ZOMBB Another Team

kasyグループ/金土豊

1弾目 もうひとつのサバイバルゲームチーム

小波瀬鈴おばせりんはゆっくりと、静かに深呼吸した。


おそらく奥の部屋に、敵は少なくとも二人いる。


こちらは3人ヒットされて、自分と課長しかないない。


課長は鈴がいる廊下の反対側の壁に背を着けていた。




課長とはコードネームだ。


本名は安部山朋和あべやまともかず47歳。


東京都千代田区にある大手出版社大英社の


営業課長を仕事としている。


そこから『課長』と呼ばれることになった。


身長175センチくらいの、がっしりした体格だ。




 小波瀬鈴の所属するサバイバルゲームチームは5人いた。




新田原真之介しんでんばるしんのすけ26歳。元自衛官。


自衛隊では通信科にいたらしい。


無線ヲタで、市販のレシーバーを改造して、


様々な電波を傍受ぼうじゅするのが趣味だ。


度の強い、丸いフレームのメガネをかけた、


身長は170センチくらい。


小太りの男で、真冬でも汗を搔いている。


コードネームは、かつて彼のいた自衛隊の


レンジャー部隊に憧あこがれていた話を


安部山朋和が聞いたことから、


安部山に『レンジャー』と名づけられた。


実際に新田原はレンジャー認定訓練を受けたが、


わずか3日で根ねを上げたそうだ。




そして、ジェイソン下曽根しもそね30歳。


その名が示す通り、日系のアメリカ人だ。


母がアメリカ人、父が日本人のハーフだが、


母親から受け継つがれたのか、髪はブロンドで瞳は青い。


一見、純粋な白人に見える。身長も高く、190センチ近い。


多少ぎこちないが、日本語は堪能たんのうの方だ。


他にもフランス語、ドイツ語、中国語と5ヶ国語が話せる。


職業は英会話スクールの講師。コードネームは『先生』。




それと城野蒼汰じょうのそうた20歳。


都内の某有名大学に通っている大学生だ。


彼の話では、渋谷を歩いていたときに、


読モにスカウトされたらしい。


すらりとした細身で、身長は180センチくらい。


イケメンだが、優柔不断でナルシストだ。


コードネームはそのままの『イケメン』。


彼はその甘いマスクからは想像しにくい


根っからのパソコンヲタクで、C言語やJava、


C++、PHPなどのコンピュータ言語を操るハッカーでもあった。


褒められたことではないが、


小学生の頃に『dosアタック』をやったり、


ブラクラを埋め込んだサイトなどを造って、


いろいろと騒ぎを起こしたこともある。




小波瀬鈴は都内の高校に通う、18歳の高校3年の女子高生。


チームでは最年少だ。コードネームは、


彼女がリスペクトしている


映画『バイオハザード』の主人公からとった、『アリス』。


とはいえ、彼女の風貌ふうぼうはその映画で主役を演じた女優


ミラ・ジョヴォヴィッチのような精悍せいかんな顔立ちとは違い、


小柄な黒いロングヘアの美少女だった。




 この5人で、サバイバルゲームチーム『SOA』を結成している。


そのチーム名は、日本の警視庁に所属している特殊急襲部隊


通称『SAT』にあやかり名づけたものだ。


SOAは特殊作戦軍部隊、


Special Operation Armyの頭文字をとっている。


その名のアイデアを出したのは、ジェイソン下曽根だった。




メンバー全員のコスチュームも統一されている。


ヘルメットからブーツまで黒ずくめのBDUバトルドレスユニフォームを着用し、


その上から弾倉マガジンやサイドアームのハンドガンを


収納するホルスターが着いている、


黒いタクティテカルベストを着ていた。


そのタクティカルベストの背の部分とヘルメットの側面には、


白い文字で『SOA』というロゴが


入っているという懲りようである。




それにメンバーは皆、ヘッドセットをかぶっており、


互いに無線で通話できるようにしてある。


この案は、無線ヲタの新田原真之介が


提案したものだった。


ただ、小波瀬鈴だけはヘルメットを嫌っていた。


可愛くないからというのがその理由だった。


だから鈴だけは赤いキャップを被っている。


他のメンバーからは、目立つだろうと注意を受けたが、


彼女は可愛さ一番、強さは二番と言って強く言い返した。


そんな彼女の剣幕けんまくに、メンバーらは閉口へいこうし、


それを認めざるを得なかった。


その代わり鈴は、そのキャップに


『SOA』のロゴを入れることにした。


SOAのロゴが入ったキャップは、


以外にも『可愛い』かった。


今では彼女のお気に入りになった。


ゲームをやっていないプライベートでも時々被るくらいだ。




それともう一つ、小波瀬鈴は皆がしている


タクティカルベストを身に着けていない。


その代用として、現在では黒いタクティカルベルトと


ハーネスを着けている。


それには発育期特有の女の子だけの理由があった。


鈴がサバイバルゲームを始めたのは2年ほど前だったが―――


その時は18禁の電動ガンを使えず、


仕方なく電動ガンボーイズを使っていた―――


当時は他のメンバーと同じように、


タクティカルベストを着ていた。


だが、次第に女性らしい身体つきになるにつれ、


窮屈きゅうくつになってきたのだ。



特にバストは急速に発達し、


今ではGカップを越えようとしている。


タクティカルベストを着けても、


ジッパーが上がらなくなってきたのだ。


それで今ではハーネスにマグパウチや


ホルスターを装着して使っている。


だが、そのハーネスも考えものだった。


なぜならハーネスが左右から


バストを挟み込むような形になって、


ことさら大きな胸を強調してしまうのだ。


サバイバルゲームをする人といえば、


やはり男性が圧倒的に多い。


