KO・NAI・EN!!

森里ほたる

第1話KO・NAI・EN!!





『一つ魔法が使えるとしたらどんな魔法を使いたい?』





 小さい頃の憧れや他愛無い仲間内での雑談で出てくるこの問答。人によって答えが様々で私が全く想像していなかったものが出てくることもしばしば。まさに十人十色だろう。


 ふと、考える。私がそう聞かれたらなんて答えるのかな。目を閉じて心に問いかける。




 小学生や中学生の頃の私に問いかけたらどう答えただろうか。マンガとアニメに影響されていた時期だから、きっと炎とか電撃が出せる魔法を願っていたかもしれないし空を飛べる魔法を欲しがったかもしれない。


 もしくはいつでも大好きなお菓子を好きなだけ出せる魔法と答えるかも。お母さんとの買い物で毎回しぶしぶ諦めていたあのお菓子たちを余すことなく手に入れられるから。自作のお菓子の家を作ること間違いなしだ。




 そこから少し成長した私であれば、お金が湧き出てくる魔法になるかな。わざわざ炎や電撃を出すことなんて必要ないし、そもそも出したところでしょうがない。普通の人間が普通の人間社会を暮らすためにはそんな物はいらない。物語と現実が違う事に気がついたのだ。


 ただ、空を飛べる魔法はちょっと欲しいかもしれない。でも実際に自分が飛んでいる姿を周囲から見られれば、きっとネットニュースで人気者になってしまい、それは困る。それにそんな魔法が無くても空を飛ぶ技術はすでに存在する。世の中には代替技術で溢れている。


 大好きなお菓子もお金があれば好きなお店で好きなだけ買えるわけで、現実を知るたびに困難だと思っていたことが意外に大したことないなという気持ちになってくる。




 そうして今の年齢になった私としては、人生を突き詰めると"お金"という考え方も分からないわけではないけど、やっぱり大切なものは他にあるような気がする。愛とか。夢とか。やりがいとか。


 歳をとってまた精神的なようなモラトリアム的なものに戻ってしまうのは、叶いづらいという現実を知ってしまったからこそ生まれたジレンマのせいなのかもしれない。


 もちろん魔法で私だけを愛し続けてなんでも言う事聞いてくれる人を創り出すというのは違うと感じる。欲しいのは強制的な服従ではなく、自主的で純粋な愛なのだ。


 そんな風に自分の願いにも文句を言ってしまう私はなんてワガママなのだろう。それはそれで嫌になる。


 だから、今の私が魔法に願う事は些細だけどとてもとても大切な事。










 思いっきり噛んでできた、とても大きい口内炎を綺麗に消す魔法が欲しい。










***




「みーちゃん、大丈夫? シミて痛い? しょっぱいのとか、熱いのとか、硬いのとかは食べれないよね。お粥作ろうか? 柔らかいし刺激物も入ってないし冷ませばそんなに痛くないよね」


 私、みーちゃんこと美鈴。現在、恋人であるところの鷺ノ宮君に絶賛甘え中。いや甘やかされ中。しかし、こうして甘えている間も口の中はジンジンと痛みを訴えている。甘くて痛い。


 こんな風に鷺ノ宮君にはいつも甘やかされ気味の私だけど、今日は輪をかけて甘やかされている。人が甘やかされるといつまでもその素敵な空間に居たく、ずぶずぶと底なし沼にハマってしまうのだろう。




 それもこれも、昨日の事件が原因だ。




 事件の発端は昨日の夜、お風呂から上がって私の体が程良い涼を求めていた時であった。


 私は冷蔵庫にアイスクリームがある事を思い出し、若干の罪悪感を感じながらも冷蔵庫へ急いだ。複雑な気持ちを抱きながらも冷凍庫を開けると、丁度良い感じに涼を与えてくれるであろうアイスクリームがそこで私を待っていてくれた。もちろん、私目線で。


 そんな愛いヤツを前に我慢できない。早速、冷凍庫からアイスクリームを取り出しプラのカバーを外して食べ始める。


 その瞬間、体の中に流れ込む冷たいアイス。クリーミーで優しい甘さが口の中に広がり、美味しさと共に体を冷やしてくれる。まさに期待していた"凉"だった。


 ……至福の瞬間とはこの時のことなんだろう。私は何も考えずに食べ続けた。


 暑さと冷たさと甘さ。そんな幸せに包まれていた私は油断していたのだろう。きっと私を狙う敵はこの瞬間に切りかかること間違いなしだ。……まぁ、そもそも敵などいないけれど。






 その至福の中、急にガリッっという音が聞こえた。口の中から。






 口の中を思いっきり噛んでしまった。急に出てくる血の味とアイスに付着した赤い血。さらに突き刺さるような強い痛み。一瞬で状況を理解した。




 私はドデカい口内炎を作り出してしまった。




 私自身、『なんでアイスクリームを食べてる時?? あんな柔らかい物を食べる時にどこでそんな力一杯噛む要素ある??』と疑問で一杯だけど、現実として私の口の中に口内炎ができている。


