。


 もう目の前の男は親友でもなんでもない――悪意ある相手なのだから。


 そして遅かれ早かれ、同じ冒険者をしていれば、どこかで鉢合わせるのは分かっていた。


「事後報告で申し訳ないけど、パーティは抜けさせてもらったし、依頼も報告させてもらったよゴリアス。僕は、新たな仲間と共に冒険者パーティ――【六芒星ヘキサグラム】を結成したから。それじゃ、頑張ってね」


 セトは目の前に立つゴリアスへとそう冷静に告げると、その脇を通ろうとする。


「ふざけんなてめえ!!」


 ゴリアスがセトへと手を出そうとした瞬間。


「へ?」


 ゴリアスは盛大な音を立てて、床に倒れていた。本人も何をされたか分かっていない。


「なにこの雑魚。こいつが例のやつ?」


 そう言ってゴリアスの背中を踏み付けたのは、ケルトだった。周囲からゴリアスに注がれる視線は冷たい。


「何……今の」


 腰をぬかして床にへたり込んだアワナは信じられないとばかりに、口を開きっぱなしにしていた。自分の見たことが正しければ……あの少女は一瞬で間合いを詰めると、ゴリアスに足払いをかけて転倒させたのだ。


 【光魔導師】のスキルで視力を強化していたからこそ見えたが、ありえないほどの早業だ。


 一体どれほどの身体能力があれば……あの身体でそんなことが出来るのだろうか。


「貴様あああああ!!」


 ようやくケルトに転ばされたと気付いたゴリアスが憤怒の表情で起きあがろうとするが――


「う……動けない! 何をした!?」

「は? 踏みつけてるだけだけど? あんた図体デカいわりには――あは、非力ね」


 ケルトが小馬鹿にしたように笑うと、足をどけた。


「このがきいいいいいい!!」


 自由になったゴリアスが、立ち上がると同時に剣を抜こうと背中に手を伸ばす。頭に血が昇っており、抜刀厳禁のルールをもう忘れてしまっていた。


 それを見て、舌なめずりをしながらケルトもヴェロニカも、そしてロスカまでもが戦闘態勢に入る。


「みんな、ギルド内は私闘厳禁だよ」


 しかしセトがそう呟いた瞬間、全員が殺気を収め、剣で斬りかかろうとしたゴリアスを素通りして、セトの後ろへと並んだ。


 剣を振った勢いでゴリアスが再び転倒。


 黙って見守っていた周囲の冒険者が、思わず吹きだしてしまう。


「く……おいおい……【魔剣士】様が派手に転んだぞ……」

「Sランクになる男も床には勝てないか」

「ぷっ……おい、笑わすなよ」

「ぎゃははは、クソかっこわりい!!」

「良いぞお前ら、もっとやれ!」


 周囲の嘲笑に耐えられず、ゴリアスが顔を真っ赤にする。


 セトはへたり込んだアワナへと近付くと、笑顔を向けた。


「ああ、そうそう。ブレイズウルフを倒したら、パーティに戻っても良いって言っていたけど。ごめんね、もう君達とは組まないから。お互い、冒険者頑張ろうね――


 それは決別の言葉だった。その言葉が孕む意味に気付き、アワナが慌てふためく。


「ま、待ってセト! 私、本当は!」


 アワナがセトへと手を伸ばすが――


「それより、あの無能な恋人の心配をしたらいかがです?」

「ビッチ……帰れ」


 ヴェロニカとロスカによる、吹雪のような冷たい言葉と視線を受けて、アワナは手を引っ込ませた。


 慌てて今にも暴れ出しそうなゴリアスの側に行くと、彼女は杖をケルト達に向けながら叫んだ。 


「何よ……何なのよあんた達は!」 


 その言葉を背で受け、ケルト達がゆっくりと振り向くと、全員が口角を歪ませ鋭い犬歯を見せた。


「あたし達が何かって? そりゃあ……セトの――」

「セト様の――」

「お兄ちゃんの――」


 セトがゆっくりと振り向くと同時に、三人は声を合わせてこう言ったのだった。


「「「――牧羊犬パートナー」」」



☆☆☆



 ゴリアス達が逃げるように去っていったのを見て、セトが大きく息を吐いた。


「ふう……まあ思ったよりもみんなが大人で助かったよ。ゴリアス達を血祭りにでもするのかと、ドキドキした」

「あんたはあたしらをなんだと思ってるのよ。猛犬じゃあるまいし」


 ケルベロスは猛犬の類いだと思うけど……と言いかけてセトはやめた。


「私達はともかく、姉さんが自制できたのが今日一番の驚きです」

「絶対……暴れる……と思った」

「あんたらまでそんなこと言って!」

「あはは……まあいいや。さあ依頼を受けよう」


 セトが受付嬢に、騒ぎを起こしたことを謝ると共に、依頼を受けようとするが――


「申し訳ございません。どの討伐依頼を受けるにも、セト様のパーティ【六芒星ヘキサグラム】は条件を満たしておりません」

「え?」

「討伐依頼は、接近職または遠距離職が最低でも一名いることが条件です。セト様は【羊飼い】、つまり補助職なので条件外ですし、残りの皆さんはそもそもジョブすら取得していません。よって条件を満たしていないと判断されます」

「……しまった忘れてた」


 セトは、ケルト達がまだ何のジョブも取得していなかったことを失念していた。本来、冒険者はジョブを取得することで様々な恩恵を得て、冒険者業を行うのだが……ケルト達は素で強すぎる為、必要がないと思い込んでいた。


「はあ!? あたし達には地獄の番犬という立派な仕――」


 ケルトの口をセトが慌てて押さえて、苦笑いする。それを見て、ヴェロニカがため息をついた。


「姉さん……逃げ出した身で良くそんなことを堂々と言えますね……」

「あはは……! じゃ、とりあえず神殿に行ってジョブに取得してきますね!」


 そうしてセトはケルト達を連れて、ギルドを飛び出たのだった。


 目指すは、職業適性診断とジョブを授けることが出来る神官がいる――ザウマ大神殿だ。

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