ギルドパーティーから追い出すことにしました。

黒田真由

ギルドパーティーから追い出すことにしました。

 ある日の昼下がり。俺たちは、奴が買い出しに行っている間に、ひっそり宿の一室で肩を寄せ合った。


「なぁ、やっぱりあいつは、このギルドから一度出した方が良いと思うんだよ」

「なんでよ? いてくれた方が便利じゃない? そりゃあ、ちょっととろい所はあるから、しごく必要があるかもしれないけど……」


 髪の先をくるくる回しながら反論するのは、ナターシャ。血気盛んなお嬢さんと言ったところだ。とある貴族のご令嬢だが、この通りの性格で、自由を求めて俺たちのギルドに参加することとなった。


「んー……。でも、団長が言うのも一理あるかもね。〝可愛い子には旅をさせよ〟って言いたいんでしょ?」


 俺に同調してくれるのは、ルイ。このギルドのメインブレインであり、敵に回すと怖い策士だ。ルイに冷めた目を向けられた日には、一日中気が気じゃない。あいつなら、本気で毒を盛りかねない。


「そういうことだ。あいつは、いろんなギルドで修行させた方が良い。俺たちだと、つい甘やかしちまう。そこで、一度ギルドから追い出すという方法を思いついたわけだ」


 俺は、溜息をついて、遠くを見つめた。そう。俺たちは、自他共に認めるくらいに奴を溺愛している。なんたって、俺たちの可愛い可愛い癒し担当だからな。能力は、お世辞にもハイレベルとは言えない。しかし、このギルドの最高に可愛い可愛い弟分なのだ。

 ナターシャが、キッと俺を睨む。


「あんなのんびりした子を追い出したら、一瞬でモンスターのえさになるわよ! 私は別に良いけど!」


 ナターシャは、いつも奴に冷たく当たる。しかし、一番奴を大切にしているのは、ナターシャである。奴も、ナターシャの優しさを知っているからと、いつもにこにこ注意を受けている。


「そうか……。じゃあ、ナターシャから奴に言ってくれるか? 俺たちからは、とてもじゃないが言えない……」


 うぐっと、ナターシャの顔が歪む。そりゃそうだ。ナターシャにとっては、目に入れても痛くないほどに可愛い弟分なのだから。


「……仕方ないわね。わかったわ。私から言ってあげる。その代わり、ちゃんとフォローはしてよね! 私だって、好きであの子に嫌われたいわけじゃないんだから!」


 これで話は決まった。俺たちは、奴をこのギルドパーティーから、追い出す。


〝こんこん〟


「はい」

「団長! ただいま戻りました!」

「おう、入って良いぞ」

「はい!」


 入って来たのは、可愛い可愛い奴ことウィンだ。


「聞いてください! とっても美味しそうなリンゴを、お店の人におまけしてもらったんです!」


 奴は、目をキラキラさせながら、俺たちに笑みを向ける。なんて可愛い奴だ。

 あとの二人も、頬が緩んでいる。やはり、追い出すのは、気が引ける。


「ちょっと! 私が頼んでおいた布と糸は買ってきてくれたの⁉」


 慌ててピリッとした表情で、奴に冷たい視線を向けるナターシャ。


「あ! あります! すぐ出さなくて、ごめんなさい!」

「もう! ほんとトロいんだから! まぁ、いいわ。ありがと」

「いえ、ナターシャさんのためなら、これくらいお安い御用です」


 奴が笑った。ナターシャの顔面が崩壊する音が聞こえた気がした。布で顔を隠しているので、きっとすごい形相なのだろうと推測する。

 こんな状態で、俺たちは、奴を無事にギルドパーティーから追い出すことができるのだろうか……。

 俺は、奴の眩しい笑顔から逃げるように、窓の外を見た。


「じゃあ……、はい! 皆さんどうぞ!」


 奴が、ささっとナイフで四等分したリンゴを、俺たちに手渡す。こういう手際の良さも可愛がる理由の一つだ。奴は、気遣いが上手い。


「ん……、悪くないわ。あんたにしては、上出来よ」

「ありがとうございますっ!」


 ナターシャは、照れを隠しながら、ツンとしたままシャクシャクとリンゴを食べる。


「良いものを貰ったね。また機会があれば、お礼を伝えておくんだよ」

「はい!」


 ルイも、微笑みながらゆっくり食べ終える。

 そんな二人を見ながら、俺もリンゴをさっさと食べ終えた。


「うむ。とても美味しいリンゴだった。ありがとうな」

「いえ! 僕にできるのはこれくらいしかないので…」


 奴は、照れ臭そうに頭をかく。


「ねぇ……、あんたこのギルドから抜けてくれない?」


 ナターシャが、急にさっきの話を切り出した。さすが、仕事が早い。しかしよく見ると、目が死んでいる。彼女なりに、心を無にしているらしい。


「え⁉ なんでですか⁉ 僕が嫌いだからですか⁉」


 奴が、目を潤ませて、ナターシャに問いかける。


「……そうよ! あんたのとろくてぐずぐずメソメソするところが嫌いなの! あと、あんたは、このギルドの役立たずなの!」

「そんな……。これは、皆さんの意見なんですか……?」


 奴が、縋るように俺たちを見つめてくる。俺たちは、気持ちを悟られまいと、目を逸らす。

 視界の端で、奴がひゅっと、息を飲んだ。


「そう……ですか……。わかりました。皆さん、今までお世話になりました。役立たずの僕を、今まで仲間にしてくれてありがとうございました。僕、皆さんとご一緒できて良かったです。じゃ、これで……」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 ナターシャが、奴を引き止める。そして、俺たちは奴に近寄った。


