第34話 律華④

「えっ、お兄さんってこの車に乗ってるの!? SUVじゃん!」

「そうだけど……よくわかったね。もしかして車に詳しかったりする?」

「ほんのちょっとだよ。ちょっと。お姉ちゃんが車好きだからさ」

「ああー、なるほど」

 スタバでゆっくりとした時間を過ごした後。

 修斗が車を止めたパーキングエリアに移動していた。


 SUVとは利便性の良さから高い人気を誇る車。

 キャンプをする時など荷物をたくさん積んだり、整備されていない道路を走行するときにも適したパワフルな車種である。


「じゃ、助手席にどうぞ。シートベルトはお願いね」

「はーい。って、そんなにレディーファーストしてもらわなくてもいいのに」

 助手席のドアを開けたことでそんなツッコミを入れられてしまう。


「なんか体が動いちゃって」

「ぷっ、ま、嬉しいからいいけどね」

 車に乗り込んだことを確認した修斗は、助手席のドアを閉めて運転席に乗り込む。

 そして、エンジンをかけるとBGMの音量を少し下げた。


「それにしてもよくこの車買えたね? 22歳で乗れるような車じゃなくない?」

「あ、あはは……。なんでだと思う?」

「お兄さんのお給料がいいからとか?」

「甘えたことを言っちゃうんだけど、父親にプレゼントしてもらって」

「えっ、そうなの!? それはなんていうか豪快だね。車も綺麗だし、新車でしょ?」

「うん」

 三桁万円の車である。律華の言う通り『豪快』という言葉が一番しっくりくるだろう。


「……でも、いつまでも借りを作っていられないし、親孝行もしたいから、出世払いってことにしてお金を貯めてる最中だけどね」

「ふーん。そうやって返そうとするところがお兄さんらしいよね。この車高いのに」

「いつ家族が亡くなるかわからないしさ。単純に考えて先に天国にいくことになるでしょ?」

「いきなり悲しい話してくるじゃん」

 なんて言いながらも、明るい態度を崩さないのが彼女のらしいところだろう。

 一緒にいるだけで元気をもらえる要因だろう。


「つまり、いつ亡くなるかわからないから後悔するようなことはしたくないって感じ?」

「そんな感じ。専門学校に通ってた時に不幸があった友達がいて、みんなにそう忠告しててさ」

「お兄さんも気持ちを切り替えたんだ?」

「うん」

「カッコいいじゃん。そんな心意気は好きだよ、私」

「あはは、それはどうも」

 ニヤリとして白い歯を見せた律華は、尻目に視線を送ってくる。

『好き』なんてセリフに恥ずかしさが襲ってくる修斗は、シートベルトをする動作で照れ隠しをする。


「じゃ、発進させるね」

「お願いします」

「礼儀正しいことで」

「ちょ、なのそれ。私でもちゃんとマナーはあるんだから。派手な見た目はしてるけど」

「ははっ、確かに確かに」

 笑いながらアクセルをゆっくり踏み、パーキングエリアから抜ける。


「あ、お兄さん。雑貨屋さんの場所わかる? ナビも口案内もできるよ?」

「道はわかるから大丈夫だよ。ありがとう」

 お礼を言いつつ、左右確認をしっかりと行って車道に出る。

 今日は平日。車の通りは休日よりも少なく、スイスイ進むことができていた。


「……」

「ん? なんか俺の顔になにかついてる?」

「あ、ごめん。お兄さんが運転するところ初めて見たからつい見ちゃってた」

「で……できればあんまり見ないでね? ちょっと恥ずかしいから」

「わ、わかってるし」

 運転という大人らしい姿に、不意にもカッコよく見えていた律華なのだ。

 そっぽを向きながらツンとした態度で返事をする。


「……それにしても、お兄さんの運転って優しいんだね。安全運転意識してるでしょ?」

「まあね。一人の時はもうちょっと飛ばすんだけど、今日は人を乗せてるからさ」

「私のこと考えてくれてるんだ?」

「当たり前でしょ。命を預かってるわけだから、その責任はちゃんと取らないと……。って! あの車危な……。絶対こっち見てなかったでしょ。もう」

 コンビニからいきなり飛び出してきた車。少し強めのブレーキをかけたと同時、咄嗟に左腕を横に伸ばして律華を庇った修斗である。


「だ、大丈夫……? ごめんね。さっそくこんなことになっちゃって」

 そして、謝りながらすぐに左手をハンドルに戻してアクセルを踏む。


「超急ブレーキってこともないから平気平気。ありがと」

