第2話:こんにちはケルベロス
「召喚……? 仮にも最強の魔獣の一角たるあたし達を召喚するってそれ、あのクソボケ女神か大英雄ダヴィス様ぐらいじゃないと無理じゃない? ヴェロニカの気のせいよ、気のせい」
うんうん、と自分の言ったことに頷いていたのは、頭部に犬耳が生えた赤髪の少女――ケルトだった。背後には同じ毛色のもふもふな尻尾が生えている。やけに露出の多い服を着ているが、体型自体は平均的な十代半ばの少女と同じぐらいだ。
「……じゃあこの首輪はなんですか? これって召喚された際に装着される〝隷属環〟では?」
ケルトに首に付いているシンプルな黒く細い首輪を見せ付けているのは、背の高い、大人びた雰囲気を醸し出す眼鏡を掛けた黒髪の少女――ヴェロニカだ。
ケルトとは逆に露出は少ないが、女性らしい豊満なボディラインがくっきりと出るボディースーツに機械的なデザインのアーマーが各部についているせいで、やけに扇情的な格好をしていた。頭部には犬耳を模したヘッドセットが装着されており、お尻からは尻尾を模したコードがぶら下がっている。
「……あの人が……召喚主。だって……良い匂いがする」
ヴェロニカの隣からジッとセトを見つめていたのは、三人の中でも最も背が低い、暗い茶髪の少女――ロスカだった。犬耳を模したフード付きローブを被っているが、身長的にも体型的にも幼い見た目だ。
その小さな指の差す先で、セトは何が起こった理解できず、棒立ちになっていた。
「いや……君達……誰」
牧羊犬を召喚したはずなのに、正体不明の少女が三人現れたのだ、そう言う他なかった。
「……うわ、本当に召喚主っぽいのいるじゃん」
「間違いなくそうですよ……。そもそもケルト姉さんが進化の秘法を勝手に使って人間化なんかした上に、地獄から抜け出したいが為だけに、安易に転移に応じるからですよ」
「……こんばんは」
一人、セトに向かってぺこりと頭を下げ挨拶をしたロスカに釣られて、セトも思わず頭を下げてしまう。
「ま、とにかく、地上に出れたし良いじゃない! そういう細かいことは後よ後!」
「またケルト姉さんはそうやって面倒臭いことを投げ出すんですから」
「……ねえ、二人とも……今はそんな事言っている場合……じゃない……かも」
ロスカの言葉で、セトはようやく――魔狼達が先ほどの召喚時の光を見て、こちらへと迫っていることに気付く。
「っ! 魔狼が来てる! みんな下がって!」
セトが思わずそう声を上げるも、ケルトはあくびをしているし、ヴェロニカはため息をついていた。ロスカは何を考えているのか分からない表情で、相変わらずジッとセトを見つめている。
「ガルルルルル!!」
魔狼達が、無防備に背を向けているケルト達へと飛び掛かる。
「危ない!」
セトが思わずケルトを庇おうと飛び出るが――
「なにこいつ? 魔狼如きがあたしの邪魔をするな」
ケルトの目が赤く光ると同時に、彼女は右手を一閃。赤黒い雷を纏う爪が、空中にいた魔狼を引き裂いた。
「力量差も分からないとは……地上の魔獣の質も落ちたものです」
ヴェロニカが腰に差していた黒いリボルバー銃を抜くと、それを腕ごと、飛び掛かろうとする魔狼の口の中へと突っ込んだ。
轟音と共に銃口から魔弾が発射され、魔狼の頭部を吹っ飛ばす。
「……ボスが……来るよ」
ロスカが小さく手を払うと同時に、周囲に潜んでいた魔狼達それぞれの足下に、魔法陣が展開される。
次の瞬間、魔法陣から獄炎が吹き出し、魔狼達は全て焼かれ骨すらも残らなかった。
「……強い」
思わずそう呟いてしまったセトの背後で、物音がした。彼が振り返って、大岩を見上げると――
「ブレイズウルフ!」
それは、体毛がまるで炎のように燃えさかっている巨大な狼だ。単体討伐難度はCであり、中堅冒険者パーティでやっと倒せるほどの実力だ。しかも魔狼を率いている為、実際は更に強いという。
しかし――
「失せろ」
ケルトが地面を蹴って飛翔。そのままブレイズウルフへと回し蹴りを叩き込むと同時に魔力を解放。地獄の雷が、蹴りと同時にブレイズウルフを襲い、その巨体を吹き飛ばした。
「へ?」
たった一発の蹴りでブレイズウルフの身体の半分が吹き飛び、当然ブレイズウルフは絶命。
「はい、おしまい。で、あんた……誰?」
セトの前に音も無く着地したケルトは、彼を見ると、そう言って首を傾げたのだった。
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