第8話【太平洋の向こう側】


 いつだってニュースではろくなことが流れていない。


 ハワイ沖までユーラシア連合三重帝国の艦隊が迫ってるとか、在米自衛隊と太平洋艦隊が苦戦してるとか。シンプルに景気が悪いとか。


 無理やり情報を押し付けてくるTVが前世紀の遺物になって、新聞なんて既に古美術品に成り上がった現代においても。ネガティブな話題は滲むように迫ってくる。



「ホーリー〇ットでアーメンハレルヤ、ついでにナムナムダブルって奴だ」



 カルフォルニア州に住んでる身としては、割と近い距離で気が滅入る。


 海底ケーブルをファッ〇ン帝国の連中がニホンを制圧、ついでに海底ケーブルをぶち切って鎖国してからずっと。ステイツ含めて世界はクソファッキンだ。



(ひいじいさんが太平洋戦争の時、なんて昔話をしてたけどな)



 正直な話をすれば、俺達の時代の方がだいぶヤバい。


 かつてのジャパンはパールハーバーに1度殴りかかっただけだが、ユーラシア連合三重帝国がやって来た回数はつい昨日で3桁の大台に乗っている。



「あー、クソファッキン…… 気が滅入るぜ」



 カルフォルニアの日差しも届かないサーバールームの奥底で、俺はSNSを流し見しながらカチャカチャとソースコードを打ち続けることしか出来ない。


 70歳を超えても働かなきゃならないなんて、この国には敬老精神が足りてない。


 いや、もしゲンザブローがシンシアと見事にゴールインしなければ今頃は――


 なんてクソファッキンみたいな話はもう飽きた。


 今はただ、純粋にあのクソ野郎ファッキンなゲンザブローが。せめてユーラシア三重帝国相手に中指立てずに。出来れば寿命で死ぬことを祈るばかり。


 そんで、出来ればシンシアの墓参りに生きてる間に行ければ本望で。


 ついでにクソ野郎ファッキンなゲンザブローに悪態の一つもぶつけられればなお良し。俺良し、あいつに良しだ。


 そんな風に思いを馳せていれば、案外仕事の進みも早くなる。


 半世紀近い古いシステム、もう新しいエンジニアが入ってこない。そんな古い言語だからこそこうやって老人が一人で適当にやれる金が稼げている。


 さて、そろそろ昼食にするかと画面から目を離した。丁度その時――


 ポケットに入れていたタブレットからコール音が響く。


 ここ数年で電話をかけてくる相手は随分と減った。どいつもこいつも先にあの世に行って最後の審判って奴を待ってるのだろうか?


 まぁ、数少ない生き残りが昔話をしに来たのかと画面を見て驚いた。


 

 シンシア=フジカワ。



 もう3年も前に死んだ相手。ユーラシア連合三重帝国のせいで葬式にも行けなかった彼女からの電話。


 いや、違う。彼女から電話がかかってきたわけじゃない。


 海底ケーブルがぶち切られる直前に、あのクソ野郎ファッキンなゲンザブローが、シンシアの衛星電話の回線を維持してくれと頼んだからそのままにしているだけだ。


 死んでも払うとあいつは言っていたが、ここ3年基本料金の5000ドルは死んでから取り立てる事にしている。


 運が悪ければ、ユーラシア連合の連中に気づかれるから。余程のことが無ければ使わないとは言っていたが。もしかしてあのクソ野郎ファッキンなゲンザブローが死ぬ一歩手前まで追い込まれているのだろうか?