鈴は時折、彼らの注目となってしまう。


顔は童顔の美少女で、グラマラスとくれば、


男性らの視線を集めるのは当然ともいえた。


鈴は小さくため息をついて、M4を構え直した。




今、戦っている相手テームは


『レッドフォックス』という


名古屋から遠征してきたサバイバルゲームチームだ。


関東では有名な、8人編成の強豪チームで、


彼らは全員アメリカ海兵隊の装備で身を固めている。




小波瀬鈴のSOAは苦戦していた。


ヒットできた敵チームのメンバーは、わずか2人。


こちらは二人しかいない。残る相手は6人。


3倍の数だ。鈴は手にした東京マルイ製M4電動ガンに


装着されたダットサイトに目を凝らした。


だが、奥の部屋にいると思われる相手は、


気配を消して動きを見せない。




 ゲームの場になっているこの廃墟ビルの床には、


砕けた壁の欠片かけらや砂、小石が散乱している。


わずかでも動けば、それらを踏ふみしだく音が聞こえるはずだった。


だが、何の音もしない。


敵チームは待ち伏せをしていると、小波瀬鈴は直感した。


それに安部山朋和も気づいているようだ。


彼も身じろぎ一つしない。




鈴は彼をちらりとだけ見た。


安部山朋和はショットガンをこよなく愛する男だ。


今彼が手にしているのも、


愛用の東京マルイ製M3エアコッキングショットガンだ。


同時に3発のBB弾を発射できるが、連射は利かない。


撃つたびにフォアグリップをコッキングしなければ送弾できない。


相手が数人で連射してきた場合、


安部山は一人はヒットできるかもしれないが、


次には他の敵メンバーが反撃するだろう。


そうなれば、連射できる自分が、何とかするしかない。




 一人になっても、残り6人をみ~んなヒットしてあげる。


坊やたち、目にもの見せてやるわ。ぐふふふ・・・。




鈴はゴーグルの下で、不敵ふてきな笑みを浮かべた。




この廃墟ビルは、東京都多摩市と八王子市の境にあった。


かつては5階建てのマンションだったが、


築四十年を越え、耐震の問題から数年前から住人はいない。


取り壊すのにも多額の費用がかかることから、


家主は昨今ブームになっている、サバイバルゲームの


インドアゲーム用に提供するようになった。


午前10時から午後5時まで、一人三千円で貸し出すことにしたのだ。


野外フィールドは比較的見つかるものだが、


インドアゲームとなるとそうはいかない。


しかも5階建てともなると貴重なフィールドである。


この廃墟ビルもサバイバルゲーマーたちに人気で、


なかなか予約が取れない。


かくゆうSOAのメンバーも


本格的なインドアゲームができるのは、


実に3ヶ月ぶりだった。




敵チームの『レッドフォックス』とは


サバイバルゲーマーのネット掲示板で知り合った。


交渉したのは『課長』こと、安部山朋和だ。


SOAのリーダーは特に決めてはいないが、


実質、安部山がその任を負っている。彼は最年長であり、


大手出版社の課長を勤めていることもあって、


交渉は実に巧みで如才じょさいが無い。




「誰だ、あれは?」


不意に、階下から誰かの大きな声が聞こえた。


聞き覚えの無い声だ。


たぶん『レッドフォックス』のメンバーの誰かだろう。


小波瀬鈴の向かいの奥にいるメンバーも、


その声に気づいたようだ。




「SOAのみなさん、一時中止しま~す!」




鈴は何だろうと思った。


『レッドフォックス』のメンバー二人が姿を現す。




「何かあったの?」


鈴はM4を降ろすと、その一人に訊いた。




彼女は初対面の相手でもタメ口を利く。


隣で安部山朋和が、苦虫を噛んだように


渋い顔をして彼女を見ていた。




「さあ、わかんないけど、下で何かあったみたい。


  とにかく行ってみましょう」


海兵隊のコスチュームに身を包んだ若い男が、


それに答えて階段へ向かって行く。


鈴と安部山もそれにならって、


彼らの後をついて1階へと降りて行った。


その途中、安部山は鈴だけに聞こえる声で言った。




「初対面の、特に目上の人には


  敬語けいご使わなくちゃダメだよ、鈴ちゃん。


  お父さん悲しいなぁ」




誰がお父さんだ。誰が―――!




鈴は安部山をキッと睨にらんだ。


安部山朋和には鈴と同じ歳くらいの


娘がいるらしいことは聞いていた。


それでいつも、お父さん目線で彼女に話しかけてくるのだ。


鈴はそれがいつも、ウザいと思っている。




下に降りると、先にヒットされた新田原真之介、


ジェイソン下曽根、城野蒼汰の姿がセーフティゾーンの中にあった。


『レッドフォックス』のメンバーも全員そろっている。


彼らの視線は、開け放たれた廃屋マンションの


玄関の外に注がれていた。




鈴も彼らの視線の先に、目を向けた。


この廃屋マンションの外は、雑草が鬱蒼うっそうと生えた、


乗用車10台は余裕で駐車できる空き地になっている。


そこに人がいた。作業服姿の、痩せた成人男性が一人。


頼りなげな足取りで、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


しかし、その姿は異様だった。頭髪は乱れ、顔や手が灰色なのだ。


それだけではない。


その顔のそこかしこの皮膚が剥がれて、赤黒い肉を見せている。


両目は白濁はくだくしていて、まるで生気せいきが無い。


弛緩しかんしたように開けられた口は赤く、歯も赤い。


たった今、血の滴したたる肉を口にしたかのようだ。


その証拠に口の端はしから、よだれと共に血がこぼれている。




その姿は、まるでゾンビのようだった―――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る