「これは、私から! ちゃんと強くなったら、戻ってきて良いわ。ただし、ちゃんとヒーラーとして強くなるのよ! それまでは、戻りたがっても絶対許さないんだから!」


 ナターシャは、目を潤ませながら奴にハンカチを渡した。奴がハンカチを見る。ハンカチには、俺たちのギルドの紋章が刺繍されていた。どうやら、皆話が決まる前から、この日のためにそれぞれ餞別を用意していたらしい。


「これは、お守りよ! このハンカチが、私の代わりに見張ってくれていると思って、大切にしなさい! なくしたり、破ったら、絶対に許さないんだから!」


 ナターシャはそう言って、奴に背を向けた。肩が少し震えているが、そっとしておくことにした。


「さて。これは僕からだよ。君は、世間を知らなさすぎる。この本には、ヒーラーに関する知識が、こっちの本には、この世界の常識や政治、経済などを凝縮して記載されている。必ず読んでおくように。君の頭脳なら理解と応用ができるはずだ。なんたって、僕が認める頭脳を持っているのだからな。世界をしっかり見て、ヒーラーの能力が上がったら戻っておいで。ただし、ちゃんと成長するまでは、戻ることは許さない」


 ルイはそう言うと、眉尻を下げた。不器用な彼なりの優しさだ。さて、今度は俺の番だ。


「これは、俺からの餞別だ。急に決まった話だから、そんなに良いものではないが……。しっかり、修行して戻って来い。俺たちは、お前が嫌いなわけではない。ウィン、お前を成長させるために下した決定だ。悪く思わないでくれ」


 ウィンは涙を零しながら、俺から受け取った短剣と硬貨の入った小袋、先程の二人からの餞別を抱きしめて、大きく頷いた。心が痛んだ。


「ウィン。いろんなギルドで修行するんだ。そして、この世界を見て、ヒーラーの修行をしろ。かなり離れた場所にはなるが、ヘルムの森という所に、最高のヒーラーがいるらしい。彼の元で修行ができるのであれば、修行をするのも一つの手だ。俺たちのギルドは、無理に戻らなくても良い。自分で決めた道を突き進め。団長命令だ。そして、くれぐれも体には気をつけること。これは、団長としての最後の命令だ」


 俺はそう言って。ウィンを抱きしめた。そんな俺たちを、ナターシャとルイも抱きしめる。


「俺たちは、お前の成長を楽しみにしているからな」

「はい!」

「ちゃんと、ご飯食べるのよ! あんたは、言わないとすぐ忘れるんだから!」

「はい!」

「くれぐれも、無理のないようにね」

「はい!」


 ウィンから離れると、ウィンは涙を浮かべながら笑っていた。


「今まで、ありがとうございました! 僕、もっと優秀なヒーラーになって戻って来ます! 絶対、戻って来ます!」


 ナターシャが、顔をぐしゃぐしゃにしながら、ウィンを睨みつける。


「当り前じゃない! 他のギルドに定着したら、絶対に許さないんだから!」

「はい! じゃあ……、名残惜しいですが、そろそろ行きます。行ってきます!」


 ニコッと笑うと、駆け足で奴は去って行った。俺たちは、奴が出入口から出るのを見計らって、窓から顔を覗かせた。奴は、出てきてすぐに、上を見上げた。俺たちの姿を見つけると、大きく手を振って、人ごみの中へと紛れていった。

 俺たちは、奴の後ろ姿が見えなくなるまで、窓から顔を出し続けた。


「あー! せいせいした!」


 ナターシャはそう言って、一番に窓から離れた。その声は震えていた。


「ナターシャ、嫌な役をありがとうな」

「……うわぁーん! ウィンに嫌われちゃったかもしれない! そうなったら、団長のせいなんだから!」

「大丈夫だよ。俺たちの可愛い可愛い弟は、とても賢い。ナターシャの気持ちは、ちゃんと伝わっているはずだよ」

「うん……」


 ルイが、ナターシャを慰める。きっと、明日からナターシャは数日寝込むかもしれない。モンスターには無敵の彼女でも、奴だけは別なのだ。

 そんなこんなで、俺たちは奴をこのギルドパーティーから追い出すことに成功した。俺は、窓から空を見た。奴の無事を願って。

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ギルドパーティーから追い出すことにしました。 黒田真由 @kuronekomugendai

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