 口の中の痛みに苦しみながら思う。普段であれば、何かのせいにして怒りをぶつけるところだったが今回はそれをしない。恐らくこれは天罰なのだろう。うん、分かっている。こんなことが起きてしまったのは私が犯した大罪のせいであろう。







 そう、『鷺ノ宮君の分のアイスクリームをコッソリ食べてしまった罪』。







 冷蔵庫に向かう時から分かってはいたのだ、これは前に鷺ノ宮君が買って私の家に置いていったアイスということを。そして、鷺ノ宮君はこのアイスクリームが好きなことを。それを知りつつ罪悪感を感じながらも罪を犯した。


 結局、後から謝った時に優しい鷺ノ宮君は全然怒らず許してくれたけれど、神様はそんなに甘くなかったようだ。アイスクリームは濃厚で甘かったのに。


 つまらないことを言っているとまた口の中が痛む。くっ、神様めっ!




 私が昨日の回想から戻ってきて、しょうもないことを思いながらソファーでダラダラしているとキッチンから鷺ノ宮君が声をかけてきた。


「お粥できたからご飯食べる準備してね、みーちゃん。あっ、飲み物は何がいい?」



 いつも思うのだけれども、なぜこの完璧超人の鷺ノ宮君は私なんかの恋人になってくれて甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれるのだろう。


 大学の同じ部活だったことで知り合った鷺ノ宮君。身長は百八十センチ。いつも朗らかに笑ってみんなと楽しそうに話をしている彼は部の清涼剤で潤滑油だった。優しくて紳士的な男の子。


 彼のその素晴らしい人柄もさることながら、成績の方も優秀。この前の学会でも優秀発表賞を取って、賞状をもらっていたらしい。


 さらに色々なことに興味があるみたいで年に一度以上は海外旅行で世界各地を回って友達を作って帰ってくる。それに現地の美味しい料理を覚えてきては私に色々披露してくれた。


 どこのマンガの中のキャラクターだっ!とツッコミたくなるようなハイスペック鷺ノ宮君。



 そんな鷺ノ宮君はやっぱり私にも優しい。昨日も口内炎でのたうち回っていた私が助けを求めてメッセージを送るとすぐに返信をくれた。


『えっ大丈夫! それはキツイよね。それじゃ、明日の朝に何か食べやすい物を作りに行くよ。もし何かリクエストあれば言ってね』


 アイスクリームの事は何も怒らない上に、実際に朝に私の家に来てくれて朝食も作ってくれた。それに口内炎に効く市販の薬も持ってきてくれた。




 なんでこんなに優しいのだろう。口内炎の痛みは心までチクチクと刺して、ネガティブになった私は自分と鷺ノ宮君とを比べてしまう。こんな私なんかじゃ鷺ノ宮君と合わないよ。人柄もスペックも何もかも。


 私なんかスタイルだって別にいいわけじゃないし、良い性格な訳じゃないし、頭も良くないし、胸とか、胸とか、胸の話はするなああああああああ。





 ……そもそもどうしてこんな私なんかと付き合ってくれたのかな。





 ネガティブスパイラルに入りかけていた。ふと、前を見ると、お粥を私の前のテーブルへ運ぶためにそばに来ていた鷺ノ宮君は少し驚いたように私を見ていた。


 あっ、もしかして痛みと申し訳なさと不甲斐なさで、つい口からさっきの言葉が出てしまっていたみたい。


 どうしよ、絶対に面倒くさいヤツって思われた。私はそう思ってなんとか取り繕うと焦っていた。





 そんな私を鷺ノ宮君はぎゅっと優しく抱きしめてた。何も言わないで私を色々なものから守ってくれるように力強くそして温かく。鷺ノ宮君の優しさに包まれる。





 数分ぐらい経った気がした。


 鷺ノ宮君が私を解放してくれる雰囲気を感じて、ちょっと寂しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになった。そんなわずかなモヤモヤを残している私を完全に解放する前に、急に私の目の前に顔を近づけてきた鷺ノ宮君。






 突如、私の唇を優しく奪った。


 優しく触れるような愛情のあるキス。彼らしく口内炎ができていない側の方へ唇を寄せてしてくれた。






 ポーッとしている私をしり目に鷺ノ宮君は元のキッチンに戻って残りの洗い物を始めていた。


「ほら、みーちゃん。 ちゃんとご飯食べてね」


 ハッとして再起動した私。というかなんかもう悩んでいたこととかどうでもいいや。まずはご飯食べよう。私は作ってもらったお粥を口内炎にできるだけ近づけないように食べた。


 言うまでもなく味付けは最高に美味しかった。最後に鷺ノ宮君が買ってきた薬を口内炎の場所に塗った。


 心もお腹も満たされてさっきまでの不安が一切無くなった。私はとても単純にできている。私を気遣ってくれるその一つ一つの動作に、私の心は満たされていく。


 改めて分かった。私は鷺ノ宮君が大好きだ。世界で一番大好き!


