第4話:アカリの幸せ

 それからアカリは、ほぼ毎日ルゥに会いに行きました。

 十五歳くらいの見た目だった彼女は、一年経つ頃には二十歳ほどの大人の女性へと成長していきました。


「アカリ。会えて嬉しい」


見た目が成長しても、アカリが来るたびに尻尾を振りながら嬉しそうに駆け寄る仕草は変わりません。


「大人になってもルゥは変わらないな」


「変わらない。いくつになってもワタシはワタシ。それにしてもアカリ、全然歳取らない」


「そりゃ、あたしは人間だからな。一年くらいじゃそんな変わらないよ」


「あと数ヶ月もしたらワタシの方がお姉さんになる」


「……そうだな」


 アカリはいつしか、彼女との寿命の差を意識し、成長していく彼女に複雑な気持ちを抱くようになりました。

 そんなある日のこと。アカリにお見合いの話が舞い込んできました。


「はぁ!? お見合い!? やだよ!」


「良いじゃない。どうせ心に決めた人もいないんでしょう?」


「いないけどさぁ……」


「じゃあ良いじゃない。会うだけ会ってみれば?」


 母にそう言われ、アカリは渋々その男性に会うことにしました。


「お見合い?」


「そう。母さんが勝手に決めて。……とりあえず、会うだけ会うことになって。ちょっと、しばらくは会えなくなると思う」


 アカリがお見合いの話をルゥに報告すると、ルゥは一瞬表情を曇らせましたが「素敵な人だと良いな」はと言って笑顔を作り「頑張れ、アカリ」と、アカリの頭を撫でました。ルゥの想いを察しているルミナは、複雑そうな顔をします。そして、ちょっと出かけると言って家を出て行きました。


「ルミナ? どこ行く?」


「森のパトロールをしてくる。しばらくは戻らないから、留守は任せるよ。二人とも」


 ルミナがいなくなると、アカリは、ルゥに甘えるように頭を寄せました。ルゥは一瞬躊躇い、アカリの頭を抱きよせます。


「アカリ、お見合い、嫌か?」


「……ルゥに会える時間が減るのが嫌」


「ワタシに?」


「……会うたびに成長していくルゥを見ると、怖くなる。流れる時間の速さの差を実感して、辛くなるんだ。お見合いなんてする時間があるなら、その時間をルゥと過ごすために使いたい」


 想いを吐露して、アカリはようやく気付きました。自分がルゥに惹かれていることに。


「ねぇ、ルゥ。あたし、ルゥのこと——「言わないで」


 ルゥはアカリの言葉を遮り、彼女を強く抱きしめました。


「言わないで。アカリ。……お願い。言わないで」


 そう懇願するルゥの声は震えていました。


「ルゥ……?」


「アカリ……オマエは人間。人間を好きになるべき。ワタシは獣人だし、メスだ。だからオマエを幸せには——」


『オマエを幸せには出来ない』そう言いかけたルゥの唇を、アカリは自分の唇で塞ぎました。顔を真っ赤にして動揺するルゥに、アカリは泣きながら、震える声で叫びました。「あたしの幸せをあんたが決めんなよ!」と。


「あたしはあんたの側にいたい。どうでも良い男に使う時間があるなら、あんたと過ごす時間にあてたい。獣人の人生は短いから。短いからこそ、生きているうちにたくさん思い出作りたい。沢山話したい。だから……突き放そうとしないでよ、ルゥ……」


「っ……」


「ルゥは? あたしと過ごす時間が減るの悲しくない?」


「悲しい……凄く悲しい……けど……」


 ルゥは自分の胸を押さえて、泣きながら呟きました。「これ以上アカリを好きになりたくない」と。


「好きなんじゃん。あたしのこと」


「……好きじゃない」


「好きっつったろ」


「好きじゃない」


「……じゃあルゥは、あたしが知らん男と結婚していいわけ?」


「……アカリが幸せになるなら」


「ならんよ。ルゥのそばに居られる時間が減るくらいなら、あたしは結婚なんてしたくない」


「……」


「……ルゥ」


「……アカリ、ワタシはどうしたって、オマエより早く死ぬ。長く生きてもあと十五年くらい」


「分かってるよ」


「……ワタシが死んだ後のこと、考えてる?」


「それはその時考える。今考えたって仕方ないだろ。それより、ルゥはどうしたいんだよ。それが一番大事だろ」


「ワタシは……」


 ルゥは目を閉じ、深呼吸をし、覚悟を決めたようにアカリを真っ直ぐに見据えて告げました。


「アカリが好き。番になりたい」


「……うん。よし。じゃあお見合いは断っておく。応えてくれてありがとう。今日は帰るね」


「あ……待って、アカリ」


「ん?」


 帰ろうとするアカリを引き止め、ルゥは恥ずかしそうに目を逸らしながら呟きました。「もう一回、キスして」と。アカリはふっと笑い、ルゥの頬に手を添えて、顔持ち上げて唇を重ねました。


「……じゃあ、また明日ね」


「……うん。また明日」


 ルゥと別れて家を出ると、タイミングを見計らったようにルミナが帰ってきました。


「おやアカリ。帰るのかい?」


「うん。……あのさ、ばあちゃん」


「ルゥと付き合うことになったんだろう?」


「……うん。そう。……ばあちゃんはどう思う?」


「アカリの人生だ。アカリの好きに生きなさい」


「ありがとう。ばあちゃん」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る