 


「ハロー、ファッキ―― いや、ゲンザブローだよな、お前?」



 ついつい下品な言葉が口から飛び出しそうになったのを、ギリギリのところで押しとどめる。あいつが死にかけていて、周りの連中が電話をかけてきている可能性だってゼロじゃない。



『ロレンスさん…… 爺ちゃんの友達ので間違いない、ですね?』



 ゲンザブローの雰囲気もあるが、ずっと若い声が耳に届いて俺は言葉を失う。



「もしかして、ジョージか? あの、小さかった……」



 覚えている、まだ日本がユーラシア三重帝国に占領されてなかった時。


 確か10年位前だったはずだ。ゲンザブローの良い部分と。シンシアと同じ髪と目の色をした少年の姿が瞼の裏に蘇る。



『はい、源三郎爺ちゃんの孫の譲二です』


「そうかぁ、大きく…… なったなぁ」



 いや、感動に打ち震えている場合ではない。


 そもそも衛星電話の通話を運悪く傍受されれば、彼の身が危うくなる。



「いや、この電話を使う意味を分かっているか? ジョージ」


『はい、いざって時以外には使うなって爺ちゃんから』



 どうやら、随分とヤバい状況らしい。クソ野郎ファッキンなゲンザブローは死んでなければどうでもいいが。あのシンシアの孫が酷い目に合ってるってなら見逃せない。



「アレか。亡命しないとヤバいみたいな状況だな? まずは状況を説明してくれ」



 一応、あのクソ野郎ファッキンなゲンザブローが。シンシアの孫であるジョージを亡命させようとする可能性を考えて。それなりの手は打ってある。


 まぁやらない方がマシなレベルで、カルフォルニアの片田舎でエンジニアをやっているジジイのやれる事なんて大したことではないのだが。



『……それよりも、ヤバいかもしれません』



 亡命しなきゃ不味い状況よりヤバいなんて、どんな状況だろうか? それこそあのユーラシア連合三重帝国相手にゲンザブローが中指を立てたのだろうか?


 いつかやると知っていたし、個人的には気持ちがいいが。シンシアの孫を巻き込まないようにやって欲しかったと思いつつも。仕方がない事だと割り切る。


 それ位にユーラシアからの侵略は21世紀とは思えない蛮行だった。



「OK、何が望みだ? やれるだけのことはやってやる」



 あのクソ野郎ファッキンなゲンザブローとシンシアの孫だ。


 俺の余生と無駄に積み重なった預金残高くらいは惜しくもない。



『レジスタンスをやろうかと、死んだ爺ちゃんはやるなと言ってましたけど』


 

――理解はしていた。そもそもこの電話をかけて来たのがジョージな時点で。


あのクソ野郎ファッキンなゲンザブローはもうこの世にいないと。



「そうか、分かった」



 どうやらジョージはクソ野郎ファッキンなゲンザブローの悪いところを引き継いじまったらしい。あいつはエドッコと言っていたが、そういうことをしてしまう血筋ってやつなのだろう。



「だが、まずは考え直せ。生身一つで戦っても死ぬだけだぞ?」


『戦わなくても、死にますから。ならマシな方をって奴です』



 本当にクソ野郎ファッキンなゲンザブローとそっくりだ。

 

 少しばかり目にゴミが入ったが、まだ声が振える程じゃない。



『それに、生身一つという訳でもないんで。データの転送大丈夫ですか?』



 ああと答えて、別の端末で共有サーバーを立ち上げる。


 妙に重いデータ、そして1枚の画像ファイル。



「これは――!?」



 記憶の少年がそのまま大きくなった青年と、白い巨躯が見える。MAUマルチアームドユニット。あのユーラシア連合三重帝国が用意した無敵のロボット。



『このデータと写真を、米軍に送ってください。無下にはされないかと』


「おい、ジョージ。本気でやる気か!?」



 声が震える。クソ野郎ファッキンなゲンザブローと悪だくみをしていた時と同じだ。



Yes, of courseあったり前でしょ?』



 どうやら、もう少しだけやるべきことがあるらしい。クソ野郎ファッキンなゲンザブローがどうくたばったのか聞くのは後回しで良い。


 だから俺は午後からの仕事をキャンセルして、急いで近場の基地に向かって車を走らせることにした。










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テロー/リ・レジスタンス ハムカツ @akaibuta

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