第3話 クラブ見学

体育館から出た普通科1年生の峰湖みねこ 美鈴みすずはふいに誰かに後ろから抱きすくめられて思わず悲鳴を上げてしまった。


「にゃっ!?」


「うははは、ネコー! 相変わらず可愛い反応じゃん!」

 

犯人が中学からの親友で調理科1年生の結花ゆかと知った美鈴は、ちょっと頬を膨らませて抗議する。


「もうっ! いきなり脅かすなんでひどいですよ、ユカちゃん」


「うはは、ごめんごめん。でもネコはちっちゃくて可愛いからつい抱きしめたくなっちゃうじゃんね」


「むー。ミネコは愛玩動物じゃないのですよー!」

 

吊り目がちな大きな瞳とツーサイドアップにした栗色のセミロングの髪が特徴の美鈴の身長は143㌢。


体型もその身長に見合ったレベル。


ようするに私服だと一生懸命背伸びをしても小学校高学年、高校の制服に身を包んでもせいぜい中学生ぐらいにしか見えない。

 


対する親友の結花は女の子にしてはやや背が高い165㌢。


スレンダー体型なので全体的に華奢な感じで、小さな黒ぶちメガネと三つ編みおさげの黒髪が色白の彼女の顔によく似合っている。


「そのふくれっ面がまた可愛いじゃんね」


「ふんだっ! どうせミネコの悩みなんて身長のあるユカちゃんには分からないですよーだ」

 

べえっと舌を出してみるが結花にはどこ吹く風。さらっと受け流して話を切り替えてきた。


「さてさて、ここで会ったも何かの縁だ。一緒にクラブ見学行かん?」

 

小さくため息をついて美鈴も頭を切り替えた。


「……いいけど。ユカちゃんはどこに入るか決めてるですか?」


「まぁ調理師目指して調理科に入った以上、全国レベルで有名な調理部はとりあえず確定じゃんね。でも調理部は週3だから掛け持ちでもう一個ぐらいはいってもいいじゃん? となるとやっぱり、これぞ少年漫画的な熱い展開が繰り広げられるのがうち的に燃えるじゃんね。それでいくと野球部のマネージャーとかいいかも」


「……相変わらず好きですね。友情・努力・勝利」


「やっぱり流れる汗こそ青春じゃん? 鍛え上げられた筋肉を伝う汗、泥まみれになって戦う漢たち! 闘いの中で育まれる友情! 『おまえ、やるな』『ふん、お前こそ』とかもうヤバイって! あー、ぞくぞくしてきたぁ! 一緒にやろうよ、野球部マネ」

 

頬をかすかに赤らめ、目をウルウルさせながら力説する結花。


この見た目可憐な結花がまさか男の筋肉を熱く語っているなんて通りすがりの人間には想像もつかないことだろう。外見だけなら結花はサナトリウム文学的な寡黙で清楚な深窓のご令嬢。ただし、中身は三河訛りも含めてなかなかアクが強め。


彼女のことをよく知っている人間は皆一様に彼女のことを外見と中身がちぐはぐな人間とか、歩く詐欺と評するが、美鈴もそれに異議を唱える気はない。


「せっかくだけど、ミネコ、どこに入るかもう決めてるから野球部はやめるですよ」


「ええっ! どこ!? 野球部じゃなくても熱い展開が待ってるところならうち的にはオッケーよ」


「んー、じゃあユカちゃんもミネコと一緒に入りますか? サバ研に」




しばしの沈黙の後、結花がおずおずと尋ねる。


「……なんか今、すごくありえないことが聞こえたような気がしたんだけど。……まさかサバ研って言った?」


「言ったですよ?」

 

結花は美鈴を上から下までじっくりと見回して断言する。


「ネコには無理!」


「ええー! なんでですか!?」


「ってかあんた、そこがどういうところか分かって言ってるん? WACにでもなるつもり?」


「ワックって?」


婦人Womens陸上Army自衛官Corps


「ミネコはべつにWACさんになる気はないけど、駄目ですか?」


「駄目っつーか、無理に決まってんじゃん! サバ研って言ったら一応文化系だけど、どの体育系よりもハードな、それこそ特殊部隊並みのトレーニングをしてるって噂じゃんね。去年のマラソン大会でも、陸上部の長距離選手に大差をつけてサバ研のメンバーが一位から三位まで独占したって話だし。そんな連中のトレーニングに美鈴がついていけるわけないじゃん!」


「ユカちゃん、なんでそんなに詳しいのです?」

 

結花が頬を赤らめる。


「だって、筋骨隆々の男たちのクラブで有名だし!」

 

ああ、なるほど。となんだかすごく納得してしまった。


「じゃあ、ユカちゃんも一緒に入りませんか?」


「いや、問題そこじゃないじゃん! そもそもっ! なんでネコはよりによってサバ研に入ろうなんて思ったん?」


「まあ、色々あるですよ」

 

説明すると長くなるので曖昧に誤魔化すと、結花がジト眼になる。


「どーせ、お目当ての先輩がいるとかそんなんじゃないん?」


「おおー、鋭いですね! うん、それもあながち間違いじゃないですよ。でも、それだけが目的でもないです」


「ほかに何があるん?」


「……ん~、やっぱり、何が起きるか分からない世の中ですから? 備えあれば憂いなしとも言いますし、もしもの時に備えてるサバ研の考え方にミネコ的に共感したのもあるですよ」


「だからってサバ研ってのはちょっと極端じゃん。もうちょっとちゃんと考えた方がいいって」


「ユカちゃんはサバ研が嫌いです?」


「嫌いというほどには知らんけど、従姉からさんざん愚痴を聞かされてるからあまりいい印象を持ってないじゃんね」


そういえば結花の従姉がこの学校にいるって話は前に聞いたことがあった。


「百聞は一見にかずですよ。とりあえず見学だけでもしてみればいいじゃないですか。どんなクラブか見極めるための仮入部期間なのですし」


「ううーん、でもなー」


渋る結花の耳元で美鈴は囁いた。


「生き残る為の過酷な訓練の日々を耐え抜いてきた者だけに許される、鋼鉄のような鍛え上げられた肉体。くじけそうになる自分を叱咤激励し、ライバルと切磋琢磨していく中で培われてきた厚い友情と信頼の絆。漢と書いてオトコと読み、好敵手と書いてトモと読む生き様。そんな頼もしいオトコたちの集う場所、それがサバ研」

 

わざと気取った言い回しでそれっぽく言ってみたが、その効果は絶大だった。


「よしっ! 行くよ、ネコ! 一ヶ月やってみて無理っぽかったら別の部にすればいいじゃんね」

 

あまりの変わり身の早さに苦笑しつつ、早足で歩き出した結花のあとを慌てて追いかけてその横に並ぶ。


「えっとですね、この部活紹介パンフレットによると、サバ研の活動拠点って何箇所かあるみたいなのですよ。どこから行きますか?」


「え、そうなん? ……えーと、部室が北校舎三階。実習施設が北校舎裏。で、畑? が園芸部の畑の一部。……射撃場!? が弓道部施設と共用ってなにこれ? 射撃ってまさか銃を撃つわけじゃないよね?」


「……ですかね。先輩たちのジョークかもです?」


「ま、いいや。とりあえず部室行ってみればいいじゃん」


「ですね」

 

そんなやりとりをしながら、サバ研の部室に向かった。



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