第4話 ブービートラップ

北校舎廊下側の窓の外には今も白い煙が断続的に立ち昇っていて、窓を閉めてあっても廊下にはほのかに煙の匂いが漂っている。


「話には聞いてたけどすごい煙ですねー。窓を開けちゃ駄目って放送がかかるのも分かるのです」


「ちゃんと話を聞いてなかった奴がいたせいでうちらも昼休みはえらい迷惑したけどね」

 

昼休みのボヤ騒ぎを思い出したのか結花が肩をすくめて苦笑する。


「ユカちゃんはサバ研の燻製って食べたことあるです? ミネコはまだないのですけど」


「あるよ。ってゆーかうちの店でも定期的にサバ研の生ベーコンパンチェッタとかウインナーは仕入れてるしね。確かにめっちゃ旨いよ。もう何日かしたら校内販売もされるらしいじゃんね」


結花の実家は地元で小さなレストランを経営している。


「へえ、じゃミネコも買ってみるですよ。あ、ここですね」

 

階段を登ってすぐの部屋に『サバイバル研究会』と書かれたプレートがぶら下がっていた。


入り口のスライドドアが少し開いていたので、どきどきと胸が高鳴っていくのを感じながら手を伸ばす。


「ちょい待ち! ネコ!!」


「どうしたです? ユカちゃん?」

 

振り向くと、結花の視線はドアの上の方に向いていて、その視線の先を追うと……。


「……あ、懐かしーですね。小学校で男子がよくやってたですよね」

 

ドアの隙間に黒板消しが挟んであった。気付かずにドアを開けて入ろうとしたら頭の上に落ちてくる古典的なブービートラップだ。


「まさか高校生にもなってするわけがないという相手の心理の裏を読んで仕掛けられた巧妙なトラップ。……さすがサバ研ってとこじゃんね。見学者にいきなりトラップの洗礼なんて」

 

そう言いながら背伸びして黒板消しを外す結花。くやしいことに美鈴には真似できない芸当だ。


そのまま結花はノックもせずにガラッとドアを開けた。当然だが黒板消しは降ってこない。


「ふふ、サバ研敗れたり。なんてね」


ニッと美鈴に笑いかけながら結花が部室内に一歩足を踏み入れた瞬間――。


――ぷつ。ばふんっ。


「あ……」

 

結花の足元に張ってあった細い糸が切れ、落ちてきた黒板消しが結花の頭に見事ヒットした。


「げほげほっ! な、な!?」


「けふんっ! けふんっ!」

 

チョークの粉塵に咳き込む結花と美鈴の様子に、部屋の奥で盛大に吹き出す笑い声。


「ぶわっははははは! 見事命中! よし、参謀! 次の泥棒用トラップはこれに決まりだな? スネアートラップは葵に禁止されちまったが、これでカラーボールを使えばすぐ犯人が分かるぞ」


「あー、まぁいいけどよ……。しかし、仲間でトラップの効果を試すとかひどくねぇ?」


「ははは。油断してる方が悪いってもんよ。……で、誰がかかったんだ? 軍曹か? 博士か?」

 

笑いながら部屋の奥から出てくる大柄な少年。サバ研のユニフォームである濃緑色のカーゴパンツと黒の長袖のTシャツに身を包んだ部長の【隊長】茂山大介だ。


その頬にはなぜか真っ赤なもみじの形の痣がくっきりついている。


「甘いな。この俺がただ扉に挟むだけなんてベタなトラップしか仕掛けてないわけないだろう……って、あれ? 君たちは……」

 

得意げに言いながら近づいてきた大介が、トラップにかかったのが予想していた相手でないことに気付いて固まる。


「あー、そういや今日からだったなぁ。クラブ見学」

 

他人事のようにつぶやきながらナイフの手入れをしているサバ研副部長の【参謀】こと坂東一成。


「おい参謀! そういうことはもっと早めに言ってくれ」


「知らねぇって。おれも今思い出したんだよ」

 

大介がひどく情けない顔をして美鈴と結花に向き直る。


「いやその、スマン。これは不慮の事故というか……。決して君たちを狙ったわけではなかったんだが」

 

結花がチョークの粉で白くなっていた頭や肩を手で払い、メガネにフッと息を吹きかけて粉を飛ばしてからそれを掛けなおす。


「……なんとなく事情はわかったからもういいです。先輩がおっしゃったように油断していたうちらも悪かったですし! なにより、これ以上ないくらいの自己紹介になりましたしっ!」


厭味たらしく言いながら結花が黒板消しを大介に返すと、大介は満面の笑顔でそれを受け取って、


「そうか! それなら良かった! まあ、入ってくれ。見学だけでも歓迎するぞ」

 

そう言ってきびすを返した。


「へ?」

 

まさかそう返されるとは思っていなかったのだろう。結花がぽかんと間抜けな顔をする。そんな結花に奥から一成が声を掛ける。


「こいつに言葉の裏に隠された機微を読み取れなんて、期待するだけ無駄だぜ」


「ん? 何言ってんだ、参謀?」


「べっつにぃ」


「……なるほど」

 

なんとなく大介の人物像を悟ったらしい結花に一成がにやりと笑って言い添える。


「まぁ、とりあえず二人とも入りなよ。粉まみれにしちまった詫びにコーヒーぐらい出すからよ?」









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