 自分の頬に優しく手を触れながら思う。




 口内炎、痛いだけじゃないじゃん。




***




 みーちゃんがおもむろに尋ねてきた。


「ねね、一つ魔法が使えるとしたらどんな魔法を使いたい?」


 あんまり考えたことが無かった質問ですぐにパッと答えが出てこない。あえて挙げるなら、研究室の備品管理を個人個人で行うのが大変だから簡単に管理できる魔法が欲しいかな、と答えた。


 それを聞いたみーちゃんはやたらと感心して、褒めてくれた。他者を思いやれるその気持ちはとてもいい点だと。


 みーちゃんはたまに脈絡のない話をしてくる。その話は彼女の頭の中では色々なことと繋がっていてきっと楽しい世界なんだろうと思うが、外から見ることができないのでとても残念だ。


 反対にみーちゃんに同じ質問をしてみた。


「んー、さっきまでは口内炎を綺麗に消す魔法だったんだけど、今変えた」


 みーちゃんは満面の笑みを浮かべながらこう言った。


「鷺ノ宮君とずっと一緒に幸せに過ごせる魔法!」


 それを言った直後に何かを思ったのか、慌てながら補足を足していた。


「あっ、いや、魔法が無いと幸せに暮らせないって意味じゃなくて、無くても幸せに暮らせる自信はあるんだけど、病気とか怪我とかしちゃうかもしれないから、そういうのがありませんようにっていう魔法!」


 補足のために身振り手振りを交えながら一生懸命説明してくれるみーちゃんを見て、心から彼女を愛おしいと思った。




 自分の欠点を挙げるとすると一番に出てくるのは、優先順位付けが下手な所。特に自分の優先順位を下げがちになってしまうところ。


 さっきの質問みたいに自分のことじゃなくて、他の事を挙げてしまう。それは優しさで良い点という人もいるけれど、僕は欠点であると思う。


 そもそも自分の事をちゃんと考えられる人じゃないと、他の人を助けるなんてのはおこがましいし、いずれ他人を優先して自分がダメになってしまう気がする。そこまで分かっていても、自分の優先順位を上げられない自分が嫌だ。


 だからこそみーちゃんみたいにはっきりと大事なものを大切にできる人が羨ましい。いらないものをいらないときっちり言って必要としない。人の顔をうかがいがちな僕にはできない芯のある行動が心から羨ましい。


 そして、みーちゃんは自分の事を嫌いな人がいることも受け入れていて、その上で好きに思ってもらえる人を増やして自分の事やしたい事を表現をしている。本当にその姿は格好いい。



 それに、本当に嬉しいことにみーちゃんの大事なものの中に僕も入れてもらっていると思うと嬉しさで心が熱くなる。みーちゃんは自分の大切なもののためならば全力でどんな相手でもぶつかっていくことを僕は知っているから。


 大学の時に、みーちゃんの親友がアカハラを受けて困っている時も、大学側とガチンコのぶつかり合いをしたみーちゃん。自分だってこの大学の生徒で今後の自分の大学生活にも響くかもと普通の学生は思うだろうに、みーちゃんはそんな不安なんか一切かえりみず戦っていた。



 結果、その准教授はしっかりとその親友とそれ以外の被害者にも謝罪して和解した。



 僕は思う。人として、そういう場面になったら本気で手を差し伸べられる人間はどれだけいるのだろうか。


 ちーちゃんのことを先を考えないバカのやることだと蔑む人もいる。実際、この世は問題だらけで上手くかわしていかないと溺れてしまい、大変な人生を送ってしまうと思ってしまうこともあるだろう。


 でも僕にとってはちーちゃんの生き方は人生を間違えないしっかりとした一つの方法だと思った。芯がる強い生き方で、その芯があるからこそ本当に大事なものを見失わない。




 そんなちーちゃんの姿に気がついた時から、僕はちーちゃんから目が離せなくなった。




 そんなことを思っていると、みーちゃんがなぜかもじもじしている。端的に言うと、照れている。


 さっきの発言がバカップル感満載だったのと、僕が何も言わなかったせいでより恥ずかしい発言感だったようで照れているようだ。




 いつも思うけど、こんなに可愛い女の子は世界で他にいない。だからついついそばにいて世話をしたくなってしまうし構いたくもなる。




 みーちゃんには本当に申し訳ないけど、この口内炎のお陰でこうやって朝からみーちゃんと過ごせることができて本当に幸せだ。こんなことでみーちゃんの愛を感じることができて幸せなんだ。


 僕はちーちゃんが大好きだ。




 なんだか変だけど、今回は口内炎に感謝しなきゃだな。




END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KO・NAI・EN!! 森里ほたる @hotaru_morisato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