「安全運転意識しててこれはちょっと面目ないなぁ……」

「そんなことないって。今のはあっちの過失だし、お兄さんに悪いところはなかったよ」

「そう言ってもらえると助かるよ……」

 運転に不安を覚えさせてしまうようなトラブルが起きてしまったが、過失がどちらにあるかをしっかり理解している彼女。

 修斗の心配は杞憂に終わる。


「あのさ、腕伸ばして守ってくれたの嬉しかったよ。お兄さんって助手席に荷物とか乗せる人でしょ?」

「う、うん。反射的に出ちゃって……」

「それ、相手は選んだ方がいいからね? 私はそう思わないけど、おっぱいを触ろうとしてる、的な下心を持ってるって勘違いする人いるからさ。ま、中には下心がある男もいるんだろうけど」

「そ、そうなの!? 気をつけよう……」

 初めて聞く内容に驚くが、確かにそう勘違いする人がいてもおかしくない……。なんて噛み砕く。


「でも、お兄さんならそう簡単には勘違いされないだろうけどね。そういうのって日頃の態度が関係してると思うし、お兄さんには下心全然出てないから」

「そう……?」

「そうだって。だってさ、私の脚全然見てないじゃん」

「へ?」

「ショーパン履いてるんだから見るでしょ、普通。ってか脚を見せるためにショーパン履いてきてるんだけど」

 露出した太ももをペチペチ叩く律華。その音が響く車内だが、運転中である。

 よそ見はできない。


「さすがにここまで見向きもされないと自信なくすんだけど。モデルしてるから一応自慢の部位なわけでさ。見知らぬ通行人にしか見られないって結構心にくるんだよ?」

「お、俺はなんて声をかければいいの? この場合」

「せめてもうちょっと見てよ。運転が終わってから」

 ペチペチの音を大きくする律華は、特殊な要求をしてくる。こんなセリフを言われたことのある男は数少ないだろう。


「ちなみに興味ないの? それはそれでファッション内容的に困るんだけど」

「いや、そうじゃなくって……。こんなことを言うのもなんだけど、意識して見てなかっただけだよ」

「はっ!? 意識してそこまでできるとかさすがに自我強すぎでしょ……」

 モデルというのは人の視線に人一倍敏感なもの。その一人である律華が視線を感じ取れなかったというのは、それだけ見ていなかったということだ。


「だって嫌じゃないの? 好きなファッションを変な目で見られるのって」

「見られる=似合ってる=綺麗or可愛いなんだから、そんなことないよ? ってかモデルって見られるのが仕事だし、『似合ってる』からの見る、と『下心』からの見る、はまた別でしょ? だからそんな繊細に捉えなくていいよ」

「なるほど……。って、納得しても『じゃあ見る』なんて言えないけど」

 これを宣言するだけで『いやらしい』なんて思われてしまうのだから。


「そう言えばさ、お兄さんって今日一度も私の服装褒めてなくない!?」

「……」

「あれ、慣れてるなら普通褒めない? さすがにこのファッションが似合ってないわけじゃないし」

「…………」

「実はさ、お兄さんって恋愛の経験浅いんじゃないの?」

「なんでも着こなすプロを褒めるのはさすがにが高いよ」

「あ、そんなもんなの……?」

 こんな誤魔化しにまんまと引っかかっているが、筋が通っていると言えば通っているのだ。

 ポンコツな律華ではない。


「うん。それに自爆してるよ。律華さん。からかおうとしたみたいだけど」

「な、なにが?」

「律華さんも俺の服装、褒めてくれてないし」

「っ、そ、それは似合ってないからだし!」

「えっ!? それ本当!? これでもオシャレな方って言われたりするんだよ……?」

「ふんっ」

「そ、そんなに似合ってない!?」

 目を見開く修斗だが、それもそのはず。

 ファッションを嗜んでいるモデルの言葉なのだから。

 説得力と信憑性が尋常ではない。


 結果、自信をなくす修斗だが……すぐに晴れる。


「……お兄さん」

「ん?」

 赤信号で車を止めた時。

 はあ、はあ、と、窓に息を吹きかけて曇りを作った彼女は、綺麗な文字で書いたのだ。


『実は似合ってる』と。

 赤らめた顔でその文字を指差し、しっかりと読ませると……。

 ポケットに入れたハンカチを取り出し、拭き拭きと証拠隠滅をする律華だった。

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